11章 紙ナプキン
こんにちは。 黒薔薇姫です。 この小説は『小説家になろう』で2作目の恋愛ものです。 構想を練っている段階では完璧、R18の筈だったのですが、ムーンライトの方への投稿の仕方が分からず、流れでR15仕様にしました(汗)
でも、その制約の中で書いていくと文章の表現に幅がないと書きたいことが、上手く伝わっていないような……。 難しいですよね。
もっともっと勉強して、読んでくださっている方が物語の世界に浸れる作品を書けたらな、って思います。
夏休みがそろそろ終わりに近づいていた。 冬子はファミレスのバイトの合間に、教科書と参考書と睨めっこで夏休みの宿題にようやく取り掛かっていた。 アルバイトとフェスティーブのライブ通いで、宿題には殆ど手を付けていなかった。 不思議なもので夏休みの宿題とゆうのは始めからコツコツと勤勉に片付けていれば、それほど苦にはならないのに、冬子のようにドタンバまで手を付けないと、益々億劫になり、本を見るのも嫌になる。 勉強机に向かうと窓の外の景色が見えた。 ぼんやりと隣の庭の時計草などを見ていると、つい岡崎のことを考えてしまう。 要するに全く集中できないでいるのだ。
「だったら一緒にやろうよ」 美里がそんな冬子の様子を見かねて声を掛けてくれた。 美里は大学生の彼氏、米本が手伝ってくれるので、かなり捗っているらしい。 おっとりしている美里のすることに一々口うるさく注文をつける米本を冬子はあまりよく思っていないが、こんな時は役に立つと妙に感心した。
「ふうちゃん、進路は決まったの?」 美里はスナック菓子をポリポリ食べながら冬子を見た。
「うん、服飾系の専門学校へ行こうかなって……。 あ、これどうやって訳すんだっけ?」
冬子は英語が苦手だ。 こんなんでジャズの歌詞を理解しようとするのだから、自然、翻訳に頼らざるを得ない。 いつだったか岡崎が『翻訳より原語で読んだほうが、やっぱ感性が伝わる』と言っていたが、『そうだねー』その時は分かったふりをしてしまった。
美里が自分の宿題のノートを冬子の見える向きに広げてやった。
「この三番目の問題だよねー。 長いから難しそうに見えるけど、関係代名詞だよね。 この動詞とWhereの間の文章を取って、最初のこの部分とWhereからだけを読むと、シンプルになって訳しやすいよ」
「ふぅ~ん……」 そんなものか、と冬子は思う。 どっから何処を取っぱらっていいのか、そこすら分からないのである。 美里が書いた翻訳の中の単語を少し変えて意味はそのままに、冬子は自分のノートに書き写した。 まるっきりそのまんまでは、美里の宿題を写したのが先生にバレバレである。
冬子は何気なく宿題のノートをペラペラと捲ってみた。 殆ど白紙状態である。
「まだ、そんなにあるのー?」 美里が驚いて冬子を見た。
「いやんなっちゃうー!」 冬子は床にバタンと仰向けになった。
バイトとライブ通いで忙しかっただけではない。 あの『Mamas & Papas』のライブの夜以来、岡崎からは電話の一本もなくて冬子はそのことで、かなり落ち込んでいたのだ。 心の中で覚悟はしていたのだが、こんなに長い間連絡がないと、これはもう絶望的としか言い様がない。 今度会ったら絶対あやまろうと思っていたのに、向こうから電話がなくては、やはり岡崎がメチャクチャ怒っているとしか解釈のしようがなかった。
こちらから連絡して無下もなく断られるのが怖かった。 でも、このまま会えないのも辛い。
「電話してみなよ」 美里には冬子のどうにもならない恋が、もはや冬子の日常生活にまで影響しているのが痛いほど伝わった。
夏休みの宿題は、たいしてはかどらなかった。 結局、美里に“あの晩”の話を聞いてもらい、このまま彼に会わなくても平気なの? と問いかけられた。 無論、平気なわけはない。
重い足取りで、電話ボックスに入ると冬子は深呼吸をした。 岡崎の自宅の電話番号は暗記している。 それほど回数を掛けたわけではないが、呪文のように覚えているのだ。 受話器を取り、ボタンを押していく。
『03―○○―XXXX…………』 プルプルプル……呼び出し音が鳴りだした。 あわよくば最初は岡崎本人ではなく、家の人に出てもらいたい。 そうすれば彼が電話に出るまでに心の準備ができるからだ。
「はい、キタムラです」 聞き慣れぬ女の声が受話器の向こうから聞こえた。
『……!!』 しまった、番号間違えた! 冬子はあやまり、受話器を置いた。
しっかりしろ、自分!! 番号を間違って記憶していたのかもしれない……。 冬子はいつも持ち歩いている携帯用の電話帳を取り出そうと片手をバッグに入れた。
『……?』 指先に、クシャっ、とテッシュ・ペーパーのようなものが触れた。
そんなものをバッグに入れた覚えはない。
取り出してみると『Mamas & Papas』と赤いインクで印刷された紙ナプキンに、見覚えのある右上がりの筆跡が目に飛び込んだ。
“お前のために書いた、あの曲を気に入ってくれて嬉しかった”――。
えっ……? 冬子はあわてて、紙ナプキンの皺を伸ばし、もう一度それを見た。
岡崎さん……! 自分はてっきり岡崎がオリジナルを演るからと、あの日、言ったのは香織さんへの曲だと思っていた。
『会いたい……!』 矢も盾もなく岡崎に会いたくなった。
冬子はもう一度、今度は正確にダイヤルを回した。
「岡崎さん、この間はごめんね。 すごく迷惑かけちゃって……。」 冬子はもう一度そう言った。
先日も電話で謝ったばかりだったが、ちゃんと顔を見て言いたかったのだ。
「気にすんなよ。 誰だって酔っ払って潰れることあんだろ」 百円ライターをカチッと鳴らすと岡崎は煙草に火を点けた。
八月も終わりだというのに都会の午後は、アスファルトに照り返される陽のせいでジリジリと暑かった。 岡崎はチェックのシャツにジーンズ、サンダル履きという格好で、どう見ても学生にしか見えない。 冬子はカットワークのある白い木綿のふわっとしたワンピースを着ていた。
高層ビルが立ち並ぶオフィス街でサラリーマンやOLが忙しそうにハンカチで汗を拭きながら歩く中、二人の姿は浮き立って見えた。
普段、新宿の南口のビル街など歩いたことがないので、所在なくぶらぶらと歩いたあと、“アフタヌーン・サービス”の看板がある喫茶店に入った。 よく磨かれたガラスが張り巡らされている近代的な外観だった。
「紙ナプキン、見たよ」 冬子がストロベリーシェイクのストローから唇を離して言った。
「……なんのことだよ」 岡崎は興味なさそうに煙草をふかしている。
「ほら、“あの曲は、お前ために書いた……”」 冬子が紙ナプキンの文字を言おうとすると、
「あぁ、あれな」 みなまで言わせずに、さえぎった。
「ほんとうなの?」
「……冗談で書くかよ。 そんなこと」 言い方はぶっきらぼうだったが、冬子から眼を逸らした岡崎の頬がほのかに朱らんだ。 そんな彼の表情を見たのは初めてだった。
「すっごく素敵な曲。ありがとう」
「また書いてやるよ」 伏せた睫毛をあげると、岡崎は澄んだ瞳で冬子を見た。
「えっ?」
信じられなかった。 自分のために岡崎が一度ならず二度、曲を書いてくれるというのだ。
「ヘンだよな。 お前を見てると浮かぶんだ。 フリフリのお姫様みたいなカッコしてライブに現れて、いつもオレのプレイを聴いてくれる。 ガキのくせに、いい感性持ってるんだよな。 ふわふわして、酔っ払って聴いてないと思ってたのに、しっかり覚えてたり……」
「……。」
「そうだろ? ピアノだってバスのパートだってあるのに、お前はしっかりサックスの旋律を覚えてるんだ。」
言われてみれば、そうかもしれない。 冬子は岡崎が書いた曲をかなりの範囲まで記憶している。
でも、どうしてそれが岡崎さんにわかるんだろう? もしかして無意識のうちに口ずさんだりしてたんだろうか……恥ずかしっ!
「あ、あのさ、あの曲、なんての?」 冬子は曲のタイトルを知らなかった。
「“Tip toe though the dream”。 “夢の中を背伸びして通り抜ける”の直訳」
「……へ?」
「早く大人になりたくて、背伸びばかりしてるだろ?」
「あたし?」 冬子が大きく目を見開いて自分を指さした。
「他に誰がいんだよ」 岡崎がクスッと笑った。
「ひどい!」
「怒んなよ、お前のそーゆーところがオレは好きなんだ」 岡崎は伝票を取るとスっと立ち上がり、クルリと冬子に背を向けて、レジの方へ歩いて行った。
いつも思うことなのですが、キャラクターの会話と、その会話をしている時の様子を表現するのって難しいです。 文章が上手く流れていなかったり、ワケわかんなくなっていたり……。 すごくあるんです。 何度も自分なりに推敲してみるんですけど、投稿終了したのを後で読むと、あーすればよかった、と思うことがすごくあります。 『スイート・サキセフォンのメモワール』は 2013年に投稿し始めて途中で投稿をやめてしまったという、ヘタレな経過をたどって今に至っています。 物語はそろそろ佳境に入るので、引き続きお読み下さるととっても嬉しいです(*´∀`*)