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「ところで、紅子がこんなに申し訳なさそうなのはどういうことなんだ?」
少しばかり話はそれるが、これもまた礼御にとっては重要なことだった。こんな紅子は見たことがない。
「それはな―――。紅子、お前から説明するか?」
それでも紅子は俯き、しばらく黙っていた。その後、意を決したように顔を上げ言う。しかし口調が弱々しいことには変わりなかった。
「うむ。わしから言う。……主様、失望せんでくれ?」
まるで紅子は見捨てないでくれ、とでも言うような表情であることに礼御は気が付く。
「わしは――赤しゃぐまは家を守ることに長けておる。外からの攻撃には強い」
口調は変わらないまでもその言葉が持つ核心は揺るいでいない。
「けれどの、内に持ち込まれた災厄には弱いのじゃ。あのな、決して最弱というわけではないのじゃぞ? でもでも、やっぱり弱いのじゃ。それに変わりはない」
そして玉藻が付け加える。
「つまりな、礼御。家の者が持ち込んだ敵意や害に赤しゃぐまは反応できないんだ。赤しゃぐまの結界を破る最善手とも言える。外からの攻撃は利口ではなく、家の者に結界の中まで招いてもらうんだ。内に強い結界なんてモノはほとんどないからね。そういった意図を持つモノを排除する結界も多々あるが、赤しゃぐまは違う。主が招く者を、紅子はまず信用するからな。赤しゃぐまっていうのはそういう妖怪だ」
それを聞き、礼御の気は沈んだ。幾度となく突きつけられる自身の無知。しかも一緒に暮らすモノについてですら礼御は知らないことが多すぎるのだ。
「加えて主が洗脳されていても紅子は気がつけないだろうな。無意識に赤しゃぐまは主人を疑うことを避けるからね。そういう性なんだ。これがどういう意味かわかるだろ、礼御?」
わからないはずがない。紅子が自分に言ってくれる「主様」という言葉の意味をまったく軽んじていた礼御であった。
そんな主を見て紅子は堪らなくなる。
「そんなことを言わんでくれ、玉藻殿。主様は悪くない。やはりこれは家守りを任されたわしの落ち度に違いない。主様の洗脳にも気が付けず、そのまま屋敷に上げるなんて。わしは役立たずじゃ」
「そうやって悪くもないのに反省するのはよせ、紅子。お前は悪くない。礼御が悪い」
「主様が悪いなんて言わんでくれ!」
「赤しゃぐまの悪い癖だぞ、紅子。どう考えてもお前は――」
「だからって主のせいにするなんてわしにはできん!」
「礼御は素人だ。そうやって甘やかすな。現実をちゃんとこの馬鹿に教えてやれ」
「ばっ……、いくら玉藻殿といえど、我が主を愚弄することは許さんぞ!」
「ったく、起きて早々面倒ばかりだな。紅子、お前こそ調子に――」
「なぁ!」
と、険悪な空気が二人の妖怪の間に漂い始めたところで礼御が声を上げた。ビクリと彼女らは身を強張らせる。
「……喧嘩はやめてくれよ」
そんな一言に二人の妖怪がシュンとなる。
「……御免なさいなのじゃ」
「……悪かったよ」
礼御はそって隣に座る紅子の肩を抱いた。そして同時に狐姿の玉藻の頭を撫でて言う。
「紅子、やっぱり今回は俺が悪かったと思う。紅子は悪くないよ。だから今後もこの部屋を守ってくほしい」
「こんなできそこないな家守りでも……、いいのか?」
「できそこないじゃないよ。俺にもっと知識と技術があれば避けれたことさ」
辛い思うをし、させた礼御であるが、とにかく自分に必要なことが見えてきたのだった。やはり魔術師としての一般的な知識が礼御には欠けすぎている。
「玉藻。俺さ、葵さんに魔術師のことをいろいろ教えてもらうよ」
それは追々やっていかなければならないとは思っていたことだった。しかし一般教養なんてすぐにでも学ぶべきである。
「あいつかぁ。あんまりお勧めはしないけど、魔術の高みに居る奴には変わりないか。でもできれば、礼御は両親から学ぶべきだとあたしは思うぞ? お前の家系って、わりと優秀な魔術師の家系じゃん?」
「……そういや玉藻は俺の両親と会ったことがあるんだったな。初めて会ったとき俺があの人たちの子供だって気が付かなかったのかよ?」
もしも気が付いていての今だったら、と考えるとなんだか恥ずかしくなる礼御であった。
「…………さぁ? どうだろうね?」
ここでにたつく玉藻の意図は、果たして礼御の想像した通りなのか。玉藻はそれ以上何も言わなかった。
そこで礼御は服の裾が引っ張られるのに気が付いた。引っ張っているのは紅子である。どういうわけか、頬を赤らめている。
「これからも、わしは……主様と呼んでもいいのか?」
「もちろんだよ」
礼御は躊躇わずに肯定した。もちろんその呼び方の重さを理解した上でだ。
「ありがと」
すると紅子が小さく呟いた。きっと紅子は完璧ではない自分の結界に恐れていたのだろう。その事実を知られ、礼御が紅子に愛想をつかすのではないか。そんな心配を抱いたに違いない。
「こちらこそだよ」
そう言って礼御は玉藻の上にあった手を紅子に乗せた。少しでも彼女を安心させられればと思ったからだ。
「……なぁ、主様」
「 どうした?」
「ハグして……」
「ん?」
「ハグして……欲しいのじゃ」
まったくどうしてそういう流れになったのか理解できない礼御であった。
「いや、なんでいきなりそんな――」
と、ここで礼御の太腿に柔らかな痛みが走る。
「……何してんだ、玉藻?」
見ると玉藻が礼御の太腿に噛みついているではないか。あまがみだから痛みというほどの痛みはない。礼御がそう尋ねると、玉藻は口を離して言う。
「女が抱いてと言っているのに、そこで理由を尋ねるなんて野暮なことをするなよ、礼御。甲斐性なしか?」
いや、何かおかしいぞ。と礼御は思いつつ、紅子を見ると彼女はさらに赤らめた頬で俯いている。
「……ほら」
そんな紅子を見ていると、抱きしめるくらいのことを拒めない礼御であった。それが男の甲斐性にどうつながるのかは定かではないが、とりあえずこの場は彼女らの意向に従おうと思った次第である。
礼御は隣に座っている紅子を抱きかかえ、自分の膝に乗せた。
「ちょうど背面座位のような格好である」
「……何解説してんだ、玉藻」
「いや、それが一番わかりやすいと思って」
「……お前も加わりたいのか?」
本来の礼御なら拳一つでかの変態妖怪を黙らせる場面であったが、それはやめておいた。体調不良の彼女に暴力をふるうのは申し訳ないからだ。もしくはバイト明けで変なテンションになっているのかもしれない。決してこの変態に少なからず感化、慣れているのではないと礼御は自分に言い聞かせる。
「3P、獣姦って……」
「いらんことをわざわざ口に出すな。どうすんだよ?」
「まぁ――たまには良いか」
そう言って玉藻は礼御の膝に座る紅子の膝に飛び乗った。そして礼御は玉藻を優しく抱きかかえ、そのまま紅子を抱きしめるのだった。
まったく、妙な同居妖だ。
なんて礼御が思っている中、その内の一人が口を開く。
「あぁ、この状況を写真に撮ってネットで公開したいのぉ」
「……冗談でもやめてくれ」
「それくらい幸せなんじゃ」
「それは――良かったよ」
そしてもう一人も口を開く。
「まぁ、なんだ……。心配かけたな、礼御」
「ホントにな。でもこうしていると安心したよ」
「そっか。……あたしが攻めだからな」
「そういう話はしていない」
そこでしばらくの沈黙。これほど穏やかな静けさは始めてかもしれないな、と礼御の瞼がまた重くなり始めたところで玉藻が言う。
「……そいつの顔は覚えているんだろ、礼御?」
「? あぁ。――一応な」
「ま、今後関わらないように気をつけることが吉だな。もう、お前は魔術に大して万能ではないんだから」
その後、紅子も続ける。
「あんまり危険に巻き込まれんでくれの。家で待つのも楽じゃないのだぞぉ」
「そう……だよな。うん、気をつけるよ」
そうして和やかな雰囲気は彼らの心をほぐし、睡魔をもたらした。
結局三人はシングルベッドに横たわり、昼寝を始めてしまう。あれほど気を惹かれていた魔術具についても、そのときの彼らにとって優先順位が睡眠以下だったことは特筆しなくとも理解できるだろう。
やはり三人――正確には青年と童女と狐である――で寝るのには不自由なベッドである。
しかしお互いに身体を寄り添い眠る今の彼らには、関係のないことであった。




