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10章 送り狼

ライブの帰り、岡崎の車の中で完全に酔っ払ってしまった冬子。

夜中のハイ・ウェイで二人きりになった彼らの行方は……

「ふぅ……ん……」

どのくらい眠っていたんだろう……。 気が付くと冬子はベッドの上で真っ白なシーツに包まっていた。

『あれ……ここどこ?』 見慣れぬ部屋だった。 窓から差し込む陽射しの明るさから、もう昼過ぎだとわかる。 ズキズキする頭で寝返りを打つと冬子は心臓が止まりそうになった。

「えっ……うそっ!?」 眠気が一気にふっ飛んだ。

岡崎が横で静かな寝息を立てて眠っている――!!

驚いて跳ね起きると自分が一糸もまとっていないことに気がついた。 

『ちょっ……ちょっと待ってよ……』 目を擦りながら昨夜の出来事を反芻してみる。

「痛っ……」 冬子は両手で頭を抱え込んだ。 二日酔いだろう。

昨夜の出来事を本のページを捲るように順に追ってみる。 『Mamas & Papas』でアルコールをしこたま飲んで岡崎の運転するフォルクスワーゲンに乗った。

それから香織さんが途中で降りて……それから……。

そうだ、ヘベレケに酔っ払った。  

『そして自分は一体何をしたんだろう……?  岡崎さんと……何をしたの……?』 

答えは明解だった。 一つのベッドで自分は裸で、マズイ事には岡崎も……。

冬子は岡崎を起こさないように、そーっとシーツをめくってみた。

『……やっぱり……!』 ハッキリと“それ”を見たわけではないが間違いない。 彼も何も着ていない。 「どうしよう……! どうしよう!」 冬子は白いシーツを胸の辺りで握り締めた。

「……うっせーな……!」 岡崎が陽射しを避けるように寝返りを打った。 冬子は彼を起こそうか起こすまいか迷った。 この人は寝起きの悪そうな感じだ。 下手に起こしてナニをされるか分からない。

『送り狼ってヤツ……?』 ああ……なんてコトだろう。 冬子は顔から血の気が引いていくのを感じた。

『何も覚えてないなんて!!』 隣で平然と寝ている岡崎が恨めしくなった。

長時間のライブをこなすため、ジムへ行く金はないからフェスティーブのドラマー、斉藤省吾と自宅のガレージで筋力トレーニングをしている、と言っていた。 鍛えられた筋肉が肩から背中へ綺麗に流れる線に現れている。 そして、さっきチラッとだけど、お腹とか、その下……。 (あわわゎ……!)

『岡崎さんと……、あたし……。 そうなんだ……!』

冬子はソオッと彼の横顔を見た。 キリリとした眉の下の彫りの深い瞼。 よく通った鼻筋、長い睫毛。 ほんの少しだけ開いたピンク色の唇は思わずキスしたいくらいセクシーだ。

ゴクン……。 冬子思わず唾を飲み込んだ。

『この人に抱かれたのに覚えていないなんて……!』 惜しい! “初めて”を覚えていないなんて――!

「バカバカ! せっかくのロスト・バージン覚えてないなんて、あたしってバカー!!」

冬子は枕に突っ伏してマットレスをパシパシ叩いた。

「……やめろよ……!」 岡崎が冬子の手を掴んだ。

「離して! 離してよー!」

「ふうちゃん! ふうちゃん!」

『……ふうちゃん?』 岡崎が自分を“ふうちゃん”って呼んだこと、ないよね?

「えっ……?!」

ちょっと待ってよ……。 あたし、一体……。 

「起きなよっ! ふうちゃんったら!!」

「う……ん……。 あれ?」 


 目の前に冴子の顔がある。 冴子は中学からの同級生で今は同じファミレスでバイトしている。

「あれっ、じゃないよ。 なんかうなされてたよー」 冴子の両眉が心配そうに歪んでいる。

「はーっ……」 冬子は深いため息をついた。

「悪い夢でも見てた?」 スーッと煙草の煙を吐きだすと、冴子は傍にあった灰皿でそれをもみ消した。

 悪い夢? とんでもない。 すっごい、いい夢だった……かも。 なんで起こすのぉー。

「夕べさ、すんごい酔っ払ったでしょ。 覚えてる?」 冴子の目は悪戯っぽく輝いている。  

中古マンションの狭い部屋の壁にはマット・ディロンの半裸のポスターが貼ってあり、高校生にしては多過ぎる程の化粧品の類が安っぽいドレーッサーの上に所狭しと並んでいる。 間違いなく冴子の部屋だった。

「……うん、ちょっとね」 冬子は紫色のサテン地のベッドカバーの上で伸びをし、あくびをした。

「あの人と一緒だったの、覚えてる?」 

「ここまで来たの? 岡崎さん?」 冬子はベッドから身を乗り出した。

「覚えてないんだ? まぁ無理ないよね、グデングデンだったもん、ふうちゃん」

「……。」

「あのサックス吹きの人、ふうちゃんのことおぶってここまで来たんだよ」

「うそ!」

「よく見たらイイ男だよね、ふうちゃんが好きになるのも分かるって感じ」

「……マジそれ……?」 岡崎が自分をおんぶしてマンションの四階まで運んだ?!

「大丈夫だよ、ふうちゃんのママにはウチに泊まったってことになってるからさ」

「?……“ことになってる”って、何それ?」

「ふうちゃんたち来たの、午前様だったから。 マズイじゃん。 男の人と一緒にそんな遅くまでさー。 

それにあの人、大人だしさ。 若く見えるけどね」 

確かにそうだ。 冴子の言うとおり、岡崎が自分をそんな夜更けに自宅へ帰したら大変なことになる。

「サンキュね……ヤバイとこだったんだ、あたし?」

「別にいいよ。 こーゆーコトはお互い様ってやつ」 冴子が人差し指を唇に当てて“内緒ポーズ”をとった。 思えば冬子は幾度か冴子の急場を救っている。 冬子には今までそういうコトが全くなかっただけだ。 

 それにしても……。 冴子の家から帰る道すがら、冬子は飲みすぎて岡崎にとんだ迷惑をかけたことを悔やんだ。 冴子が言うには冬子はこんな夜中に家には帰れないから、呂律の回らなくなった舌で冴子の家に行くようにと岡崎に指示したらしい。 彼は冴子の家に公衆電話から電話をし、冴子の家の最寄りの駅で彼女と落ち合った。 正体なく眠りこけている冬子を歩かせるわけにもいかないので、仕方なくマンションに着いてから四階までの階段を冬子をおぶって登った。 運悪くエレベーターが故障中だったのだ。  『“送り狼”にはならなかったんだ、岡崎さん。 そんな気も起こさせないほどあたしって魅力ないわけ……。 無理ないな、岡崎さんからみたら、あたしなんてガキなんだもん』 

『重かっただろうなー、あたし」 小柄で華奢とはいえ、小さな子供を背負うのとはわけが違う。 

『今度会ったら何て言おう……』 岡崎は怒っているだろう。 彼の言いつけを守らなかったばかりか、酔いつぶれて遠い道のりを送らせたのだ。 しかも海水浴とライブが続いた帰りに……。 きっとメッチャくちゃ疲れたに違いない。 

冬子はあの美しい香織をふっと思い浮かべた。

『あぁ、なんたることよ。 きっとあたしはヨダレ垂らしてグゥグゥ寝てたんだ。 ……なんてみっともない! きっと岡崎さんは、もう二度とあたしをライブに誘ってくれないだろう。』  恥ずかしさと自己嫌悪、そして絶望感で冬子は押しつぶされそうな気分だった。












さぁ~て、ちょっぴりだけど冬子に優しさを見せてくれた岡崎さん。

冬子が寝ている間だったのが残念かなぁ。

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