その6
通知が届いた。
やはり、もうそろそろらしい。周囲はあまり直接的に私にその話を聞かせたくないようで、なかなか情報を得られなかったのだが、これで日付も確定した。早々に怯えたフリをして申請を出してもらっておいて良かった。
正直、ようやくか、という思いが大きい。その日が来る事は、正直怖い。けれど、これでもうその日の訪れに怯えなくてもよくなると思うと、少し安堵する。いっそ、早くその日が来て欲しい。そうすればあとは、終わらせるだけだ。
難しい事は何もない。私はその日までに準備をして、あとはやり遂げるだけ。私が、シュウちゃんを守るんだから。
今日は、久しぶりにシュウちゃんの安楽椅子探偵っぷりをパソコンに書き綴る。元々文章を書くのなんて好きじゃないし、どうにも書くのが遅い。更に言えば、自分でも文章が滅茶苦茶だと思う。もっと臨場感などを演出出来れば良いのだが、生憎と私に文章力なんて高尚なものは備わっていなかった。
ベッドに寝転ばずに腰掛けて膝の上にパソコンを置く。そうして打ちこむのは、この間ホームセンターの帰りに見付けた、公園の奥の雑木林での事件の内容だった。
やはり、あのビニールシートの下にあったのは、刺殺された男性の遺体だったらしい。犯行自体は単純なものだったそうだ。松沢さんの刑事の勘とやらで早々に犯人の目星はついていたようだが、かなり巧妙な犯人で鉄壁のアリバイを用意していたらしく、それを崩す為に松沢さんがシュウちゃんに相談に来たのだ。松沢さんの付き添いで当然原田も同行していたのだが、原田はやはりそのときもシュウちゃんを不服そうに睨んでいた。そんなに不満なら来なければ良いのに。
話を聞いたシュウちゃんは、当然のようにあっさりとその鉄壁のアリバイを突き崩した。シュウちゃんを前にすれば、アリバイやトリックなどという言葉も途端に意味を無くす。そんなもので警察の手を逃れようとした浅はかさを露呈されるだけだ。
「ねえ、私は覚悟が足らないと思うの」
「うん?」
私はパソコンに打ち込んでいた手を止めてシュウちゃんを振り返る。ハードカバーの何だか難しそうな本を読んでいたシュウちゃんは、いつものように微笑んで顔を上げる。
「人を殺した癖に、まんまと逃げおおせようなんて、おこがましい」
なんて虫の良い話だ。人を殺した上に自由まで勝ち得ようなんて。人を傷付け、殺す。それは当然、許される事ではない。それでもその罪を犯さずにいられないというのなら、当然、その後どうなっても良い、という覚悟を持って挑むべきだ。
人の命は安くない。それが、犯罪者の命で無ければ。そして、もちろんそれは、私自身も例外ではない。
「人は簡単に、何もかもを捨てられないんだよ」
シュウちゃんの細い腕が伸びて、やっぱり細長い指が私の髪を梳くように撫でる。宥めるような指が心地よくて、私はパソコンを膝に置いたまま、仰向けに倒れた。布団越しにシュウちゃんの足を下敷きにしてしまったけれど、問題無いだろう。
「例えば、それまでの生活を守る為に殺人を犯したとして、捕まってしまったら本末転倒じゃないか」
ああ確かに、とそれには納得する。そこで捕まってしまってはそもそも殺した意味が無くなってしまうのか。
意味は分かっても、それでも私はやっぱり不満を感じる。図々しいと思ってしまう。だって私は、やっぱりアリバイなんて必要ないと思う。逃げようとも思っていない。それで、目的を達成出来るなら。
それで、シュウちゃんを守れるなら。
自分の足の上で寝転ぶ私の髪を撫でる、シュウちゃんの指に甘えて目を瞑る。基本的に頭を撫でられたりするのは好きじゃない。私の頭より高い位置から下りて来る手なんて、大嫌いだ。けれど、それもこれもみんな、シュウちゃんだけは別だった。
「意外と綺麗に戻ったよね、髪。あの色から黒に戻そうとすれば、相当ムラになるかと思ったけど」
「そりゃあ、貯金箱を壊してわざわざ美容院に行ったんだもん。綺麗になってくれないと困る」
先日、美容院に行ってまだらな金髪を黒に戻してきた。日が経つと多少は色落ちもしたが、それでも自然と言える程度だ。やはり髪の事は本職の人にお願いするのが一番だと実感した。
私の計画を実行しようと思えば、あの目立つ髪色は絶対に向いていない。どうせもう、お金を使う機会もなくなるだろうから、貯金も惜しくない。何としても自然な色に戻す必要があった。
「芽依子は、黒い方が似合うよ」
「むう、もう染めないもん」
どうせ、染められない状況になるだろうし。瞑っていた目を開ければ、やっぱり微笑んだシュウちゃんと目があった。
読んで頂き、ありがとうございます。
芽依子の計画と共に、このお話ももうすぐ終わりです。半分は過ぎました。