カカの天下893「今夜の二人に乾杯」
「サエちゃん……結婚記念日おめでとう」
「うん、おめでとー。かんぱーい」
カン。
グラスが鳴った。私たちは赤い液体を喉に流し込む。ワインだ。
嘘です、ぶどうジュースです。
「おいしー」
「うん」
私はゆっくりと周囲を眺める。お洒落な椅子とテーブル、可愛い内装の部屋に、窓を覗けば綺麗な夜空。着飾った私たちの手にはワインっぽいもの。
あぁ、なんて結婚記念日っぽいんだろう。二人きりだし。
「ところでかんぱいってなんだろう」
なぜかそんな疑問が浮かぶ私。
「そうだよねー。おっぱいでもいいよねー」
サエちゃんたらそんなこと言って。
「私もそう思う」
「やってみよっかー」
「うん」
「おっぱーい」
ボイン。
そんな音が鳴ったような気がした。
「しまった、私たちの胸じゃ音なんかしない」
あくまで気のせいだったりする。
「せめてサユカンくらいのボリュームがないと」
「今度サラさんあたりも交えてやってもらおー」
「うんうん」
「他に何があるかなー?」
「サエちゃん、なんかない?」
「んーと、例えばー……響きだけで憧れたりするものの実は大したことがない目上の人のこと」
えと、えと。あれだ。
「せんぱーい」
「せいかーい」
カン。
今度は私だ。
「いつものトメ兄に対するサユカン」
「しっぱーい」
「ざんねーん」
カン。
次サエちゃんね。
「世間の私に対する目はー?」
目?
んーと、あれかな?
あれだよね、あれしかないよね。
「はんざーい」
「こわわーい」
そんな目で見られてることを理解しつつ利用するサエちゃんってば痺れるぅ。
「ここらで普通に?」
「かんぱーい」
「かんぱーい」
カン。
「バッター投げましたー」
「ホームラーン」
カン。
「あれ、バッターが投げたの?」
「だから『カン』とかしょぼい音がしたんだよー」
「そっか、なるほど」
何がなるほどかわからない人は修行が足りないと思う。
「みんなで?」
「缶けりー」
カン。
「すごいねサエちゃん、よく言いたいことわかったね」
「奥さんですからー」
「お、おくっ!? ぐ、げほげほぐごほっ」
「どしたのカカちゃん。そういう設定なんだよねー?」
カン、どころか、ズガン! と私の心に響いたよ……ふへへへ。
「旦那様♪」
「殺す気KA!?」
「うぁうー!? そ、そんな怒らなくてもー」
口調がアメリカンになるくらいびっくりした。萌え死ぬ。やばい。もっと言ってほしいけど死ぬ。やばい。
「よし、気を取り直して連続でいってみよう!」
「おっけー」
「今日は?」
「便器にー」
「ちゅーいー」
カン?(とまどう感じ)
「今度こそー」
「絶対に」
「カードで支払いー」
カ、カン?(もっと戸惑う感じ)
「てめー」
「こらぁ」
カン!(わからんものはわからんと吹っ切れた感じ)
「かんかん」
「カンカン」
カン。
…………?(やっぱりわけがわからない感じ)
「ツーといえば?」
「カー」
「バーといえば?」
「カー」
バカン。
「サエちゃん、好きだよ」
「どれくらい?」
「いっぱーい」
「かんぱーい」
イヤンバカン。
「私たち、一体何してるんだろー」
「わかんない」
とりあえず乾杯の表現の限界に挑戦してみたんだけど。
「ツッコミ役いないとわけわかんないねー」
「そだね。でも私はこういうのも好き」
「うん、何も考えてないからのんびりできるよねー」
「そうそう」
きっとこの会話が理解できない人は頭を使いすぎなんだよ。フィーリングで生きてる人なら理解できるはず。きっと。
「さて、二人の時間を満喫したところですが」
「下はどうなってるだろーねー」
実はこの場所、サエちゃんちの最上階だったりします。下の階ではトメ兄たちが集まって私たちの記念日を祝ってくれるはずでした。しかしあえて私たち二人はそれを抜け出したのです。だってこのほうが二人の記念日っぽくない?
もちろんもう満足したから戻るけど。
「戻ったらなんて言われるかなー」
「焦らしまくった分、すごく盛大に祝ってくれるよきっと」
「そうかなー」
さぁ戻ってみました。
「主役、登場!!」
めっちゃ堂々と胸を張って!
お、トメ兄が近づいてきた!
「ちょっと来なさい」
「え、なに」
「いいから来なさい」
「いたっ、ちょっとそんな強く」
「せっかく集まってくれた人たち放ったらかして何してんだおまえは!」
「あ、その」
「あぁん!?」
「ごめんなさい!!」
サエちゃ、助け――いないし!! あぁ! さては逃げた? そうかなーとか言ってたし! ずるい! 卑怯者! でも離婚はしない!!
「はい、そこに座って」
「はい……」
普通に怒られた。
くすん。
ごめんなさいでした。
でも祝って!
お願い!
ていうかサエちゃんどーこー!?
二人とも、おめでとう。乾杯!
ビールが美味い!!(マジ