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玉藻前の尾探し譚 ~老桜を眺む~  作者: 歌多琴
2 季節外れの満開
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 ならばどうするか。それでも戦うか。それでも逃げるか。それとも、さらなる助けを待てばいいのか。


「二番目はないな。絶対だ」


 頭の中で考えていたことがポツリポツリと言葉になっていた。当然、世葉にその発言の意味はわからず「はぁ?」と怪訝である。


「三番目は……もはや現実的でないよ。水保さんに加えて……玉藻まで来てくるなんて」


 玉藻。そうだ。玉藻は大丈夫だろうか。

 礼御はこの期に及んでそんな心配を思い出した。体調の優れない彼女のために、今日は実費を切って彼女の求めるものを買ったのだ。

 せっかく高い金出したのに、あいつの喜ぶ顔が見れないのかよ。

 その礼御の悔しそうな笑を見て、世葉はとうとう頭がおかしくなったのか、などと思った。


 しかし礼御に諦めの念はない。大金に見合った笑顔を見なければ嘘だ。くだらないことが礼御の思考を回復させる。

 打開案は何か。それにはまずそれを考える時間がいる。

 礼御はとりあえず何かを話すことにした。


「だからさ、お前は何をしたんだよ」

「あんた、大丈夫か? さっきから脈絡ないぞ」


 大丈夫なわけないだろうが。礼御はそう思いつつ続ける。


「どうせ……このあと、俺はまたお前に洗脳されて、記憶を消されるんだろ? だったら教えてくれよ」


 あぁそうだ。その調子だ。礼御は内心、自分の会話スキルに喜んだ。


「水保さんはな。あれで相当強力な妖――いや、妖怪じゃないんだっけな。よく知らないけど、強いんだよ。それにお前が勝てるなんて、俺は思ってもみなかった。だから――」


 だから教えてくれ。時間をかけて、無駄に勝利者のスピーチを。

 世葉は意外そうな表情で礼御を見ていた。


「冥土の土産ってやつだよ。よくあるだろ」


 礼御は少年を促そうと必死であった。ただし時間を稼いでいるなどと気づかれないように、静かに敗者を装う。


「いや、俺は別にあんたを殺したりはしないけど」


 少し大げさな結末を想像している礼御を見て、少年は困っているように見えた。悪くない反応だ。礼御はそう思い、どうにか次の言葉を探していく。


「あれはとっておきってやつか? 刃が伸びた。それまでずっとあの長さで戦ってきたのに、そりゃあ不意を突かれるさ」


 そう言い出すと、そこからは自然と疑問が浮かぶ。


「それにお前のさっきの移動速度はなんだ? あれも今まで以上だ、以上すぎる。もしも俺なら身動きひとつ取れなかったろうさ」


 あの速度でなくとも同じようなものだったけどな。


「いや、待てよ。どうしてお前は一撃目で水保さんの動きを封じなかった? 水保さんが強い存在だから単に一発で洗脳できなかっただけか? それとも……」


 それとも、なんだ。それともとは言ってみたものの、答えなどない礼御であった。そんな彼を黙って見ていた魔術師がするりと解答する。


「必要な攻撃だったんだよ」

「……そ、そうか」


 答えあぐねて礼御は万能の返事をした。魔術師はなんとも静かな表情で淡々と続ける。


「冥土の土産、ねぇ。……そんな言葉を口にするやつ初めて見たよ。だってさ、正直それって敗北フラグじゃね? うんと、ちがうなぁ。そういうの関係なしに、そんな漫画やアニメじみたセリフ、普通の人は言わねえよ」

「俺たちは、少なくとも普通じゃないけどな」


 少年は乾いた笑い声を零した。馬鹿にしているような、納得しているような感じである。


「そうだな。……俺は別にあんたのこと嫌いじゃない。むしろすごくお人好しで良いやつなんだなって、そう思ってるよ」


 今度は礼御が小さく笑う。「ありがとよ」なんて言葉もついでにくれてやった。


「だから、そう、教えてやるよ。せめてものお礼、というか償い、というか、とにかくあんたの気持ちを無下にして事を終わらすのは気分が悪い」


 それなら、いっそ見逃してくれ。そうは思ったが、まさか口に出すことはできない。


「俺はこの魔術具を『入力小刀(インプットナイフ)』って呼んでる」


 どうしてか、彼はここで嫌そうにそのナイフを持ち礼御に見せるのだ。


「本来は別名があるんだけどね、俺はそんな呼び方したくない。……効力は、あんたも知ってる通りさ」


 別名。そこに礼御は引っかかった。別名があるということは、彼以外にもそのナイフに名付け親がいるということだろう。彼がそのナイフを手にした経緯、それもまた気になった礼御だったが、ここは口をつぐみ少年の冥土の土産をもらうことに専念する。


「それで、一応説明してやると、だな。この『入力小刀』の刃渡りは本来この長さなんだよね」


 ぷらぷらとナイフを掲げている。やはり刃渡りは二十センチもないくらいだろう。ナイフとしては実に平均のように思える。


「だけど別に長さが決まってるわけじゃいんだ。本来の能力が発揮できる長さがこの長さってだけでさ」


 その説明でなんとなく察しがついた礼御であった。刃は伸ばせる。しかし本来の力を発揮できるわけではない。そしてその伸びたナイフで切りつけられた水保は、それだけでは動きを鈍らせただけだった。


「……つまり刃渡りを長くすれば、それだけ相手をコントロールできないってことだな」

「――まぁ、そうだよ」

「……」


 その肯定を聞いた時点で、本宅的に礼御は自分の身体が冷たくなったのを感じた。この魔術師は重大なことを言ったのだ。まさに奥の手と呼べる事項。魔術師が奥の手を誰かに易く話すわけがない。


「だけど少しでも相手の自由を奪えれば、その後はわりと簡単さ。今回もそうだったろ?」

「……あぁ」


 あぁ、これは嫌な感じだ。


「まぁ、そんな感じさ。土産にはなった?」


 魔術師はそれで話をまとめてしまった。礼御はゴクリと生唾を飲み、緊張する。少年がしっかりとナイフを握り直したのだ。


「ま、待てよ! まだ質問が残ってるだろ。お前のあのスピードはなんだったんだよ。どうしてあんなに早く移動できるのに、今まではしなかった!」


 もはやそれは喚いているだけに過ぎなかった。交渉でもなく、時間稼ぎでもない。惨めなもがきであった。


「そんなくだらないことに答える価値ないだろ。札束を土産としてやったんだ。それなのにさらに小銭をくれだなんて、みっともない」

「……っ」


 それ以上は何も言えない礼御だった。みっともないことは自分でもわかっていたが、それを年下の人間に指摘されると、みっともなくともやってやろうという気すら封じられる。最後くらい潔く、なんてことが脳裏をよぎる。


「殺しはしないってば。少し記憶をめちゃくちゃにするだけだからさ」

「考えようによっては、殺されるより酷だけどな」


 いや、考えようによってはありがたいことかもしれない。今までのすべてを忘れて人生を送れるのなら、それは生まれ変わるようなものだろう。人生はリセットできないとはよく言う。


 だけど、そうか。肉体を除けばリセットできてしまうのだ、この世界は。


「……それは、なんというか――」


 少年が首をかしげた。こいつ、また脈絡のない話をしているな。そんな顔である。一歩、また一歩と礼御に近づく。今までの人生との別れが近づく。


「まったくもって、願い下げだよ」


 ポツリと礼御が言った。ぐちゃぐちゃの笑顔である。

 今までの人生。忘れたいことは山ほどある。だけど、忘れたくないことも山ほどある。人生、そんなものだろう。


「……ごめん、玉藻」


 礼御は目を閉じると、家で自分の帰りを心待ちにしているであろうモノへ謝った。

 せっかくお前がしてくれたお願いを、俺は叶えてやれなかったな。


 こんな結果になっても仕方ない。礼御はそこでようやく諦められた気がした。無茶は何度かしてきたのだ。それも無茶をしてもどうにもならないことばかりだっただろう。今までそれを通せていたのは、他のモノの助けがあったからだ。何一つ、自分の無茶を自分で解決などできなかった。いつかこうなってもおかしくはないのだ。


 けれども礼御は、しかし、と思うのだった。

 これで死ぬわけではない。無茶が祟ったが、今後も自分には人生がある。

 叶うなら、今回のこの経験だけでも次回の記憶に持ち越したいものだ。

 苦笑して礼御は頭を垂れた。


 と、そのときである。


「最後に玉藻の名を呼ばれるとは、これはジェラシーですねぇ」


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