その2
平日は一応放課後になってからシュウちゃんの所へ向かう。サボりがちだけど、学校はきちんと行きなさい、とシュウちゃんに叱られたので、一応通っている。私は学校なんかに通う暇があれば、一秒だって長くシュウちゃんの所にいたいのに。シュウちゃんがそれを許してくれない。
きっとシュウちゃんは私の将来とか、そういう事を考えてくれているんだろうな、と思う。シュウちゃんは、自分には最早手に入らないと諦観しているそれを、私に見出しているようだから。けれど、私にはよく分からない。将来、なんてどうなっているのだろう。そこに、シュウちゃんは。
――――――今日は休日だから、朝からシュウちゃんの所に入り浸る事が出来る。着心地の良いパーカーとキュロットスカートを履いて、頭にはお気に入りのキャスケットを被る。靴下を履いて、スニーカーに足を突っ込んで家を出た。
真っ直ぐにシュウちゃんの所へ向かいたいところだが、残念。今日はシュウちゃんに頼まれ事をされており、図書館に寄って新聞記事を調べなければならない。
図書館に着くと休日という事もあり、その場に相応しく静かではあるのだが、それでも普段よりは少しの賑わいを感じられた。単純に人が多いからかもしれない。私は、最早慣れた道順を辿り、慣れた流れで昔の新聞を調べる。推理の裏付けを取る為に、こうしてシュウちゃんに図書館で頼まれ事をされるのは珍しくない。
二年前のえーと、そうそう。火事の記事。そのときの被害状況、死亡者生存者。頼まれた通りにメモを取って、必要な分はコピーを取る。こんな情報がどう生きるのか私には分からないし、興味も無かった。ただ、こんな事でシュウちゃんの暇が潰せるならそれで良い。
ついでに、五年前の記事も引き出してみる。たぶん、そろそろのはずだ。私はそちらの記事だけ小さく折りたたんで財布の中にしまった。
さて、思いの外早く用事が終わった。そうなると、せっかくだしシュウちゃんに何か本を借りて帰ってあげようと思う。シュウちゃんは作者読みをするタイプで、一人の作家を決めると既刊本を全て網羅する。私は新聞記事を鞄の中に突っ込むと、その場を離れてフィクション小説のコーナーに移動した。
最近シュウちゃんが読んでいた作家さんの名前を見付け、その中でも見覚えのないタイトルを発見する。借りる本はこれで決まりだが、残念な事にそれは本棚の上段に収まっていた。何とか届かないものかと片足立ちで背伸びをすれば、
「どうぞ」
どうやら親切な人がそばにいたようで、必死に手を伸ばす私を見兼ねたのか取ってくれた。私の頭よりも高い位置にある本を手にとって、下りて来るいかにも男性らしい武骨な手に反射的に緊張したが、お腹の奥に力を入れて、落ち着いてお礼を言おうと顔を上げる。
「あ」
「げ」
驚いて声を漏らした私に対し、大人げなくも心底嫌そうな声を出したその人物は、なんと原田だった。しかも私服姿だ。初めて見た。いつものスーツ姿で無ければ意外と若く見える。
こんな所で何をやっているのだ。まさかサボりだろうか。警察官の風上にもおけないな。
「帽子で髪が隠れて分からんかった………何でおまえがここにいるんだ」
「シュウちゃんに頼まれて調べ物をしていたの」
そう素直に答えたのに、原田は分かりやすく顔を顰める。公共機関を利用するのに何か文句があるとでも?
警察官たるもの、そんなに単純で良いのだろうか。警察のお偉いさんのシュウちゃんのお父さんは、いつだって何を考えているかさっぱり分からない人なのに。詳しくは知らないけれど、法律関係らしいシュウちゃんのお兄さんもしかり。
「子どもが、余計な事をするな」
大人はいつもそう言う。それなら、大人は何をしてくれるのだろうか。私を助けてくれたのだって、子どものシュウちゃんだったのに。
「原田には関係ない」
「ある、それは警察の仕事だ。子どもが軽い気持ちで首を突っ込む事じゃない」
「………サボってる癖に」
「今日は非番だ!」
原田が声を上げて否定をすれば、いくら普段に比べて賑やかとは言っても、基本的に静かな図書館でよく響いた。近くにいた人達が、じろりと迷惑そうに原田へ視線を向ける。
原田はわざとらしい咳払いでその場を誤魔化すと、ちょっと来い、と私を促してから歩き始めた。このまま無視して逃げ出したい、とも思ったが、まだ本の貸し出しカウンターに向かわなければならなかったので、どうせ引き止められるなら、と渋々その後に続いた。勉強や本を読む人の為に設けられた、机の並んだスペースに移動し、その中でも出来るだけ隅の方で二人机を陣取る。
向かい側に座った原田は、改めて私に説教じみた言葉を口にした。
「いいか、事件というのは子どもが遊び半分で関われるような、甘いものじゃないんだ」
「………じゃあ、どういう気持ちなら良いの」
原田は、警察官よりも早く事件を解決してしまうシュウちゃんが嫌い。私は、そんな原田が嫌い。それなのにどうして私達は向き合っているのだろう、と煮え切らない気持ちになる。
「そりゃあ、犯罪を憎む正義の心だろ」
そう言われた瞬間、自分の顔が醜く歪んだ事が分かった。くさあ。
でも、
「それなら、私にもあるよ。どうして人を殺した人が、のうのうと生きているの」
そんな事をした後でも、呼吸を続けている。健常な身体で、平然と生きている。どんな理由があったにせよ、人の命を奪った癖に。どうして、そういう人が生きられて、シュウちゃんが――――――あああ、ずるいずるい。なんて妬ましい。
「死んじゃえば良いのに」
ぽつりと呟いた私の言葉に、原田が目を見開く。自分から憎む心を口に出して、どうして原田はいつも、私ばかり奇妙な物を見るような目で見ているのだろう。
その後、すぐに図書館で原田と別れ、私はシュウちゃんの病院を目指して歩きながら、財布に潜ませた五年前の記事に想いを馳せた。もうすぐ、もうすぐ、うん。
今度は私が、シュウちゃんを守る。
読んで頂きありがとうございます。
原田は生真面目な性分。罪を憎んで人を憎まずを素でいきたい人。