第2話 やはり、真島には裏がある。
芥川は、眉間をさすりながら追い出された更衣室を見る。
もうここで着替えよう。
自分は男なのだ。別に外でも構わないだろう。
嫌でも、先程の光景を思い出す。
その少女の顔は、眉と目の間が狭く、鼻筋が立っており、堀の深い顔をしていた。言わばハーフである。
てか、あいつ俺の席の後ろだったな。
確か、名前は……
更衣室のドアがゆっくりと開かれた。
「その、さっきは悪かったわ。ボールを当ててしまって」
まさか謝られるとは。芥川は少しだけ混乱する。
「いや、俺が悪いんだし、ごめん」
「あれ?確か、あなた私の後ろの……」
「浅倉さんだよね?」
「そうよ。確か、芥川君だったよね
「うん。よろしく」
「よろしく」
それだけ言って、浅倉はグラウンド向かっていった。芥川も慌てて着替え始めた。そのときグラウンドの方向から今までと聞き慣れた、しかし決定的に違う硬式球の音を聞いた。
芥川は思い出す。
レギュラーになろうとバットをふってきた。それこそ小学生の頃から。しかし、振れども振れども、ストライクゾーンの球を捉えれない。当たってもボテボテのセカンドゴロとかショートの深いところに飛び、内野安打を狙うかだった。外野に飛んだ記憶がない。
でも、素振りの成果は出ていた。ボールゾーンの球は上げたスイングスピードを生かして引きつけて打った。それはすべて外野に飛ぶかオーバーフェンスだった。
反対であったなら、よかったと思う。
しかし、自分はストライクゾーンに球が来る以上、ただの二ゴロマンに過ぎない。
まあ、いい。いこう。
着替え終わった芥川はグラウンドに走り出した。
「よう。俺だ」
誰だよ。芥川の後にすぐにやってきた髭面の男に対してつっこんだ。
「集まってくれ。俺だ。お前らの監督になる六甲道豊だ。よろしく」
眠たそうな目に、何が面白いのかにやつく口。顎には一切ない癖に、鼻の下には大量に蓄えられている髭。間違いなくこの男は変である。ここの部員は皆が思考を包括し、共有した。
「九人か。初日にこれだけとは幸先いいや」
六甲道はそういうと、手元のボールを小さく上に投げた。
「初日の今日は、お前らの能力を判断する。それと……」
六甲道は視線を浅倉に向けた。
「今年度より、規定が改正され女子も試合に出れるようになった。だから気にするな。お前、ポジションは?」
「キャッチャーです」
即答だった。それに六甲道はほうと小さく呟いた。
「そういうことだ。ここは狭いからな。内野希望はまず来い。外野希望はバッティング練習だ。いいな」
「はい!」
九人の部員は大きく返事した。
六甲道は気付く。不似合いな大物がいることに。
「真島かあ?」
「そうだ」
黒く日焼けした大柄な少年は鋭い眼差しを六甲道に向けた。日差しにその眼差しが反射する。
「帝大付属中のお前が、なぜここに。三高にはいかなかったのか」
「ピッチャーがしたかっただけだ」
真島はキャッチャー浅倉を向いた。
「よし。投げてみろ」
真島はそれを興味の無さそうに聞き流すと白球を握り締めた。
「おい。女」
「何よ」
真島は浅倉を睨んだ。
「ちゃんと捕れよ」
「舐めないで頂戴」
不機嫌そうな声に微かに真島は笑った。ような顔をした。
真島は左足を高々と振り上げた。と同時に背中を大きく浅倉向けた。
トルネードか。
六甲道は、腕を組んだ。
トルネード投法は強靭な下半身を必要とする。更に言うにはその独特な大きなホームから盗塁されやすい。
だから、トルネード操る投手は打たれないという確固な自信がないとできない。
その自信は十二分にあるようだ。少なくとも六甲道は真島をそう見た。
真島の手から放たれた白球は唸るよう、浅倉の構えるミットに向かい球威を運ぶ。
それが小気味いい音を奏でる。
気付けば、内野の連中もちろん、外野の連中も静かにこれを見ていた。
速い。
その感想を皆が抱いた。
「ほう。150近くはあるな。高一でこれか。凄まじいな」
高一で150など逸材中の逸材である。
「しかし、何故これで投手ができない。九十九〈つくも〉がいるにして二番手はいけるだろうに」
「九十九には負けていない。だが俺は……」
真島は、そこで大きく笑った。
「変化球が投げれねえんだ」
六甲道は思わず苦笑いを浮かべた。
その六甲道の目の前に白球が通る。
それは、悠々とセカンドベースを通り過ぎた。
六甲道は投げた人を見る。それは浅倉だった。しかも浅倉は座っている。
「これは驚いた。なんつう肩だ」
浅倉はマスクをとった。そこに満面の笑みがあった。