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それにしても、と礼御は思った。
「どうして水保さんは、そこまで僕のことを心配してくれるんです?」
よく考えれば、礼御と水保が話すのはこれで二回目。親しく話はするものの、では実際に親しい仲かと問われれば、それはどうだかわからない。
もちろん月日を重ねなければ親しい仲と呼べない、なんてことはないが、それでも二回目の対面でありながらも色々と気を使ってくれる彼女に対し、礼御は素直にそう思ったのである。
すると水保は、不思議な表情になり答える。
「……逆に礼御さんなら放っておきますか? 礼御さんと私が会うのはこれで二度目ではありますが、仮に私がここで無謀なことをしようとしていたら、礼御さんは心配もしなければ、止めたりもしませんか?」
「いや……。まあ、そうですね。そういうことですか」
「そういうことですよ」
水保はスクリと笑い、礼御の胸辺りをツンツンと小突いた。
「……それでも、どうでもいいような人間にかまったり、そんなこと水保さんはしないでしょう?」
なんだか水保という異形のモノに照れてしまった礼御は、何も考えずにそう尋ねたのだった。
「あら」
と、水保は少々驚き、礼御の質問に再度答える。
「礼御さん。それってなんですか? そういうこと女性に言っちゃいます?」
「え? ……どういうことでしょう」
水保は意地悪そうな笑みを浮かべていた。なんだか変なことを聞いてしまっただろうか、と礼御が動揺する中、水保が続ける。
「妙に自分を気にしてくれる女性に対して、礼御さんは同じことを尋ねるのですか? それって、礼御さんが安っぽい恋愛漫画の主人公のように鈍感か、それとも相手からの告白を催促しているかの、まぁどちらかですよね?」
水保は口に手を当て、上目遣いでジトリと礼御を見ている。それに対して礼御は、あぁそういうことか、と困ったような、単純に嬉しいような気分へと移ろっていた。
「なるほど。さすがに他人の好意や悪意に鈍感ではないですよ」
「それじゃあ全部言わなくともわかりますよね?」
水保は楽しそうにそう言った。それを見て礼御は思う。これも徳間の魔術の影響なのだろうか。そのおかげでこうして自分が水保から好かれるのは、もちろん喜ばしいことだ。しかしどうだろう。もしも自分の血に徳間の魔術が混ざってなかったら、今こうして水保と楽しげに会話することも叶わなかったのだろうか。
そう思うと、この血に根付いた魔術と言うのはいささか厄介なのかもしれない。
「どうしたんですか、礼御さん?」
一瞬黙った礼御を見て、水保が礼御に声をかけた。
「あ、いえ……。特にどうということはないんですけどね」
「はぁ?」
そのとき水保の目に映った礼御の表情は、何かを誤魔化そうとした笑顔である。それに気づいてしまったからには仕方ない。水保はどうして彼がそんな表情になったのかを尋ねたくて堪らなかった。
「なんでそんな顔をするんですか? 今の流れ的に、礼御さんは赤面して『お、お前のことなんて好きじゃないんだからな!』とか言う場面でしょう!」
「……いや、俺はどういう顔でもそんなことは言いませんよ」
「……じゃあ、何が理由ですか? 私みたいな美人なお姉さんが、あなたのことを気に入ったって言ってるんですよ? もっと喜んだらどうです!」
礼御は呆気にとられた。どうして彼女らは、これほどまでに自分に自信があるのだろうか。いや、彼女らは自分が好きな姿に変化しているのだから、見た目的には自分が思う一番の女性像なのだろう。それならばあながち自信に満ち満ちていてもおかしな話ではないのかもしれない。
と、そんなことを思いつつ礼御の頭では、自分は隠しごとが苦手だなと思うのであった。
「いえ。あんまり気にしないでください」
「それなら気にならない表情をしてくださいよ」
水保の言い分は、まさにその通りだった。意味深な表情を見せながら、何も気にするなと言われてその通りにできるはずもない。
どうしようかと考えた礼御だったが、やはり隠し事、また嘘を並べるのは性分ではないと思い、先ほど浮かんだ懸念を水保に話すのだった。
と、どうしたことか、段々と話を進めて行くうちに、水保が青ざめていくように礼御には感じられ――。
「礼御さん! どうしてそんな大事なこと言っちゃったんですか!」
それは礼御が徳間家の魔術について水保に説明した直後に、水保が困惑して礼御に言った言葉である。どうにも彼女は慌てているような、予想外といったような言動なのだ。
「いや、どうしても何も、水保さんが話せって言ったんじゃないですか」
予想していなかった彼女の姿に、また礼御も慌てそうであったが、自分より慌てたモノを見ていると、それ以上にはなれないものだから面白い。
「いやいや、礼御さん。それって礼御さんの家系がずっと紡いできた努力の結晶にまつわることですよ? つまり魔術師の家系最大の秘匿にして、宝ですよ!? それをよくものうのうと、世間話に混ぜ込んでくれましたね!」
今まで彼女とした会話が世間話にカテゴライズされるのか?、と疑問に思った礼御であったが、今はそんなことを気にしている場合ではないようなので、決して口には出さなかった。
「人様に、しかも人外な私にベラベラ話すことではないんですよ!」
普段穏やかな雰囲気の人――人ではないのだが――が慌てると、少々可笑しなものがある。
「何ニヤニヤしてるんです!」
「あ、いえ……。すいません」
それが顔に出ていたのだろう。自分がこんなにも分かりやすい人間だったとは、礼御自身意外なことであった。
「……まさか礼御さん。今の話、私以外のモノにも惜しみなくバラしているのではないでしょうね?」
その問いにはギクリとした礼御である。もちろん自身の身体に宿る魔術に関して誰かに話したのはこれが初めてではない。とは言っても、話す機会そのものが少なかったこともあって、それほど多くのモノに話しているわけでもないのは救いだろう。
「えっと……。まぁ、2、3人ってところですかね?」
すると水穂は項垂れるのだった。なにやらぼそぼそと漏らしているようで、そのすべてを礼御は聞き取れたわけではないが「魔術師として欠落が多すぎる」という内容であることはなんとなくわかったのである。
「玉藻前は……」
しばらく水保に声をかけられぬまま立っていた礼御がどうしようかと考えていると、水保の口からキチンと礼御に向けられた言葉が吐き出される。
「玉藻前は何も言っていないのですか?」
魔術師の基本的な有り方について何も言っていたのか、ということだろう。
「玉藻はそういうところ……寛大ですからね」
もちろん何も言っているはずがない。玉藻が礼御に要求してくることは、ネットゲームの環境を整えろだとか、アニメのグッズを買ってこいということばかりだ。
「それは寛大とは言いませんよ」
水保は呆れ果てていた。こういう人格の違いより、二人の縁が今なお続くも『腐れ』縁なのだろう。
「逆に、ですよ、水保さん。逆に水保さんは僕が何を思って意味深な表情になっていたと思うんです? 僕はまぁ、魔術を持ってはいますけど、魔術師とは呼べないです。それは僕も水保さんもわかっていたことじゃないですか。水保さんが何かを察してもいいじゃないですか」
それはまさに開き直りであった。けれど何か言い返したくなる気分を誰も否定はできないだろう。
すると水保は「そんな魔術を持ってたなんて、予想できる方がおかしいですよ」と呟いた後、堂々とこう言うのであった。
「礼御さんが私の告白を受けて『人と異形の禁じられた恋を真剣に考えつつ、それでもどうしていいかわからない』そんなことを考えているのだと、私はそう思っただけですよ」
そんなことを思っていたなんて、まったくもって礼御には予想外であった。
なんだ? 人と妖怪の恋愛を考えるのがブームなのか?
以前にも紅子と同じような会話をした礼御もまた呆れた。
加えて思うのである。水保と玉藻。この二人と話してみて、やはりその性質は相反するものがある。それでもどこか似ているのだ。根本は違えど、向かった先が同じ、と言えばいいのだろうか。お互いに相手を否定しきれない何かが、二人にはある気がする。だからこそ『腐っても』縁が未だにあるとも言える。
「僕は妖怪と付き合いたいなんて一度も思ったことないですよ」
そう礼御が本音を漏らすと、水保は「あら。それは残念ですね」と楽しそうに笑うのだった。




