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安楽椅子探偵と私  作者: ピヨ/七海ちよ
こぼれ話
12/13

ハッピーバレンタイン・デイ

今更バレンタインとは何を言っているのか、と思ってもぐっと堪えて下さると嬉しいです。



検査の日は嫌いだ。

定期的にあるシュウちゃんの検査の日に、私はいつも暇を持て余す。放課後に急いで病室に向かってもシュウちゃんはいなくて、私はシュウちゃんの検査が終わるまで待ちぼうけをくらうのだ。検査、検査と言ってお医者さんは小まめにシュウちゃんの状況を確認してくれるけれど、いくら検査を繰り返してもそれが治療に成る訳ではない。検査の日はいつも悪くなりこそすれけして良くはならない現状に、ただ虚しくなるだけだった。おまけに大抵検査の後は、疲れたシュウちゃんが少しぐったりとして見えるので、好きじゃない。


病院内を散歩して暇を潰そうか。そう考えて外に出ようかと思ったがすぐに止めた。二月の今、外に出ても寒いだけである。明日の夜には雪が降るかもしれない、とテレビの天気予報で言っていた。


「あら、芽依子ちゃん。一人でどうしたの?」


結局温かい娯楽室でぼうとテレビを観て時間を潰していると、一人の看護師さんに声を掛けられた。見るからに優しいお姉さん、といった人だ。話し方も穏やかで、実際に優しい。若い男性患者さんは皆この人と話すときは鼻の下を伸ばすし、以前たまたま松沢さん達が来ているときにシュウちゃんの検温に訪れてくれたときは、原田もこの人にデレデレしていた。


「シュウちゃんがいないから」

「ああ、あまねくんは検査だったわね」


この病棟に勤務し始めて二、三年になる看護師さんは今、シュウちゃんの担当をしてくれているので、当然私とも顔見知りだ。いつも、見掛けると今のように気さくに声を掛けてくれる。


「たぶん、もうすぐ終わると思うから、もう少し待ってあげてね」

「うん。待つもん……」


自分でも想像出来るくらい、拗ねた心を隠し切れずに唇を尖らせれば、看護師さんはやっぱりいつものように優しく笑う。


「芽依子ちゃんが待っててくれたら、周くんも喜ぶものね。あ、そうだ。芽依子ちゃん、これあげる」


そう言って看護師さんは自身の制服のポケットに手を入れて、目当てのものを取り出す。何だろう、と疑問に思いながら手を差し出せば、チョコレートを手のひらの上に乗せられた。


「チョコだぁ。ありがとう!」

「どう致しまして。そう言えば、もうすぐバレンタインだけど、芽依子ちゃんも何かするの?」


早速包装を解いて口の中に放り込めば、看護師さんにそんな事を問い掛けられた。私は例年のバレンタインを思い出しながらそれに答える。


「チョコ食べるよ。シュウちゃんのお兄さんのお嫁さんが、シュウちゃんにくれるの」

「?芽依子ちゃんがあげるんじゃなくて?」

「あげるの?私が?」


それはした事がなかった。バレンタインの日は、いつもシュウちゃんがチョコレートの包みを持って私の事を待っていてくれて、シュウちゃんは一口とか二口だけ食べるといつも私にそのチョコレートをくれた。


「だって、バレンタインは女の子が男の子にチョコレートをあげる日でしょう?」


そう言われてみればその通りだった。どうして、いつの間にか私がシュウちゃんに貰う事が当たり前になっていたのだろう。記憶を掘り起こそうとしてもなかなか答えは見付からなかった。









「シュウちゃんはチョコが嫌いなの?」


バレンタイン当日。その日もやはり、シュウちゃんはお兄さんのお嫁さんにもらったチョコを少しだけ食べると、残りのチョコレートをそのまま私にくれた。

看護師さんと話してから、よくよくこれまでの事を思い返してみると、シュウちゃんはチョコに限らず、甘いものがあるといつも必ず私に沢山くれた。自分は少し味見するくらいで。だから、もしかしたらチョコに限らず甘いものが苦手なのかもしれない。


いつも一緒にいるのに、そんな事も知らなかったのか、と気付いて少し落ち込んだ。味覚に関して改めて話すような機会もなく、またシュウちゃんも食欲がないとき以外は、何でも普段と変わらない様子で口にしていたので、気に掛ける事がなかった。


「どうして?別に嫌いじゃないよ」

「だってシュウちゃん、いつも自分はあまり食べなくて、私にくれるから」


そういう事か、と呟いて、シュウちゃんは手作りのトリュフをその指で一つ摘まみ上げる。シュウちゃんの男の人にしては細い指が、ココアパウダーで茶色に染まった。


「芽依子は、チョコレートが好きだよね」

「うん、大好き」

「甘いもの全般的に好きだね」


うん、とまた一つ頷けばシュウちゃんの指に摘ままれたトリュフが私の口元に近付けられる。素直に口を開けば、小さめのトリュフは私の咥内に転がり、緩やかに溶けた。途端に、幸せな気持ちになる。


「だから芽依子は、何も気にしなくて良いんだよ」


シュウちゃんの『だから』という言葉が何を指しているのか、よく分からなくて首を傾げる。しかし、すぐにシュウちゃんが次のチョコレートを口元に寄せてくれたので、また口を開いてその甘さを堪能した。


「でもシュウちゃん、私、もらってばかりだよ?」

「義姉さんには、兄さんからお礼をしてもらってるよ」

「んと、そうじゃなくて、お兄さんのお嫁さんにもらったシュウちゃんのものを、私がもらってるから、だから、そう!私もシュウちゃんにお返しをしないといけないと思うの」


チョコレートを頬張りながら、名案を思いついた。そうだ、バレンタインは女の子が男の子にチョコレートをあげる日で、けれど私はシュウちゃんにチョコレートをもらっている。


「シュウちゃん、ホワイトデーは私が何かお礼をするね」

「別に良いよ、そんなの」

「むー、私がしたいの」


断るシュウちゃんにそう言い張っていれば、シュウちゃんの指先からベッドの上にパラパラとココアパウダーが舞った事に気付いた。慌ててウェットティッシュを取り出して、布団のシーツを拭き、シュウちゃんの指先も拭き取ろうとして、止めた。

舌を出してシュウちゃんの指先を舐める。ココアパウダーに味はなかったけれど、少しだけチョコレートが溶けていたのか、ほんのりと甘い味がした。


「芽依子、他の人に同じ事をしてはダメだよ」


すると、今度こそウェットティッシュで指先まで拭く私に、シュウちゃんは何故か苦笑しながらそう言った。






読んで頂き、ありがとうございます。

今更感満載でお送りしました。ホワイトデイまであと一週間です。時の流れは恐ろしいものです。きちんとホワイトデイをする為の前哨戦なのです。今そう決めました。


シュウちゃんは食べ物に関して、嫌いなものも無い代わりに好きなものも無い人。あえて言うならば食事が、体力を使うので少し苦手。そして、シュウちゃんは子育てには向いていないと思う。

初対面の人間(特に相手が大人の男性の場合)には威嚇する芽依子ですが、相手が優しそうな女性で慣れた人だとこんな感じ。

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