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7章 波

待ちに待った海へ岡崎と出かけることになった冬子。 ライブのついでとは言え冬子の心は躍る。


 海岸には色とりどりのパラソルの群れが風を受けてハタハタと音を立て、その向こう側で色鮮やかな水着を着けた若者たちが思い思いに海水浴に、サーフィンに、フリスビーを投げたりしている。 

どの顔もよく日に焼けて褐色の肌がてらてらと光っている。 冬子は岡崎から電話で鵠沼海岸へ誘われてから今日まで、昼も夜もそのことで頭の中が一杯だった。 着ていくサン・ドレス、帽子から水着などから海へ行ったら2人で手を繋いで海岸を歩くのだろうか、とか、もしかして自分は『フェスティーブ』の一介のファンから昇格してあわよくば岡崎のガール・フレンドくらいにはなれるかもしれない……。 そしてもしそうなったら岡崎が自分のためだけにアルト・サックスを吹いてくれちゃったりするかも……と、妄想と期待でペチャンコな胸も膨らむかと思うほどだった。


 岡崎修はさっきから砂浜に敷いたビーチ・シートの上で寝ている。 やっと目が覚めたと思えば缶ビールをグビッとやり、またぐうぐうと寝てしまう。

『一体何のために海に誘ってくれたんだろ……』冬子はせっかく新調した水着{ワンピースでフリフリがついたやつだ} をカワイイとも何とも言わず、砂浜にビーチシートを広げると同時にさっさと寝てしまう岡崎がうらめしくなった。 お隣のパラソルの下ではハイレグのビキニを着けたオネエサンが彼氏にサンタン・ローションを塗ってもらいながらくすぐったいのかキャッキャと嬌声を上げている。

『はぁ……。』 諦めとも羨みともつかない吐息が冬子の口から漏れた。 

『そうだよね、おとなりさんは彼氏と彼女で私達は……いや、私達とかじゃないし……。』 

そうそう、ミュージシャンと一介のファンだからね。 ガッカリすることないわけよ。 

まったくどっちが飲みつぶれたいのか……。 

岡崎が飲みっぱなしにした空のビールの缶をゴミ箱へ捨てに行こうと冬子は立ち上がった。

「……どこ行くの?」

「!!」 

ガラ、ガラン……ガラガラ……。

『寝てたんじゃないの?』

いきなり腕を掴まれ、冬子は両手に抱えていた空き缶を取り落としてしまった。 

岡崎は気怠そうに上体を起こした。 彼のサングラスに冬子の驚いた顔が映っている。

「どこって、空き缶捨てに……」そう言い終わらないうちに岡崎は彼女をグイと引き寄せた。

「お前サン・ブロック着けたのか? 赤くなってるぞ」 冬子を空き缶が散らばったままのビーチシートの上に座らせた。 

「……。」 

「お前みたいな生っ白いやつはちゃんと着けなきゃダメだ」 ローションの瓶を逆さにし液体を手に取ると冬子の背中から項にかけて塗り始めた。 『ひやっ……』冬子が首を竦めた。

「なんだよ…冷たくないだろ?」ぶっきらぼうなのか親切なのかよくわからない。 岡崎のやや骨ばった手が冬子の陽に炙られ赤味が差しはじめた肌を撫でるように白い液体を塗りこんでゆく。 体がこわばるのを感じながら『リラックスしなきゃ…』と自分に言い聞かせるがそうするほど逆に気持ちが焦る。 体中の神経が岡崎の触れる肌に集中して呼吸すら忘れてしまいそうだ。 

「あとは自分で塗れるよな」岡崎がローションの瓶をホイと冬子に差し出した。

「あ…、うん…」 ちょっと残念なようなホッとしたような気持ちだった。

岡崎はう~ん、と伸びをするとあくびをし、よく寝たといったふうでブギーボードを掴むと海に向かって歩きだした。

「泳ぐの?」冬子は後を追うように声をかけた。 それに答えず岡崎はどんどん波に近づいていった。

散らかしっぱなしの空き缶が気になったけど冬子は駆け足で岡崎に追いつくと「あんなに飲んで起きたばっかりで泳いだら溺れちゃうよ!?」彼を引き止めた。 岡崎はふっと微笑んで冬子の頭を大きな手でクシャっとなでた。「可愛いやつだな、お前」 大きな波がバッシャーンと音を立てて2人の間で崩れた。



  ギラギラと照りつけていた太陽も少し疲れたのかオレンジ色の影を纏いながら海の中に身を沈め始めた。 サーフ・ボードを抱えた若者たちは飽きることなく幾度も波に挑んでゆく。 波に打ち付けられてボードごとひっくり返される者もあれば、上手にかわして波を操る者もいる。 

 冬子と岡崎は手と足の裏がプルーンみたいにシワシワになるまで海水に浸かった。 泳いでみたり潜ってみたり、それからただポカーンと空を眺め、プカプカと浮かんで漂う感触に身を任せた。 

「このままずっと浮かんでたら何処へ行っちゃうんだろ?」 冬子は大きな浮き輪の穴にお尻を入れ、輪の部分に細い足を引っ掛けている。 「……どこって、そりゃ波の流れる方にだろ」 岡崎はブギーボードに腹ばいになり、時々水を掻いて波に流されすぎないようにしている。 80年代のその当時、ブギー・ボードと言えば女の子のための海の遊び道具だった。 サーファー彼氏が波乗りをする間、時間を持て余し、自分も何か共通するものをやってみたい、でもサーフ・ボードは難しそうだし値段も高い。 軽くて簡単に波に乗れるブギー・ボードで遊ぶ女の子たちは多かった。 サーフィンは元々南国の原住民が始めたお遊びが進化したスポーツなのだが、その頃は若者のファッションやライフ・スタイルにまで持ち上げられていた。 つまりその典型が冬子のバイト先にいる穂積や木嶋である。 彼らは使い込んだサーフ・ボードをこれ見よがしに車に積んで渋谷や六本木など海とは全く関係ない場所へ行き、サーファーに憧れる女の子をナンパしてるとうそぶいていた。 車に積むのは間違ってもブギー・ボードなんかではないのだ。

だから冬子は海岸に着いてから岡崎がこのブギー・ボードを黄色いフォルクスワーゲンから引っ張り出したとき、てっきり自分のために用意してくれたのかと嬉しくなった。 が、岡崎がその上に座って冷えたビールをグイグイ飲み始め、そのあとブギーボードをまくらに寝てしまったので冬子は所在なく海を見ていた。 それにしても岡崎はこの女の子の遊び道具を臆することなくサーファーたちの前で持ち歩き、今はこうしてそれに乗っかっている。 

「今夜さぁ、オレの書いた曲、るんだ……」

「岡崎さんが?」

「うん……。」

ここへ来る途中、レコードの録音テープの他に岡崎の車の中でデモテープだというのを幾つか聴かせてもらっている。 『フェスティーブ』のが殆どだけど岡崎のソロのもあった。 

「さっき車の中で聴いたテープん中にあった?」

「ないよ」

「え~、楽しみだなぁ。 もしかしてソロ?」

「違う違う」恥ずかしそうに岡崎は笑って俯いた。 ステージでソロ演っても全く上がるとかそんな素振りはないのに、口に出して言うと照れてしまう。 その表情が少年のように初々しかった。

「じゃあ、みんなのパート書いたんだァ、スゴイね」

「聴く前からわかんないだろ、そんなの。 行くぞ」 岡崎はブギーボードの向きを変えると砂浜に向かっていった。


 











 















 

夏の海って恋人たちには情熱ムード満点。 でも岡崎修は音楽のことで頭一杯なんですよね。 冬子はそんな岡崎が好き。 日焼け止めだけでもドッキドキでした。

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