カカの天下96「対岸じゃない火事」
「トメ兄、こんな話を知ってる?」
「なんだ、いきなり」
はろぅ、トメでっす。
仕事から帰ってきた早々、カカはこんな言葉で出迎えてくれました。
「隣の芝は青い」
「ああ、知ってるけど。それがどうした?」
「青すぎて幸せの青い鳥は見つからない」
「いや待て。それは知らんっていうかなんだそのやるせない言葉は」
「サカイさんが歌ってたの」
あの人……なんて鬱な台詞を! それともなんかのネタなのか(正解)。
「つまり、お隣さんがどんだけみすぼらしくても立派に見えちゃうってことだよね」
「まぁ、そう言えなくもないが」
「じゃ、お隣さんの家が黒コゲになっちゃってても立派に見えるのかな」
「は? 黒コゲって」
「知らなかったのトメ兄。お隣さんの家、火事で燃えちゃったんだよ」
「……はっ!?」
ちょっと待て。お隣さんが燃えたんなら……この家もただじゃすまないぞっ。
僕は半信半疑で玄関へ向かう。中途半端に履いた靴で外へ飛び出す。
そして隣を見ると……びっくり。
本当に、黒コゲだった……
「嘘だろ……い、いつの間に」
「昨日の夜中」
「そんなっ!? 僕は全然気がつかなかったぞ!」
朝は会社に遅れそうで急いでたから気づかなかったのかもしれないけど……
「トメ兄って一度寝ると六時間経つまでひっぱたいてもアソコ蹴っても起きないんだよ」
「アソコってどこだよっていうかなんだその危険な設定は!?」
「設定ってなに」
おっと、ここは大人の事情だ。
「なんてことだ……じゃあ僕らが呑気に寝ている間にお隣は燃えていたのか……」
「寝てたのトメ兄だけだよ」
「……え?」
「私は起きたもん。焦げ臭かったから」
……考えてみればそうだ。いくらなんでもお隣が火事になってれば煙とか消防車の音で起きるだろう。
……ん、待てよ。
「起きて、それからどうした?」
「外へ出たよ」
「僕を置いて?」
「トメ兄起きないもん」
「起こそうよ! そこはなんとかして起こそうよ!! じゃないと本当にもう起きなくなっちゃうじゃん!!!」
「いくらなんでも危険が迫れば起きるかなーと実験を」
「そんな一回こっきり一か八かの実験やめてっ!!!」
見た感じうちの家は煙で汚れただけみたいだけど……もし燃え移っていたら……考えただけえ震えがくる。
「ね、今度からは起きるときは意地でも起きるクセを身につけないと」
「あ、ああ……いや、本当だな。こんなことがあったんなら」
「そうそういつもお姉に助けてもらえないんだから」
……姉? 今までの話に姉のことなんか出てきたか?
「格好よかったよ。あれは私がトメ兄を捨てたのを心残りに家を見上げてたときのこと。どこからかバイクの音が聞こえてきて」
あいつバイクの免許なんか持ってな……いや、いまは話を聞こう。
「私を見つけるなり駆け寄ってきて、「カカちゃん無事? よかった……家とかトメは燃えてもまた作り直せばいいけどカカちゃんは一人だけだから」って涙ながらに」
「いやいやいやいや僕も一人だけだから作り直せないから!!」
「や、トメ兄も逃げたもんだと思って冗談言ったらしいよ。で、私が事情を説明したら」
そっか……なんだかんだで美しい姉弟愛で僕は助けられ……
「お姉が、「そんな馬鹿は燃えて当然」って」
てない!? てかひどっ!!!
「というのは冗談で」
「……だよね。そうだよね。いくらなんでもそんな人でなし発言しないよね」
「トメ兄はお姉にいつもしてるのにね」
「……自重します」
「それで家につっこんでって、見事トメ兄を救出して出てきたわけ。うちが燃えてたわけじゃなかったからそんなに難しくなかったみたいだけど」
「はぁ……でも僕、今朝は起きたらいつも通りベッドだったぞ?」
「うん、だからトメ兄起きなかったんだって。騒動終わったあともアソコ蹴りまくったのに起きないから仕方無しにベッドに投げ込んでもらった」
「蹴りまくった……」
「使い物にならなくなってたらゴメンってお姉は言ってた。どゆことかな」
「あ……あはは」
「? トメ兄。なんで自分の下半身をまさぐってるの」
「え、いやっ!? 確認を!!」
動揺して思わずソコに視線を持っていったがここではまずい。あとで確認しよう。
それにしても……ここまで危険なクセを僕が持っていたとは……
命に関わるから本当に気をつけよう。
「姉にも感謝しないといけないな」
「わかった。今度はもっと蹴ってもらうね」
「いや待てそこが感謝ポイントじゃないんだ」
とにかく途中でも起きれるように訓練しなければ。
……訓練。
どうしろと。
「今度から起きれるように私も手伝ってあげるよ」
「へぇ、どうやって」
「寝てるトメ兄のアソコを蹴りまくって無理やり起こ――」
「やめてくれ!!!」