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玉藻前の尾探し譚 ~老桜を眺む~  作者: 歌多琴
2 季節外れの満開
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-2

「ところで、どうして陰陽道を学べとさっき言ったんです?」


 葵が完全に読書に戻る前に、礼御が彼女を留まらす発言をした。そんな彼の意思を知ってか知らずか、葵は「あぁ」と呟き続ける。


「君の魔術具は火術を生み出すようだからね。陰陽道でなくとも良いけど、まぁメジャーどころから学んだ方が分かりやすいだろ」


 確かに陰陽道は有名だ。様々なアニメや漫画の題材になっており、それらに疎い人でも耳にしたことがない者はいないだろう。


「ですけど、陰陽道と火術ってそんなに関係がありましたっけ?」


 葵の口ぶりからすると、魔術の基礎を陰陽道から学べと言うわけではなく、火術の基礎を陰陽道から学べと言っているように礼御には感じられたのである。


「陰陽道における一つの思想だよ。聞いたことはないかい? 五行説ってやつさ」

「五行説、ですか」


 そこで礼御はしばし考え込む。初耳、というわけではなかったのだ。しかし即答できるほどの知識を有していないのも、また事実であった。


「あれですか――、水は火を消すっていう考え」


 すると葵はわかりやすく顔をしかめる。


「……間違ってはいないけどね。君は本当にあれの血を引いているのかい?」


 礼御は苦笑いするしかなかった。葵の言葉は呆れて果てて出たというより、宝の持ち腐れをしており勿体ないという念より出たもののようだ。葵は「いくらこちらの世界から離れていたと言っても――」と最後は語尾を濁し、五行説の説明を続ける。


「五行説。その五つと言うのは木・火・土・金・水だ。この世の物質をいくつかの要素として捉える考えは複数ある。陰陽五行説もその一つだ。

 さきほど君が言ったのは相克という考えのことだね。五つの要素が互いに害し合う関係のことだ。水は火を消し、火は金属を溶かし、金属は木々を切り、木は土を痩せさせ、土は水を濁らせる、なんてことさ。ちょっと強引かと思うところもあるが、おおよそ納得できるだろ。

 また逆に助け合う関係を相生と言うね。火は物を灰にし土に還す、土は金属を作り出す、金属の表面には水が生まれ、水は木を育て、木は火を生みだす。

 つまり大きな炎を生みだすにはどうすればいいか、一つの答えがここにあるわけだ」


 それは相生の考え方だ。一つの要素は他の要素を生みだし、また始まりの要素を生みだす力と成っていく。


 礼御の持つ魔術具の一つの本質。核心的にそこへ近づける考えではないのかもしれないが、ヒントの一つにはなることがあきらかであった。


 なるほどと礼御が感心しているところで、葵がつまらなそうに付けくわえる。


「私はこの陰陽五行説が気に入らないけどね。古びた考え方さ」


 それがなぜなのか、なんとなく察しがついた礼御が尋ねる。


「要素に風が入っていないからですか?」

「風と言うよりは気と言うべきだな。どうにもこの陰陽五行説の中では気体の扱いがぞんざいに思えて仕方ない。これはこれで完成された思想だからどうでもいいんだけどね。今は別のが流行っているし」

「別の、ですか。それってどういうモノなんです?」


 それは単純な興味からの質問であった。葵は少し黙った後、なんとも言えない――大した関心はないが面白くはない、そんな表情で答える。


「ちょっと前までは――と言っても数年そこらの話ではないが、四元素が主だっていたな。これは錬金術の中ででも考えられていることだね。火、土、水、風。この四つ、四大元素だ。魔術なんて果てしない多岐にわたる術の中でも、この四つを術のメインとして極めていくモノは多い」

「どうしてそんな有名な属性? ――の魔術を学びたがるのですかね?」


 成り行きとはいえ、礼御本人も今後火術の使い手になる可能性が高い。礼御はあまりマイナーなものが好きと言うわけではないが、あまりにもメジャーなものに手を出すのにも多少の抵抗があるのだった。人というのは、案外そういうものだろう。


「それはそうだろう。魔術師の中には(かみ)による天地創造の証明をしたい奴だって多いんだ。作られた物質の一つを学ぶと言うのは正しいだろ。魔術師の定義を『龍の存在を追うモノ』とするなら、独自の魔術を作り出すモノは少し外れているさ。もちろん変な魔術を生みだした結果、龍へ辿り着けることもあるだろうが、それは追っていない。単なる偶然さ」


 しかしこの葵の発言を聞いたところで、すべてを理解できる初心者がどれだけいるだろうか。礼御も含めて、皆何のことだか表面的にしか理解できていないはずだ。


 つまりは、昨今の題材で分かりやすく例えると、次のような感じかもしれない。


 小説家を目指している者は何を学ぶだろうか。基本的に日本語を勉強すること、小説を読むこと、自身の物語を綴ることなどを経て小説家になるものだ。しかし現代社会というものは面白いもので、音楽活動――作曲などを中心に行っていた者が、ふとしたきっかけで自身の曲を題材にした小説を書き、小説家を名乗ることもまた可能なのである。小説を書くノウハウを学び経験することを飛び越えての終着(小説家)だ。


 しかしそれは結果である。小説家を目指している者と音楽家を目指している者が、時として同じ場所へと辿り着くことはあっても、その過程の呼び名を同一にしてはならない。今回はそういう話だ。


 そしてここで重要なのは「龍」という存在だ。それは魔術師の中で定義された、いわゆる神の姿である。天地創造し、破壊する存在。生命を作り出し、またこの世の生命の頂点に位置づけられるモノ。と、いうような存在であると推測させているモノ。簡単に言うと、それが龍だ。


 自らを魔術師と名乗るモノの多くは、つまりはこの未だ誰もその存在を証明できていない「龍」を証明しようとするモノ達のことである。


 詳しくは聞いていないが、雨無 葵という魔術師もこの龍という存在の証明を目的とし、魔術を学んでいるらしい。以前、その探究心より礼御自身の研究対象とされていた時期もあった。今の彼女にとって徳間 礼御という存在に大した付加価値はない、と証明されてしまったため――それは嘆かわしいことではないのだ――現在葵と礼御の関係は単なる顔なじみの魔術師と魔術師まがいなのである。


「だからね、礼御くん。君はかなり運が良いと私は思うのだよ」


 その葵の一言で礼御はふと思い至った。火術はメジャーな術代表であり、一方徳間家が築き上げてきた魔術はマイナー魔術の中でもトップクラスのマイナーさである。


 これはある意味バランスが良いのではないか。


 それは確かに葵の思うところと一致していたらしい。


「そうさ。君は本来魔術師を名乗れる才覚を持ち合わせていなかった。――あぁ、先に一つ補っておくとね。魔術師を軽んじて、というとこれは言い方が悪いか。まぁあまり気にするな。

 最近では魔術師を軽んじて名乗るモノが多いのも事実なんだよ。大して『龍』を追い求める気もないくせに魔術師を名乗る輩は少なくない。もっとも魔術師の定義なんて誰が決めたものでもなく、ただの古臭い風習みたいなものさ。だからいちいちそんな連中に腹を立てたりはしないのだけれど、まぁその古臭い風習を健気に重んじているモノにとっては面白くない話だね」

「えっと、……つまりどういうことですか?」

「……話が前後して悪いが、当初君は本来魔術師を名乗れる才覚を持ち合わせていなかった」


 もう一度葵は同じ言葉を述べたかと思うと、礼御の持っている金色の『手袋』を指差して続ける。


「けれどその魔術具を得たことで、君は魔術師を名乗れる存在へとなれたわけだ。火術も十分、この世の中の真実を紐解くソースになりえる。私達のような異能を扱えるモノの神髄は――私が語るのも変な話だが――、やはり『龍』を追えることにある。それが出来るか出来ないかは大きな差であり、君はつまり出来ないモノだったはずだ。それがその魔術具を手にすることでこちら側に来られた。これは喜ばしことだろう」


 こう聞くと龍を追えないモノを卑下しているようにも聞こえるかもしれないが、葵にその念はまったくない。


 それを礼御も察しているのだが、一応聞いておかなければ納得できないことでもある。


「なんだか龍を追えない、つまりは僕の家系が深めるような魔術を扱うモノは下等だ。っていう風にも聞こえるんですけど」


 すると葵は困った表情となった。「ま、そう聞こえるよね」なんて軽く呟いた後、じっと礼御の目を見つめ言う。


「そういった蔑みの想いはまったくない。何が目的地へと繋がるか誰も知らないんだ。四大元素なんて学んだところで、龍へ辿り着ける確証はない。けれど確率は高いと思われている」


 その視線に礼御は動けず、何も反応を返せないでいると、またも彼女は続ける。


「だから君は運が良い。君は龍へ辿り着く、メジャーな手段とマイナーな手段を持ち得ているのだからね」


 言わずもがな、メジャーな手段とは玉藻が礼御に授けた魔術具の事であり、マイナーな手段とは徳間家が独自に追い求める魔術のことである。


「メジャーな手段しか持ちえない――というとまた空子は異議を唱えるかもしれないが、そんな私の目から見れば君は幸運と言わざるを得ないね」


 そこで葵はすぅっと視線を礼御から外し、顔を横に向けた。その横顔にはどうに様々な感情が含まれており、格下の礼御を半ば手放しで褒めるとなんて難しいことをした大人の表情に違いなかった。


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