カカの天下884「想像してみよう」
「海に行きたいね」
トメです。勘違いしないでいただきたいが、このセリフは僕のものじゃありません。
「行きたくないよ。遠いし暑いし、プールでいいじゃん」
「何言ってるの!」
まぁご想像の通り、こんなことを言い出してるのはカカなわけですが。
「海は壮大で素晴らしいよ! ロマンだよ!」
「はいはい」
「むぅ、じゃあ私が今から語る光景を想像してみてよ!」
「ふむ?」
青い海。
白い砂浜。
照りつける太陽。
熱射病。
完。
「壮大で素晴らしいロマンは随分と終わるのが早いな」
「あ、あれ。おかしいな」
いつぞやの熱射病がトラウマになってるんだな、きっと。
「よし、じゃあこれなら!」
「ふむ?」
大人っぽい黒の水着はスラリと伸びた白い手足をより一層際立たせる。
それはまるで天使か悪魔、誰をも魅了する少女の姿。
美しい。
その子の名前はサエ。
熱射病で死亡。
「うぉい」
「ダメだ、熱射病が離れない」
ていうか語り方、上手かったなオイ。愛の力か。
「ダメだ、ダメ……この想像に人が絡んだら絶対死ぬ……」
「壮大だなぁ」
ある意味。
「よ、よし。他の素晴らしいことを考えよう!」
「ふむ?」
色とりどりのカキ氷!
美味しいよ!
イチゴにメロン、ブルーハワイ。
暑くて全部溶けた。
「太陽めぇぇぇぇ!」
「あー、なんにせよ暑さで被害があるのね」
「とにかく涼みたいのに」
「別に無理して海に行かなくても涼めるだろ」
むしろ海に行ったら涼むというより汗だくになって遊ぶだろおまえ。
「仕方ない、家で水着で過ごすしかないね」
「どこをどうやったらその結論に達するんでしょうか」
「だって想像してみてよ」
「ふむ?」
暑い居間。
そこに水着姿で寝そべる兄妹。
横にはポテチ。
「普通にアホだな」
「そだね」
「でもやるんだろうな、カカのことだから」
「もち」
「僕はやらんぞ?」
「うん、なんだかんだ言ってやる展開になるんだよねいつも」
「や、絶対やらんて」
「とりあえずポテチ買ってこよう。お金ちょーだい」
「そのくらい自分で出しなさい」
「ちぇ、ケチ。可愛い女子中学生の水着を拝めるんだよ?」
「はぁ……あのな。想像してみろよ」
「ふむ?」
いつも通る道にある、見慣れた電柱。
それがなぜか水着を着ていた。
「な? こんなもん拝んでどうするって話だよ。つまりはそういうことだ」
「とりあえずケンカを売られてるのはわかった」
「そんなもん買ってたらポテチを買う金なくなるぞ」
「それは大変だ」
あっさり頷いてポテチを買いにいくカカ。
本当にやるのかね? 暑さで頭がやられたか。や、元からあんなだったか。
想像してみよう。
「……あぁ、うん」
昔からあんなだわ、カカは。
想像してみよう。
幸せそうにアイスを食べている教頭の姿を。
……なんでそんなもん想像したんだろう。