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その4





あの日の記憶は、真っ白に埋め尽くされている。

衝撃を加えられた頭は割れるように痛くて、意識は朦朧としていた。瞼も重くて視界は暗いのに、ギラギラと睨みつける目だけをやけにはっきりと覚えている。

両手両足は後ろで拘束されて身体がギシギシと軋み、口の中に突っ込まれた布のせいで息苦しく声も出なかった。これから何が起こるのだろうか、という恐怖と共に、抵抗すれば自分の身が危うくなると幼いながらに理解して、心を殺して従った。


使用済みのリネンを回収した籠の中に放り込まれ、真っ白なリネンに溺れながら、その訳も分からないひと時が早く過ぎ去ってくれる事をただ祈った。


『見付けた』


そんな中で現われた、救いの手。当時知り合ったばかりの人が、最早見慣れた笑顔を私に向けた。だから私は今、こうして生きている。









放課後になり、ホームセンターで用事を済ませれば、パトカーのサイレンの音が聞こえた。どうやら近くで何かがあったらしい。サイレンの音は同じ方向へ向かうが、目的地はそう離れた位置でもないようで、聞こえる音は大きいままで止まっている。私は、シュウちゃんの暇を潰せるような事件でも起きたのか、とそのサイレンの音の方を目指して足を進めた。


歩きながら、私が普段日常的に使っている道や場所で、何か事件が起きるという事に言いようのない違和感を覚える。私が普通に生活しているとき、私の知らない誰かにも生活があって、人生があって、時折事件に巻き込まれる人もいる。自分とはまるで関わりの無い人にも、その人にしかない人生があるという事は、とても当たり前の事のはずなのに何だか不思議だ。


近くの公園の入口にパトカーが何台か停まっていて、公園の背中にある雑木林の方に人だかりが出来ている。そちらに近付いてみれば、雑木林の入口の所で『KEEP OUT』の黄色のテープが張られており、どうやら野次馬である人々を警察官が抑えていた。

野次馬の中に参加して、無理矢理割り込み、先頭を目指す。ただでさえ小さな背で体勢を低くして割り込めば、簡単に人垣から顔を出す事が出来た。


そこでは刑事さんと鑑識さんと思われる人々が、地面に掛けられた少し膨らんだブルーシートを囲って何かを調べている。おそらく、そのブルーシートの下に死体があるのだろう。ちょうど成人男性くらいの膨らみだ。女性にしては大きすぎる。

この様子では、何が起きたかなど分かりそうもない。野次馬達の噂話で刺殺体である事は漏れ聞こえてきたが、シュウちゃんに聞かせられるほどの情報は無さそうだ。


「おまえ、何をやってるんだ!」


肩を落とせば、残念ながらよく聞き知った声で叱られた。原田だ。ちょうど良い。原田達の管轄なら、捜査に行き詰れば松沢さんがシュウちゃんの所へ相談に来るだろう。私が無理に探る必要もこれでなくなった。


「通りかかっただけ」


素っ気無く答えれば原田はこちらへ近付き、黄色のテープをくぐって私のそばまで移動する。そのまま野次馬の中から私を引き抜いた。腕を掴んで野次馬から離れた所へ連れて行かれながら、またブルーシートの方へ目を向ければ、松沢さんの姿も見付ける事が出来た。


「さっさと帰れ。子どもが見るものじゃない」


原田はいつも、私を子ども扱いしようとする。実際、私は子どもだ。しかし、だからと言って事件現場を眺めただけで何を思う訳でも無い。


「平気だよ」


原田はきっと、直視すれば私が怯えてしまうと思っているんだろうなあ。トラウマになるのではないか、とか。


「だって、死体は誰の事も傷付けたりなんてしないから」


いつだって怖いのは生きている人間だと、原田は知らないのだろうか。









いつものように病院に辿り着き、ナースステーションの前を通り過ぎてシュウちゃんの部屋へ向かおうとすれば、見知った看護師さんに呼び止められた。

看護師さんの笑顔なのに、どこか晴れない不安を滲ませた様子に、私は看護師さんが口を開く前に状況を理解した。こういうとき、看護師さんは皆同じ顔をする。固定された笑顔から滲み出るのは心配と憐れみだった。この病院の看護師さんは皆優しいのだ。


私は看護師さんに分かりました、とだけ告げるとすぐに背を向けてシュウちゃんの部屋を目指す。廊下を進んだ突き当りにある、日当たりの良い病室がシュウちゃんの部屋だ。


「シュウちゃん、来たよ」


そこには、想像した通りの光景が広がっていた。苦しそうな顔でベッドに横たわるシュウちゃんは、看護師さんの話によると朝から体調が思わしくなかったらしい。

入室し、今日はベッドに入り込まず、来客用の椅子をベッドの横に置いてそこに座る。点滴や酸素マスクなど、色んな機械に繋がれたシュウちゃんは青白く人間味がなくて、打ち捨てられたマネキン人形のようだと思う。苦しげな表情と、額に滲む冷や汗だけがシュウちゃんを人間だと知らしめていた。


掛け布団の中に手を突っ込んで、見付けたシュウちゃんの手をしっかりと握る。微かに握り返されたような気がして、嬉しかった。


「ねえ、シュウちゃん。まだだよ」


シュウちゃんはまだ、二十歳じゃない。二十歳だって別に期限じゃない。二十歳になると確実に死ぬ訳じゃない。あくまで目安で、もしかしたら、もっとずっと長く生きられるかもしれない。だから大丈夫。またしばらくすれば体調だって落ち着くはず。

だけど、もしかしたら二十歳よりも早く――――――――――――


「シュウちゃん、早く元気になってね」


嫌な想像を振り切るようにそう語り掛ける。神様は何もしてくれないから、私はシュウちゃんの強さを信じて祈る事しか出来なかった。











読んで頂きありがとうございます。

院内を散歩するくらいで、基本はのんびり生活しているシュウちゃんですが、時々心配になるくらい体調を崩す。



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