表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

その3






図書館で調べた、二年前の火事の詳細が載った新聞記事のコピーを手渡せば、シュウちゃんはパラパラとそれをめくっていく。かなり大雑把に目を通しているように見えるが、頭に入っているのだろうか。入っているんだろうなあ。


「どうしてそんなものが必要だったの?」

「ん?この間兄さんが来てくれたときに、仕事の話をしていたから」


シュウちゃんのお兄さんは、確か検察だか弁護士だかそういう仕事をしていたはずだ。法律関係で事件に関わるようなお仕事という事しか覚えてないが、自身の父親と同じ警察官ではなかったはず。


「お兄さんに頼まれたの?」

「ううん。兄さんはそういう事を僕に言わないよ。ただ、仕事の話を出す事自体が珍しいから、何か行き詰まっているのかと思って」


それで興味が湧いたのか。シュウちゃんのお兄さんもそれはそれは優秀な人だと聞いている。どんな難題も理路整然と一人で解決してしまえる人が仕事の話をぽろりと漏らしてしまったという事は、それだけの難題だったという事だろう。少なくとも、シュウちゃんはそう考えたようだ。

ちなみに、お兄さんの場合は所謂文武両道らしく、学生の頃は剣道だか柔道だかで立派な成績を修めていたらしい。身長150センチの私では見上げるほど背が高く、体格もかなりしっかりしている。警察官も向いていたんだろうな、と思った。


シュウちゃんにスペースを空けてもらってベッドに乗り上げ、シュウちゃんがコピーをめくる横で、私はごろりと寝転がる。うん、ちょっと狭いけど私がくつろぐには十分なスペースだ。シュウちゃんのベッドは真っ白なばかりではなく、スカイブルーのバスタオルを掛けてある所がまた心地良い。真っ白で無ければタオルの色は何色でも良いけれど、最近はこの色が多い。


「ねえ、シュウちゃん?」

「うん?」


ベッドの頭側を起こしてもたれるシュウちゃんに擦り寄れば、シュウちゃんはコピーに目を落としたまま私の頭を撫でてくれる。骨ばって痩せた細い指を、私以上に心地良く感じる人は他にいるのだろうか。


「人はどうして、人を殺すのかな」


そう口にすれば、シュウちゃんは初めてコピーから顔を上げて私の方へ視線を映す。シュウちゃんらしい、どこか消え入りそうな静かな調子で、シュウちゃんはそっと微笑んだ。


「芽依子は難しい事を聞くね」

「難しいかな」

「難しいよ。きっと理由は、人の数だけある」


シュウちゃんはただ冷静なばかりにも、哀しそうにも見える、落ち着いた微笑みを浮かべ、手に持っていたコピーを掛け布団の上に置く。私をじっと見下ろす目を見つめれば、シュウちゃんはまた、私の頭を撫でた。


「自分にとって優先すべきものが、他人のそれと噛み合わなかったとき、簡単にその理由になる。例えば、風邪を引いた人がそばにいれば、移らないようにマスクをするだろう?それと同じで、予防じゃないかな。命を、名誉を、心を、欲求を害される前に予防するんだ」

「予防……」


自分や大切な人の命や立場、憎しみや悲しみ、妬みといった抱えきれない感情、そういったものにとって有害な存在がいるとすれば、当然その存在を消してしまう事が、安らぎへの近道だ。シュウちゃんの言葉に、あっさりと納得する。


「中には、殺人行為自体に堪らない悦楽を感じる快楽殺人者もいるだろうけどね。もしくは、人を人とも思わないからこそあっさりと凶行に走る人も」


そういう人もいるだろう。最早、それを人と呼んでも良いのか私には分からないけれど。

ただ、シュウちゃんが謎解きをするような巧妙なトリックやアリバイを用意している犯人は、どちらかと言うと予防の人がほとんどだと思う。その人なりに真剣で正しい理由があって、固い決意で罪を犯す覚悟を決める。だからこそ周到で細やかな計画を練って実行に移し、シュウちゃんでなければ解けないような難事件となる。


「人それぞれに理由がある事だから、きっとこういうものは、無くならないんだろうね」


それはとても悲しい事だね、と微笑むシュウちゃんの顔は、やっぱり消え入りそうなほど儚く見える。ほんの少し力を加えれば、折れてしまいそうな、そういう危うさが目の前にあって、私はそんなシュウちゃんを見ると息が詰まって仕方がない。私にとってはシュウちゃんこそが何よりもの理由だ。

私は、シュウちゃんを守りたい。その理由一つで、予防を決意するには十分だった。


―――――――ねえ、シュウちゃん。だから私も、殺そうと思うの。シュウちゃんが、一日だって長生き出来るように。









読んで頂きありがとうございます。

このお話は、一話が短めになりそうな予感です。

芽依子さんが物騒な事を口に出し始めました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ