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その5





失敗した。

十月末を迎えて急に木枯らしが吹き始め、夕方には随分冷え込むようになった。セーターとブレザーを羽織っただけでは首が寒い。マフラーくらい巻いてくれば良かった。登校する頃はもう少し温かくて忘れてしまったのだ。風邪を引かないようにしないと、シュウちゃんに会えなくなる。もしもシュウちゃんに風邪が移れば、ただの風邪では終わらないだろうから。


冬場はいつも以上にシュウちゃんが暇をしている。風邪を引いてはいけないからと、病院内での散歩で建物の外へ出る事すら、自重しなければならないからだ。歩き方を忘れてしまいそうだ、とシュウちゃんはやっぱり少しだけ苦笑した。

足早に病院を目指し、暖房の効いた院内の温かさにほっと一息ついてシュウちゃんの部屋を訪ねれば、久しぶりに見掛ける人がいた。


「………こんにちは」


ベッドの横に置かれた椅子に腰かけるのは、シュウちゃんのお兄さんだ。仕事の合間に立ち寄ったのか、いつも通りスーツを着て、相変わらず一切の隙を感じさせない雰囲気を出している。見る限り荷物は重厚感ある鞄だけで特に防寒具などはないようだが、この人の場合は例え雪の中をこのまま歩いていても全く寒さを感じないのだろう、と思う。そういう岩みたいな揺るぎなさを感じる。

シュウちゃんのお兄さんは私を振り返ると、厳しく鋭い目でじっと私を見詰めた。


「まだ来ているのか」


シュウちゃんのお兄さんは私の事を疎ましく思っているようで、シュウちゃんの所へ入り浸る私へ会う度に、こうして咎めるような言葉を口にする。

しかし、その言葉には絶対に従う事なんて出来ないし、そう言われるだけで反発心は芽生えるけれど、私はこのお兄さんを嫌いではない。


「いらっしゃい、芽依子」

(あまね)


いつもの調子で私を迎えようとするシュウちゃんへ、お兄さんは睨むような目を向けた。

このように、シュウちゃんに対しても厳しく、事件に首を突っ込んだり、油断して体調を崩したりするシュウちゃんの事を度々諌めているが、そうしたシュウちゃんへ向ける厳しさも、全てシュウちゃんを想っての事だと分かっていた。だから私は、この人が嫌いじゃない。


来る度にお土産を持参し、上着やパジャマ、シーツに掛けるタオルを新調してくれるのはいつもこの人だ。短い時間ながら忙しい仕事の合間を縫っては、シュウちゃんの所へ小まめに顔を出してくれるので、分からないはずがない。

ぶっきらぼうで厳めしい印象の人だが、たぶん良い人なのだ。


「何だ、その髪の色は」


すると、シュウちゃんのお兄さんは私の髪に目を止める。日に日に黄色と金のまだら具合は悪化しており、そこに最近では新しく生えて来た黒も混ざって来た。見っともない事には気付いている。


「染めるのに失敗しただけ。もうすぐ染め直します」

「そもそも染める事が間違っているだろう。高校生に相応しい容姿を考えなさい」

「………はぁい」


私が溜息交じりの返事をすれば、シュウちゃんのお兄さんは途端に眉を顰めた。


「何だその返事は。何か文句でもあるのなら」

「ありません!ごめんなさい!」


お兄さんは、口煩いのが玉に瑕だと思う。良い人なのだろうが、話していると非常に面倒くさい。一言話す度に敬語も使え無いのか、と咎められた記憶を思い出す。

お兄さんは訝しむように私をじっと見つめたが、すぐに視線を外し、今度はシュウちゃんと向き直って鞄を掴んで立ち上がる。


「また来る。周、温かくして大人しく過ごしなさい」

「分かってるよ。兄さんも、体調には気を付けて」


ひらりと手を振るシュウちゃんには応じる事無く背を向けて、立ちつくしていた私とじっと向き合う。シュウちゃんのお兄さんは格闘家のようにしっかりとした体格で背も高い。私からすると壁のようで、近くで向き合うと見上げる羽目になり、首が痛くなる。


「もう、ここへ来るのは止めなさい」

「い、やです」


見下ろすお兄さんに威圧され、じりじりと後ずさる。例えどんなに叱られて脅されたって、それだけは止めるつもりはない。少なくとも、私が自らの意思で動き回れる内は。


「もう、高校生だ。自分の未来について、一度真剣に考えなさい」


重々しく私にそう告げて、お兄さんは今度こそ退室して行った。

その瞬間、極度の緊張から解放された私は、素早くシュウちゃんを振り返る。勢いよく先程までお兄さんが座っていた椅子に鞄を放ると、シュウちゃんのベッドに乗り上げた。


「シュウちゃん、心臓が縮んだ」

「芽依子は兄さんが苦手だよね」

「ん、んー、嫌いじゃないけど、空気が重い」


縋りついて、緊張を振り払うように力を抜いて甘えれば、シュウちゃんがくすくすと静かな笑い声を立てて私の頭を撫でる。ついでに顔に掛かった髪も払ってくれた。うん、シュウちゃんは優しい。


「お兄さんの方は、私の事嫌いだし。またシュウちゃんに会いに来るなって言われちゃった」

「それは違うよ」


外からやって来て、冷え切った私の頬を温めるようにシュウちゃんの手のひらが包み込む。けれど残念。シュウちゃんの手のひらは、基本的にいつも冷たい。むしろ私が温もりを分ける事になるのがほとんどだ。今日はまだ温かい方である。


「兄さんは情が深くて、優しい人だよ。いつも人の事を考えて、頭を悩ませている。もちろん、芽依子の事だっていつも心配してああ言うんだ」


そんな風に言われても、いまいちピンと来ない。シュウちゃんのように柔らかい表情や言葉を使ってくれれば分かりやすいのに。


「むしろ、兄さんの方が僕よりも余程芽依子の事を考えているだろうね」

「ここに来るなって言うのに?」

「うん」


シュウちゃんはそう言って、また私の頭を撫でる。けれど、私には分からないし、納得出来ない。だって私は、シュウちゃんと離れるなんて想像できないから。

未来なんて知らない。そんなものはいらないし、考えたくもない。だってそこには、私の一番大切なものが存在しているかどうかも分からない。


シュウちゃんのお兄さんの事は嫌いじゃないけれど、やはり少しだけ怖いな、と思った。










読んで頂きありがとうございます。

このお話のシュウちゃん以外の男の体格良い率が半端ない。

シュウちゃん兄は昔取った杵柄(学生時代部活で柔道してた)、原田は現役警察官だから今も鍛えてる。松沢さんは、俺はもう年だからと適当な事言ってるけれどたぶんそれなり。


シュウちゃん兄は自分にも他人にも厳しく、判で押したような正しさをなかなか曲げられないのでよく誤解もされるし、自身も苦悩する。ほがらかだがしっかり者の嫁がいる。27、28くらい。


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