第3話 みんな違ってみんないい。六甲道はこう思おうとする。
「いくら150出せても、対人で打たれては意味がない」
六甲道はそう言って、バッティング練習中の外野陣を見た。
投球は速度だけではない。それが六甲道の考えだった。
結局、打者がここに白球が来る。それをどう外すかだ。だから伸びのある速球や、手元で曲がる変化球は打ちにくい。
真島は使えるか。
それを六甲道は見極めるつもりだった。
外野陣の三人で、振りが鋭い奴がいる。典型歴なダウンスイングであり、フォームも綺麗である。
「おい。真ん中のお前、名前は?」
「芥川達也っす」
「よし。こい芥川」
芥川はさっき150出した投手、真島を見た。なるほど、風格がある。投手というのは運動万能な者がなるポジションであった。少なくとも芥川の通っていた少年野球チームでは。
その一段高いマウンドに憧れたこともある。
だからこそ、才能高い投手を芥川は打ちたくなる。
芥川のバッティングフォームはダウンスイングのすり足打法。ごくごく一般的なものである。
真島は大きく振りかぶり、芥川に背中を向けた。
唸る。
そう表現できるほどの白球がキャッチャーミットに向かう。
甘い。
六甲道は思わず眉間にしわを寄せた。ど真ん中に来てしまっている。
バットはボールの下をかすった。空振り。
タイミング自体はよかったがな。150を捉えるのは難しいか。都立の新入生には。
六甲道は芥川を見る。勝負師のような顔をしている。しかしそれも見掛け倒しか。
六甲道の小さい落胆と共に放たれた速球は、すっぽ抜けた。球速の落ちた球、と言っても140近くある。芥川のような軟式出身のバッター、ましてや補欠では、バッティングセンターでしか体験したことない数字だろう。それが顔面の高さで来た。距離はあるが、糞ボールだ。
芥川のバットは軌道を変えず、つまりはダウンせずに顔面の高さの速球を真芯で捉えた。
真島の体は重い重力を受けたかの如く、体が重くなり耳元で爆ぜた音が聞こえる。
白球はぐんぐんと低い弾道で伸びて、伸びて、ライナーのままフェンスの奥の野山に突き刺さった。
なんつうやつだ。
六甲道は笑い、浅倉は思わず立ち上がり、真島はきつく芥川を睨んでいる。
十分、ライナー性のホームランになっているだろう。派手さはないがチームに得点をもたらす。
あの速球をあそこまで飛ばすか。あんな糞ボールを。あの高さを。
掘り出し物かもな。六甲道は漠然とさっきの軌道を思い出す。
芥川が走っていないことに気付いた。
「おい。なにしてる。走れ」
「もう走りましたよ」
「はあ」
「先生」
浅倉は芥川を指さした。
「芥川、さっき走ってましたよ。全力で」
そう言えば、考えすぎてこいつが肩で息しているのがわからなかった。しかし、俊足か。
また白球が芥川に向かう。胸くらいの高さのだったのにそれを難なく弾き、白球はヒット性の当たりで落ちる。
「てめえなにもんだ」
真島は怒気すら発している。
「おれか。ガングロ大納言。背番号13しか貰ったことがない、少年野球では応援賞。芥川だ」
「誰がガングロ大納言だ。補欠じゃねえかっ。おい。女、座れ」
「女、じゃない。浅倉よ」
と言って、浅倉はマスクをかぶり、ミットを構えた。
白球はまたもやど真ん中に来た。芥川の体は一回転した。それは鈴なりを空に響かす感はする
「まさか、て、てめえ悪球打ちか……」
「はい」
「外野ノックだ」
六甲道のもはや思考をこの規格外の、手に余るものから目を逸らした。
俊足か。ならば。
センターに入った芥川を見る。
これ処理できるか。
六甲道の打った打球は見事に右中間を割るように飛んだ。センターとライトの間。芥川は猛烈な疾走を見せ、打球に向かって一直線に飛び込んだ。芥川の体は二、三回、回転を見せる。芥川の掲げたグラブには見事、ボールが治まっている。
打った瞬間走ってやがったな。勘がいいのか。屈指の守備範囲だな。
「すまんな。ミスった」
「はい」
芥川が返球する。白球は青空に浮かぶ白色の雲と同化するかのように、やまなりの軌道を描き、落ちた。
まさに、時間が止まった。ボールはセカンドベースの手前。このグラウンドにあっては右中間からセカンドベースまでは二十メートルぐらい。しかもやまなり。
これが意味するのは。
芥川。遠投二十メートル。超弱肩。
「女の私より肩ないじゃない!」
浅倉はこれを見ていたのだろう。大きな声で叫んでいる。
いや、お前はありすぎるんだよ。
六甲道の思いは誰にも届かないようで、それを本人が一番理解している。