カカの天下852「お酒の味は?」
こんにちは、トメです。
雛祭りではヒドイ目に遭いました。まぁなんとか逃げ切ったのですが、『シュバッ』を使えない身としては厳しい逃亡劇となりました。まぁそれはさておき。
「かんぱーい!」
今は久々にテンと飲んでます。しかしこの乾杯、実は五回目くらいです。
「今日はほんとテンション高いなぁ、雛祭りにでも何かあったか?」
むしろ何かあったのは僕の方だったりもするのだが。
「はっ、この年で雛祭りなんかやらねぇよ」
「だろうな。しかしテンの場合、年齢関係なくやってなさそうだ」
「んだとぉ? これでも子供の頃はかよわい女の子だったんだぞ。自分のことも『オレ』じゃなくて『私』だったしな」
「ふはははは!」
「なぜウケる!?」
「試しに私って言ってみ」
「何よ、私が私って言うのがそんなにおかしいっていうの!?」
「ぶはははは! オカマだ」
「そりゃひでぇだろてめぇ!」
だってこんなに男らしいテンが女性言葉とか。ウケるし。
「そういや雛祭りっていえばな? カカたちが妙なことをしてたぞ」
気のせいか、テンの肩がびくりと揺れたような。
「……妙なことって、どんなことだよ」
「なんか『あーかーさーたーなー♪』って歌ってた」
「冗談抜きで妙だな」
「カカたちが子供じゃなかったら間違いなく通報されてたな」
真っ先に捕まるのはタケダに違いない。
「あー、そのな? オレがテンション高い理由ってのが……そのカカたちのことなんだよ」
「おまえも変なやつだな。『あーかーさーたーなー♪』で興奮するのか?」
「ちげぇよ! あーっとな……」
テンは言いにくそうに口をもごもごしながら、
「カカたちが、卒業式で、オレを泣かそうとしてくるんだよ」
泣かそうと?
『あーかーさーたーなー♪』で?
「おまえらアホだろ」
「話は最後まで聞け!」
「『あかさたな』を最後までってことは『わ』で終わりまで聞けばいいのか。それとも『ん』まで続くのか、その日本語講座」
「ちげぇ! あのな、もうすぐ卒業式だから」
「卒業式にようやく『あかさたな』を習うのか。小学校六年間で一体何を学んでいたのやら」
「は、な、し、を、き、け!!」
おっと、酔いに任せて調子に乗りすぎたか。
「あいつらが勝手に決めやがったんだよ! オレが卒業式で泣いたら、中学まで担任をやれってな!」
……は?
「なんだそれ、無理だろ」
「ああ、無理なんだよ」
小学校から中学まで『担任が一緒』なんて話は聞いたことがない。ましてやテンは貴桜小学校に勤め始めたばかり。いきなり異動などできないだろう。
「なんでそんな約束したんだ?」
「したくてしたんじゃねぇよ、あいつらが押し切ったんだ」
苦い表情で言葉を漏らすテン。しかしなるほど、言われてみればあっさりと想像できることだった。『テンカ先生と離れたくない』『じゃあついてきてもらおう』『無理矢理にでも』なんてカカたちの考えそうなことじゃないか。
「でも、無理だよなぁ。いくらなんでも」
「ああ、無理だ」
悲しいかな、世の中はそこまで甘くできていない。
「おやじ、ビール!」
だから大人は酒を飲む。
「おやじ、ビールもってこい!」
人に絡む。
「おやじ、ハゲてるぞ!」
ヤケにもなる。
「おやじ、そのハゲを取れ!!」
わけのわからないことも言ってしまう。
「おやじ! てめぇ店員なら――あ客か」
迷惑もかける。
「って客かよ!? おまえいくらなんでも」
「トメ、さっさとビールもってこい! ハゲさすぞ!」
「おまえどうしようもないな!?」
そう、どうしようもなくてやりきれないんだろう。
テンはこの日、いつもよりも多く酒を飲んだ。
「なぁトメ」
「なんだ」
「にげぇ」
「そうか」
苦いのはビールか、世の中か。
とりあえず、この酔っ払いの世話をしなければならない僕の気持ちも苦かった。
ビールは苦いのが旨いのですが。
世の中は……
少しくらい甘くてもいいのにねぇ?




