表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実不信  作者: 葛城那桜
2/3

ヤサシサ

目を開けると、知らない部屋のベッドに横になっていた。


綺麗に整っていて、おかしなものは何一つない。


ガチャっと音がしてドアが開く。


「あ、起きた?」


入ってきたのは沖草さんだった。


「びっくりしたんだよ。いきなり泣き出してそのまま気を失っちゃうんだから。」


はっきりとは覚えてないけど、海の顔が横切ったような気がした。


「いなくなったのって、海って人?」


沖草さんはベッドに腰掛けて僕の頬に手を当てる。


「…。」


「いなくなったって、どこかに行ったってことかな?気を失う前に言ってた言葉は恋人関係みたいだったけど。」


彼には何もかも見抜かれてしまっているんだ。


「恋人でした…、一週間前までは…。」


僕は声を小さくしていった。


「別れちゃったのかな?」


彼には気づかいというものは無いのだろうか。


「…、沖草さんには関係のない事です…。」


僕はベッドから足を出し、床を歩く。


「どこ行くの?」


「あなたには関係ないです…。」


僕はドアを開け、出て行こうとした。


「もう、関係ないなんて言わせないよ。」


沖草さんの小さく呟いた。


「俺は君を好きになったみたいなんだ。だから君に笑顔を取り戻してもらいたい。その海って人の事を忘れてくれないか?いなくなってしまったのなら、いいタイミングだと思えばいいさ。な、俺を見てくれないか。」


沖草さんはベッドから立ったような感じはない。


全然触れられていないのに、捕まってしまったように動けない。


「その人はいなくなってしまったのだろう?きっと君に愛想を尽かしたんじゃないかな。俺はそんなことはない。絶対に幸せにして見せるよ。」


この人は僕の事も、海の事も何も知らない癖に言いたい事だけ言っている。


「何を知ってるんだ…、あなたは…。」


僕は拳を握って、ドアに向かって言った。


海をひどく言う奴が僕を幸せにできるはずがない。


もう僕の心は誰も信じなくなってるんだ。


だから、誰が何と言おうと僕は海を探し続ける。


この身がボロボロになって、死んでもかまわない。


「海は…、もう、この世界にはいない。僕を守るために消えて行った。だから、海の生きた証を僕の命が尽きるまで探し続ける。この世のすべてから海が忘れ去られないうちに…。」


僕はそれだけ言い残してドアノブを回して、部屋を後にした。


追ってくる様子はなく、少し安堵の息をつく。


沖草さんの家から出ると外は雨だった。


曇天の空からざぁざぁと降り注ぐ天の涙は、世界を洗い流していた。


「やめて…、降らないで…。海を消さないで…。」


僕は雨の中に走った。


海の死んでしまった場所に向かって…。


雨は次第に強くなった。


僕がつくころには服はべしょべしょで肌に張り付いて気持ち悪い。


でもそんな事を言っている場合ではない。


沖草さんの家に長居してしまった。


僕には時間がないというのに…。


「海…、海…。どこにいるの…?どこに行けば、海と出逢えるの…?」


僕は濡れたままの体で路地裏に向かった。


この路地裏はビルとビルの間の道で、普通の人なら通り過ぎてしまうようなところだ。


そんな道を進んで行くと、古びた建物がある。


この建物は老朽化が進み、半年前に立ち入り禁止になったものだ。


僕は迷わず、建物に足を踏み入れ、ギシギシと音を立てる階段を使い、二階の204の札の掛った部屋に行く。


「海、僕も同じ所で逝くね。すぐに海を見つけて、逝く時も、逝った後も、ずっと一緒にいるんだ。」


僕は未だに血の後の残る壁に指を走らせる。


この血は海のものだ。


「海の生きた証は、絶対に見つける。」


僕はそれだけ言って、さっき昇ってきた階段を下っていった。


相変わらず、雨は降りしきっている。


躊躇うことなく街へ飛び出す。


雨の中、傘を差して行きかう人の間をびしょぬれの僕は俯いて進んでいく。


この世は存在する意味を持たない。


そう考えるのは僕だけなんだろう。


もし、少しでも時間が戻せたら、どんな未来が来ただろう。


もう一つの未来の僕の隣には、海はいるのだろうか。


そんな現実逃避は、何の意味もない。


「あれ、川浪くん?」


ふと、後ろから僕の名前を呼ぶ声がした。


「…佐伯、くん?」


「何してるの?」


佐伯くんは同じ高校の生徒だ。


正確には“だった”だが。


「別に…。」


僕は佐伯くんから顔を逸らした。


「傘は?持ってないの?」


佐伯くんは僕に優しくしてくれた。


しかし時に、その優しさが逆にムカつく事があった。


「関わんないでよ。別に何もしてないし、傘だって持って出てなかっただけなんだし、僕が何してようと佐伯くんには関係ないだろ。」


「関係ない訳ないよ、川浪くん。いきなり学校辞めて、みんな心配してたんだからね。何してたの?」


佐伯くんが傘の半分に僕を入れた。


「海のいる世界に行くための準備…。あともう少しで海と同じ世界に行けるんだ…。」


そうだ、僕は海のいる世界に行くんだ。


だからこんなところで時間を割いている場合ではない。


そう思うと、反射的に僕は佐伯くんを突き放していた。


「川浪くん…っ?」


「関わんなっ…!ほっといてくれ!」


そう言うと、僕は走りだしていた。


佐伯くんの呼ぶ声も全く聞こえないフリをした。


まだ行っていない、心当たりのあるあの場所に向かって。

一時間後に最終話を更新しますので、ご覧下さい!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ