カカの天下870「今は夏だが春がきたらしい」
こんにちは、シューです。み、みんな覚えてくれてるかな? 忘れた? 忘れたよね。えっと、お姉様……カツコ様の友だ――いえ、下僕です。はい。
「こらシュー! 何をボーっとしてる!?」
「あ、先輩」
「おまえはあっちだ。しっかりパトロールしろ!! 絶対に見つけるんだ!」
プンスカ怒りながら指示した先輩は、僕に指示した方向とは逆の道へと走っていった。なんでそんなに張り切ってるんだろう……あ、すいません。説明しますね。
これも覚えてくれている人がいるかは不安なんだけど、僕は一応警察官です。それで、その、何か事件でも起きたのか街中のパトロールに駆り出されたわけです。その事件というのは……本当にごめんなさい。署内の放送で流れたらしいのですが、僕はバナナを食べるのに夢中で聞いてませんでした。
しかしそんなことを正直に言うわけにもいかず、こっそり聞ける仲のいい同僚もいない僕はわけもわからずに来てしまったわけです。
「さて、どうしよう」
パトロールとは言ったものの、何を見つければいいのかわからない。
「とりあえず歩いて――あ」
いいことを思いついた。
さっき食べかけのバナナを食べよう。
「誰も見てないし、いいよね」
最後の一口を残したまま、慌ててティッシュに包んでポケットに入れてきたんだよね。そんなことするなら口に放り込めばよかったのにって? いやいや、やっぱりこういうのはゆっくり食べ終えないと。ま、こんなことしてるから万年ヤクタタズなんだけどね。
「よしよし、無事だった。美味しそう」
ポケットなんかに入れたわりには完璧に無事だ。さて、食べよう。誰にも見られないように、一応しゃがんでっと。
ブォン!!
「……ん?」
頭の上でなんか強い風が通ったような。
「な、なに……」
これは僕の声じゃない。ハテナマークを浮かべながら振り返ると、そこには黒づくめな格好の男(マスクしてて見えないけどたぶん)が立っていた。
「俺の、背後からの蹴りを、気配だけでかわしただと!?」
「あー」
なんか偶然しゃがんだらそういうことになったみたい。でも、あれ? それって……僕が襲われたってこと!?
「し、しかも俺をとるに足らない敵と思ってバナナなんか食いやがって」
いや、その、これは今から食べるところなんですけど。ていうか、え、え? もしかして僕ってば命の危機!?
「ぱく」
「なめやがって畜生!」
うああああ緊張しすぎてなぜかバナナ食べちゃったああああ!
「ぶち殺す!」
そして襲い掛かってきたぁぁぁ!
僕は悲鳴を上げながらしゃがみこんだぁぁぁ!
思わず放り投げたバナナの皮に黒い人が躓いたぁぁぁ!
転んで頭打って気絶したぁぁぁ!
寝転がったその人は通りすがりの自転車に跳ねられたぁぁぁ!
跳ねられた勢いでバウンドしたと思ったらバイクにも跳ねられたぁぁぁ!
さらに車にも跳ねられたぁぁぁ!
そして僕のところに飛んできたぁぁぁ!
なぜか奇跡的にナイスキャッチしたぁぁぁ!
結果。
僕の腕の中にはボロボロな犯人っぽい人が。
「シュー! 何の騒ぎ……は!? そいつは!」
「え、ええと、こいつは?」
「名前は春日屋芽日呂。二十八歳。血液型はB型で趣味はピアノ演奏。好みのタイプは自分よりも強いやつ。最近車を購入し、友達から羨ましがられていたんだ」
「いやそんなよくわからない情報はいらないんですけど」
「ちなみに三日前に隣街で連続殺人事件を素手で行ったという凶悪犯だ」
「それ真っ先に言いましょう!?」
「そんなやつを一人で倒すとは……やはりあのカツコさんの舎弟。普段の情けない姿はカモフラージュで、いざというときだけ眠れる力が呼び起こされるんだな!?」
この黒い人といい、なんでそんな漫画みたいな設定を当てはめたがるんだろう。
「とにかく連行だ! 表彰だ!」
「ええええ」
そんなわけで。
信じられないことに僕は表彰されてしまった。
夢みたいだ。
ま、夢だろうね。うんうん。夢オチに決まってる。
「父の仇を討ってくださり、本当にありがとうございます」
こんな綺麗な被害者さんに声をかけられるのも夢だ。
「よろしければ、お食事でも一緒にいかがでしょう?」
デートできるのもきっと夢だ。
「失礼致します、お客様。こちらは当店からのサービスでございます」
「まぁ……素敵」
ほら、偶然いった高そうなお店にキリヤ君もいる。
「こんな展開、夢以外にないよなぁ」
「はっはっは。お客様、ていうかシュー君。夢と思えば夢。しかし現実であってほしいと真に願うなら、神様は小粋な奇跡を起こしてくれるものなんですよ」
「えー。そりゃこれが現実だったいいけどさぁ」
「まぁ現実なんですけど」
え?
はぁ。
え?
はぁ。
えええええ!?
「マジで!?」
「マジで」
「あの、何の話をされているのでしょう?」
困惑しているこの綺麗な人と食事しているのが、夢じゃないと!?
「い、いやぁなんでもないですよ!」
「そうですか」
ホッとしている女性。違う、まさか、そんな、これが現実なんて。僕がこんな普通の人と!!
「しかし胸がスッとしました。あのクソ女をズダボロに滅ぼしてくださって。今の気分を野菜に例えるとトマトですね。燃えるような赤です」
よかった。ちゃんと変な人だった。少しホッとした。
――驚くべきことに、食事はスムーズに終わり、笑顔でお別れ。携帯の番号とアドレスをゲットしてしまった。
「どうしよう……幸せだ」
「よう」
「え?」
幸福に浸ってボーっと立っていたら声をかけられた。男まさりな風貌ながらも綺麗な女性だけど……怪我でもしてるのかな。
「突然だが、あたしはあんたに惚れたよ」
「なんですと!? いや、その、僕ら初対面じゃ」
「何言ってる。先日に熱い勝負したじゃねぇの」
「え、え、ま、さ、か?」
あのとき襲い掛かってきて自滅した犯人!? ていうか女だったの!? たしかにマスクしてて性別わかんなかったけど!
「あたしは自分より強いやつが好きなんだ」
「ていうか、え、あの、拘置所にいるはずじゃ」
「あそこにはあたしより弱いやつしかいなかった」
うわぁ。
「というわけで逃げながらの生活になるが、今後ともよろしく。あたしはあんたを落とすぜ。じゃあな」
……えー。
もういい加減に夢って言ってよ誰か。
「こんなことがあったんです」
「へー」
カツコお姉様はスルメをかじりながら生返事。
「ねぇ、お姉様」
「んー」
「これ、なんでしょう」
「モテ期じゃね?」
「こんなモテ期いやだああああああああああ!!」
「わがまま言うなよ」
「うわああああああああん!」
「よしよし、ラーメンでも奢ってやる」
こうして僕のモテ期は始まってしまったのだった。
この続き、一体どうなる!?
まぁ書きませんけどね(ぇ