16話 初雪
ちわぁ~(´∀`) 今回で、一応最終回でございます。
あんまり引っ張るのが好きではないので、ここらで冬子の恋の始まり編をクローズします。
“非常口”と、表示のある重い鉄製のドアを開け、外へ出ると、ネオンの洪水が視界に広がった。
『ふーっ……』
やっと一人になれた安心感で、冬子は深い吐息をついた。
ほんの数秒ではあったけど、岡崎の姿を見たことで、こんなにも胸が高鳴る……。
途中まで階段を降り、外の冷たい空気を吸い込んで、逸る胸を落ち着けようと目を閉じてみる。
カンカンカン……。
誰かが階段を昇ってくる音がする。
『こんな時に、いったい誰……』 冬子が軽い苛立ちを覚えながら、階段の下を見ると、ショート・ジャケットに両手を突っ込んだ、若い男が立っている。
「……おか……ざき、さん……?!」
まさか、わざわざ自分を追って、こんな処まで来たのだろうか……?
傍に香菜子の姿はなかった。
「どうして、ここが……?」
冬子はゆっくりと階段を降りていった。
「……後を追けた……。 エレベーターでお前を見て……、多分、のらりくらりと買い物にでも来たのかと……。」
肩で息をしているのがわかる。 走ってあちこち探したのかもしれない。
夕闇に混ざったネオンの光をあびて、彼の姿が光になり、影になる。
駅ビル内の照明とは違って、こっちはまだ薄暗く、彼の顔の表情までは、はっきりしない。
「何してんだよ。 こんなとこで……?」
懐かしい声と、あのぶっきらぼうな口調だ。
岡崎に、もう二度と会うまいと、決意をしてから二ヶ月近くが経っていた。
「……。」
「電話しても“こちらから掛けさせます”としか、お前ん家の人に言われないし、お前も掛けてこない……。 ライブにも来ないし……心配したんだぜ」
「岡崎さん……。 あたし、もう会わないつもりでいたんだよ」
彼を忘れるために、会わずに耐えてきた緊張感が、胸の中で一気に溶けていく。
「……なんで?」
なんで、って……。 答えは一つしかない。
「あたし……岡崎さんが、好きなんだよ」
言ってしまった。 今まで、ずーっと胸に秘めていた、この一言を……。
「待てよ!」 岡崎の脇をすり抜け、階段を降りようとする冬子を逃がせまいと、彼の両腕がしっかりと、その華奢な躰を後ろから捉えた。
「……!」 驚いて振り向いた瞬間、二人の視線が絡み合った。
岡崎は冬子の躰を自分に向かせると、その小さな肩を胸に抱いた。
冬子は彼の広い背中に腕を回し、その胸に頬を寄せながら、大きく波打つような彼の心臓の鼓動を聞いている。
「好き……大好きよ……」
このまま時間が止まってしまえばいい。
ずっと、ずっと、抱きしめて……。 もう自分の気持ちを隠すのはいやだ。
岡崎が冬子の顎を軽く持ち上げ、その唇に優しくキスをした。
今度は冬子も初めてではない。 彼の頬に軽く手を当てて、「もっと……」と言うように、さらに深い口づけをせがんだ。
その行為が岡崎の気持ちに火をつけたのか、彼は一層強く冬子を抱きしめ、唇といわず、頬といわず、顔中をキス責めにした。
『……もう、どうなってもかまわない……。』
冬子の頭の中は、岡崎の唇を求めることだけに集中した。
それは彼も同じらしい。
二人は夢中で、互の唇をむさぼり、舌を絡め、これまで抑制されていた熱情のすべてを放出させるかのように求め合った。
どちらからともなく、ほとぼりが冷めると二人は顔を見合わせて、ふっ、と笑った。
様々な色彩の都会のネオンに晒されて、やや幼顔の冬子の表情が、妖しく翳る。
岡崎は自分をどう思っているのか、その辺は未だに曖昧である。
でも、冬子は問ださない。
不遜かもしれないけど、岡崎の自分を視る眼の中に熱情に浮かされた者のような憂いを見たのは事実なのだ。
それが、男性の心情的なものなのか、生理的な欲望によるものなのかは、わからない。
でも確かにこの人は自分に惹かれている。
たぶん、もう自分は、彼に対してただ“受身”であることをやめるだろう。
香菜子に対しても、さっきまで感じたような怯えは消えつつある。
二人は階段に腰を掛け、ネオンの街を眺めた。
「今日、専門学校の面接があったんだよ」
「それでここまで来たんだ……」
「うん。 帰りに“プリンセス・ポイズン”に寄ろうと思って」
「お前、あそこの服、好きだもんな……。 で、寄ったの?」
岡崎が、好きな服のことまで知っていたなんて意外だった。
「……うんん……エレベーターで、岡崎さんと……香菜子さんを見て……」
「逃げ出した?」
「……」
今更、否定はできない。
「だって……。」
「……バカだな……」
そう言うと、冬子の頭をそっと自分の胸に傾け、撫でるかわりにキスをした。
「お前の誕生日、来週だろ?」
「えっ? そ、そうだけど……」
「自分の誕生日、忘れてた?」
「うんん……、そうじゃないけど。 あはっ、あんまり考えてなかったよ」
岡崎が笑うと、冬子もつられて笑った。
「じゃあ、木曜日に出てこいよ。 バースデーのお祝いしてやるよ……。」
「きゃっ、本当?」
「お前の好きなもの、なんでもプレゼントしてやるよ」
彼がグンと胸を張った。
「マジで?」
まさか、会わないうちにレコード契約して、いっぱいお金もらったとか?
「んなわけねーだろ」
なぁんだ。 でもいいよ、一緒にバースデーを過ごすなんて最高だよね?
「そのかわり、んー、結構サプライズなものをやるよ」
澄んだ瞳をキラキラさせながら、彼が言う。
フムフム……。
なんなんだろう?
二人は駅のホームで別れた。
冬子は、もうすぐ18歳になる。
電車に乗ると、携帯型ラジオのヘッド・フォンを耳に当てた。
ルイス・アームストロングとエラ・フィッツジェラルドのデュエットで『ドリーム・ア・リトル・ドリーム・オブ・ミー』が流れた。
ノスタルジックでスィートなメロディが優しく心を包む。
列車が動き出し、ネオンの街が目の前で走り出す。
また、自分は、あの垢抜けない東京のベッド・タウンに戻るのだけど、それもあと少しのこと。
高校を卒業したら、自分は学校に近いところに住もう……。
そうしたら、もっと自由に彼に会える。
車内の明るさに反射して、電車の窓に自分の姿が映った。
自分は、あの人に会い、恋をし、いつの間に、こんなに大人になったんだろう……。
高校の制服が、不釣り合いで、ひどく窮屈に感じられる。
そんな風に思ったのは、今が初めてだった。
駅の改札を出ると、チラチラと空から舞い降りてくるものがあった。
手のひらで、それを受けるとたちまち溶けていく。
『初雪かぁ……』
あの人も見ているだろうか……。 この白く、小さな欠片が空から降ってくるのを。
来週の誕生日にも雪が降ってくれたら素敵なのに。
冬子は小雪の降る中、スキップをしながら家路に着いた。
さぁ、いよいよ“スィート・サキセフォン”の続編でございます(o^^o)♪
ん~っと、続編の方は、多分ムーンライトに連載するようになると思うのです。
と、言うのは冬子が18歳になるところくらいから書いていくと、どーしても、そうなっちゃう可能性……、あくまでも可能性なのですが、後から変更できないので、だったら最初っからムーンライトで、と考えました(*≧m≦*)
18歳以上の方は、そちらからお入りになって、また冬子に会いにいらして下さいませ(≧∇≦)