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玉藻前の尾探し譚 ~老桜を眺む~  作者: 歌多琴
2 季節外れの満開
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-13

 同じ轍を踏むほど、礼御も間抜けではない。

 亜草根 世葉の魔術は一度見た。彼の持つナイフで刺されればその時点で洗脳、記憶の改竄を行われ負けである。加えて魔術師の人間離れした運動能力に対抗できるわけもない。避けてカウンターなんて芸当も到底無理だ。


 しかし亜草根 世葉があの運動能力を発揮するためにはある手順が必要だった。自身の魔術具でその身を刺すこと。玉藻曰く、それが肉体を操ることに繋がっているのだか。

 つまり、少年の初手は間違いなく、ナイフで自分の身体を刺すことだ。


 怒号を飛ばした少年魔術師は勢いよくナイフを抜いた。そして礼御の想像通り、彼はためらいなくその刃を自分の身体に向けて振り下ろす。

 一方礼御は右手に意識を集中させた。無論、その手には玉藻より授かった魔術具をはめている。


 ナイフが身体を刺した。と、同時に彼は駆ける。右手に持ったナイフの切っ先を礼御に向け、尋常ではない速度で――。

 と、爆発音が一発。たちまち黒煙が礼御と少年をおおった。


「なっ!」


 魔術師の驚きが辺りに響く。

 彼がどんなに早く移動しようとも、右手に小さな火を灯した礼御が指を弾く方が早かったのだ。


 以前のくだらない失敗がこういう場面で役に立つとは、と礼御は呆れながら黒煙に紛れる。


「くそがっ。こんな目暗まししかお前はできねえのかよ!」


 確かにこれは魔術なんて言えない。礼御だってその自覚はある。しかしこの程度の魔術まがいでも初撃を躱せたのだ。大層なモノを発動する理由はないだろう。


 礼御は身を低くしジッとしていた。逆に少年は罵詈雑言を並べ、慌ただしそうである。


「こんな魔術でいい気になるなよ、三流野郎!」


 ザッザッと少年の靴が地面を擦る音が聞こえていた。


「どこに、行った!」


 不意打ちを食らった少年は、しかし次の一手を仕掛けてこない礼御に苛立つ。それでも相手からの返事はない。


「チッ」


 そこで大きく舌打ちをし、彼は黒煙の届いていない場所まで駆け抜ける。視界が開けた瞬間の攻撃に注意した彼であるが、その注意は虚しいものであった。

 どういうつもりだ。もしかして逃げたのか?

 まがいモノに翻弄されてしまった魔術師がふと疑問に思ったときである。


 すでに礼御の方は準備が完了していた。

 黒煙に身を隠してやることと言えば、礼御にとって一つだった。無駄に歩き回って、声を出して、音で相手に場所を知られるなど言語道断。身を隠すと同時に少し移動し、その後はじっと集中していた。


 次の攻撃である。

 火は出せる。しかし今のロウソク程度の灯火では、せいぜいライター代わりが精一杯。では次の段階の魔術が必要だろう。

 しかし礼御は残念に思うのだった。せっかく玉藻がくれた魔術具を、こういう野蛮なことに使用しなれければならないのか。

 それでもなお、今の自分は人を攻撃する火術を求め集中しているのだ。


 だけどやらなくちゃいけないだろ。


 当然殺すつもりはない。ただ相手を吹き飛ばせる程度の火力が欲しい。相手を吹き飛ばせる火力というと普通ならとんでもないものになるだろう。が、身体を強化した魔術師ならそのくらいで死ぬわけはないし、もしかすると火力不足かもしれない。


 礼御は集中する。右の掌を上に向け、目を閉じる。

 礼御の想いに、意識の深化に伴い、熱が掌から溢れ出している。もっと強く。もっと熱く。さらに赤く、紅く……。

 炎が必要だ。大きな炎。瞬間的な業炎。けれど生を奪うのではないのだ。

 すぅと礼御は目を開けた。黒煙は未だ礼御の周りを漂っている。自身を罵る声もやむ気配はない。そして自分の右手を見た。そこに赤のエネルギーはなかった。それでも一瞬で赤に変わるであろうエネルギーが、そこで蠢いている。そう礼御は感じた。


 いける。奴の魔術は接近しなければ発動できない……はずだ。距離を取り、このエネルギーをぶつければ勝てる。

 さぁ! 打ち放て!


「……」


 そして短い時間が流れ、熱き空気と黒き煙がじわりと流れた。


「……何してんだ、お前」


 少年魔術師が怪訝な怒りを見せている。


「……」


 礼御は何も答えない。彼は立ち上がり、右手を魔術師に突き出していた。

 魔術師、亜草根 世葉は確かに察する。あいつの付けている手袋は魔術具であり、そして魔術の発動ができるまで高められていた。

 亜草根 世葉はこの青年を三流として舐めていたが、それは半分正解、半分不正解である。あの手袋から感じる魔術の蠢きは確かに本物だ。もしもあの黒煙に紛れて、彼が魔術を発動していたとして、それを受けたとしたら……。恐らく俺は無事ではなかっただろう。良くても戦闘不能。当たり所が悪ければ死んでもおかしくない。それほどの魔術を感じるのだ。

 そしてそうすることが、彼にとっては正解だったのだろう。


 しかしそうしなかった。苛立ち、怒り、我を見失った未熟な魔術師に完全なタイミングでの不意打ちを喰らわせなかったのだ。

 ただ魔術をいつでも使用できるぞという恰好で、黒煙が晴れるまで突っ立っていた。


「……三流だ、お前は」


 亜草根 世葉はポツリと呟いた。馬鹿にしたようで、一部悔しがっているような言い方だ。


「……ナイフを捨てろ。それから両手を上げて膝を地面につけろ!」


 こんなセリフを言う機会が訪れるなんて、人生は何があるかわからないな。そう礼御は思いながら、自分を鼓舞するように力強く言い放った。

 が、亜草根 世葉は何も答えない。態度も変えない。手に持ったナイフを捨てる気配がなかた。


「ナイフを――捨てろって言ってるだろ!」

「捨てる? どうして?」


 今追いこんでいるのはどっちだ。礼御は魔術師のあっけらかんとした姿に一瞬混乱した。


「お前の魔術は接近専門だろうが! 近づけなければ発動できない」

「それじゃあお前の魔術はこの位置から攻撃できるって?」

「……そうだ」


 そのはずだ。


「信用するわけねえだろ、そんなの」


 ドキリと礼御の心臓が鼓動した。


「ふざけるな! 死にたいのか、お前!」

「拳銃突きつけられているわけじゃねえんだぜ? 今お前が俺に向けているのは何だ。確かに拳銃か、もしくは大砲か、それとも……豆鉄砲か?」

「お前ならわかるだろう。少なくとも豆鉄砲ではないぞ」


 礼御にとってそれはハッタリだった。魔術の発動はできるはずであるが、どのくらいの威力のモノが生まれるのかがわからない。


 けれど世葉はその言葉で推し測る。なるほど。引き金を引けないタイプの人間だ。人を攻撃できない。少なくとも死に至らしめる攻撃なんてできないのだ。


「ふーん」


 良く見ると、青年の額には汗が滲んでいた。追い詰めている人間と追い詰められている人間。緊張するのはどっちだ。


「本当に甘い、優しい奴だな。あんた」

「は? 一体何を言って――」


 そして魔術師は駆けた。一直線に礼御に向かって。いや、魔術の根源たる金色の手袋に向かって。


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