カカの天下9「架空請求の遊び方」
「のうのうトメさんや。飯はまだかいの?」
まだですよ、ってな感じなトメです。って、あれ?
「へぇ、すごいな」
僕が驚いたのは妹、カカの声だ。セリフはいつものやりとりだから特に面白みはないけど、声が妙にハスキーになってる。低い声だと、本当におばあちゃんの声に聞こえるのだ。
「とうとう声にまで芸が伸びだか。成長したな、兄は嬉しいぞ」
「へへー」
得意げに笑う声も程良くかれて……ん?
「もしかしておまえ、風邪ひいてるだけか?」
「みたい」
「おいおい、それ早く言えよ。薬飲んだのか?」
「うん。おかしいのは喉だけだから寝てなくても」
「寝てなさい」
有無を言わさず押さえつけようとしたとき、電話の音が鳴り響いた。
それを聞いたカカはあっさりと僕の腕を抜け出し、受話器をとってしまった。
「もしもし、おばあちゃんですじゃー」
さっき聞かせたおばあちゃんボイスで言う我が愚妹。おいおい、そんな対応じゃ向こうも困るだろうに……
と、楽しそうにしていたカカの表情がふいに曇った。どうやら戸惑っているようだ。
「……ね、トメ兄」
受話器の口を押さえて向こうに聞こえないようにして、カカは助けを求めてきた。なんだ、問題でも起きたのか?
「なんか、『おう、ばあちゃん? 俺だよ俺!』って」
ある意味問題だ!
「なんてノリのいい人なんだろう」
「や、別におまえの悪ふざけにノッてるわけじゃない。今巷で流行ってるオレオレ詐欺とか架空請求とか、そんなんだよ」
「ほう、これが」
カカの口が意地悪そうに歪んだ。
何をする気なのか、僕は一目で理解した。
「任した」
「任された」
カカは受話器の口を開け、会話に戻る。
「ほうほう、トメ吉かえ? なんじゃどうしたんじゃ。また痴漢で警察のお世話にでもなったのかえ?」
ええ、言っておきますが僕にそんな経験はありませんよ。
「なに、車で事故に? おかしいのう。おまえさんは『免許なんか引きこもりには必要ないぜ!』とか言っておったではないか。なに、免許は昨日とって、引きこもりもやめたと?」
ええ、そんなことは言ってませんし免許も持ってます。それにしても相手の嘘もすごいな。引きこもりがそんな都合よく免許とって外に出るわけないだろうに。まだまだ甘いな。
「そうか……またお金がなくなるんじゃのう。私の夫は女と借金を作って逃げ、私自身は通販詐欺に騙され、娘夫婦は家出に自殺。おまえさんも結婚詐欺に三回もあって……ようやく生活の目処もたってきたのに。うう、世の中は厳しいのぉ」
おい、ちょっと待て。なんだその無いとも言い切れないのが恐いリアルな設定は。小学生のアドリブにしては見事すぎるぞ。
「保険屋も年金屋も金を払えと毎日脅してくるこの生活にも、ようやく慣れてきたというのに……」
あ、ここらへん小学生だな。保険屋が脅してこようものなら大問題だし、年金屋なんか無い。そんなこと言ったら向こうにもすぐにバレ――
「おお、同情してくれるのかい? そうか、おまえさんも年金屋は怖いか」
――てないし。しかも話あわせてるし。もしかして本当にあるのか年金屋。
「ほんで、世間に騙され路頭に迷い自殺寸前のおいぼれに、引きこもりの女たらしで騙されまくりのろくでなし&痴漢変態VS強盗殺人犯ヒャッホウの息子が一体何の用じゃ?」
……や、なんかツッコみ所がいっぱいすぎます。家にいるんだから路頭に迷ってないじゃん。VSてなにさ。強盗殺人はどこから持ってきた。ヒャッホウって何。
「む、すいませんでした? わかればよいのじゃ」
偉そうに鼻を鳴らしながら、カカは大仰に受話器を置いた。あっさり引き下がるなよ相手の人。頭弱いな。まぁ実際に身体弱ってるカカの声で言われると、無理が言えなくなるのも仕方ないけどな。
「ふー……う?」
風邪の身に今のやりとりは疲れたらしい。顔が少し赤くなってフラフラしている。
「ご苦労さん。もう寝たほうがいいぞ?」
「ちゃんとできたでしょー」
ああ、今のやりとりか。
「なんか咄嗟に思いついたにしては出来すぎだったな」
「実はねー、昨日小学校で『もし詐欺の電話がかかってきたらどうやって断りますか?』っていう問題をー、皆で考えたのー」
皆で……なるほど。あの口上は小学三年生連中の知っている言葉の結晶というわけか。しかし自分をみじめにしまくって相手に同情させるっていうのは、小学生の発想としてはダーティだなぁ。
「とにかく、もう寝なさい」
「はーい」
布団を用意してカカを寝付かせる。
と、そこで僕の携帯が鳴った。知らない番号だ。
「もしもし」
『あ、もしもし。こちら○○という有料サイトの者ですが』
おお、架空請求だ。
『で、ですね。まだお支払いになられていない料金を振り込んでいただきたいのですが』
「どこに?」
『ええと、口座番号はですね、○○です。では振込み、よろしくお願いいたします』
「なにを?」
『へ? い、いえですから当サイトの使用料金を』
「なんで?」
『ですから、○月○日にあなた様が使用された』
「だから?」
『……いい加減にしてください。振り込んでいただかないと裁判沙汰ということに』
「なんで?」
『……それでは後日、係りの者がそちらに伺うことになりますのでよろしくお願いいたします』
「どちら?」
『…………』
プツ、ツー、ツー。
勝った。