カカの天下845「ハメをはずしちゃうことってありますよね」
時は夕方くらい、場所は僕んちの居間。
「怒ってはいけない、24時!」
どんどんぱふぱふー、と口で言いながら騒ぎ立てるのはカカとサエちゃん、そしてそれをポカーンと見つめているのは僕、トメとサユカちゃん。
「あーっと、何を始めたんだ、おまえら」
「ほら、よくあるでしょ。笑ってはいけないっていう番組。あれのパクリだよ」
「なんでそんなことしなきゃいけないのよっ」
「テンカ先生を笑わせ泣かす練習だよー」
……ああ、本当にやるんだ、ソレ。
「とりあえず思いついたこの企画、実際に面白いのか試してみようと思って」
「なんでやるのが僕らなんだ」
「怒りっぽい人にやらせないと意味ないでしょ」
や、僕らは怒りっぽいわけじゃなくてだな、単に常識人でありツッコミ気質というだけなんだぞ?
「とにかく24時間……は、長いよね」
「夕食まででいいんじゃないかなー?」
「そだね。よし、夕食までの間、トメ兄とサユカンは怒ってはいけません」
「怒っちゃったらどうなるのよっ」
「テレビと同じく、どこからともなく攻撃が飛んできます」
マジか。一体どうやるんだ、少し見たい。
「んじゃスタート」
「ちょっ! 唐突すぎない!?」
「はいサユカン失格」
「ええええっ!? お、怒ってないわよ!!」
「怒ってる人は皆そーゆーのー」
あーあ、哀れなサユカちゃん。さて、ここで攻撃とやらを見定めておこう。いざというとき避けたりできるように。
「じゃーお仕置き攻撃どーぞー」
シュバッ! とどこからともなく姉が現れ、サユカちゃんの頭をフライパンで殴った。
とても響かない鈍い音がした。
「っぃぃぅぅ……!」
あまりの痛さにのた打ち回るサユカちゃん。僕は悟った。アレは避けられない。夕飯まで怒りを溜めて爆発させるしかないだろう。
でもこいつら、一体何をして僕らを怒らせる気なんだろう。
「いったいわねぇっ!?」
「はいサユカちゃんまた失格ねー」
「えぇっ!? きゃ――」
逃げ出そうとしても無駄なこと、再び炸裂するフライパンアタック。ぶっ倒れるサユカちゃん。
「っぉぉぉぉぉぉ……」
「どうしようサエちゃん。私たちが何もしてないのにサユカンが」
「これはこれで面白いよー」
たしかに。
「り、理解したわ……とりあえず怒りを溜めて、後で爆発させればいいのよね……っ」
フラフラと立ち上がりながらも僕と同じ結論に達するサユカちゃん。もうちょっと早く気づけばよかったな。
「スカートめくりー」
「きゃあああああああああっ!」
赤。
あとパンダ?
「信じらんないわっ! トメさんの前でなんてことすんのよっ!」
あーあ怒っちゃった。ゴィン!!
「やっぱり子供、理屈ではわかっていても怒っちゃうんだろうなぁ。ま、あんなことされれば仕方ないか」
僕が呟いたと同時、ズリっという音が下半身から。
見ると、カカにズボンが下ろされていた。
「ふ、平常心平常心。僕は大人だ」
冷静にズボンを上げつつ、さらにパンツまで下ろそうとするカカをガードしつつ、僕はあくまで笑みを絶やさなかった。
「パンツ一丁で笑っている青年男性の姿もけっこー笑えますねー」
絶やさなかったけど、心では泣いていた。
「じゃー私はここにある袋詰めのみかんを雪合戦のごとくトメお兄さんに投げてみましょー」
食べ物を粗末にしてはいけません! という怒声を飲み込む。
みかんが顔に当たった。地味にムカつく。
「よし、パンツは諦めよう」
カカの手が離れた。よし、これで簡単にみかんを避けれる。ひょいひょいっと。
あれ、カカはどこいった?
「バケツボンバー!」
バケツに溜めたであろう水が僕の体を横殴りにした。
ズボンも半分しか上がっていない状態だったために下着までぐっしょり。そして居間の床もその他もぐっしょり。
何から怒ればいいのやら――や、後で全部怒るんだ、我慢我慢。
「カカちゃーん、カップ焼きそばできたよー」
「じゃ、それ床に落として」
「はーい。あ、手が滑ったー」
「きゃああああっ!」
「おお、サユカンの顔面に落としちゃった形に」
「でも床にも落ちたから結果オーライだよー」
「が、がまん……がまんよわたしっ!」
「ソースで汚れた服を取り替えましょー」
「きゃあああっ! 脱がされるぅぅぅっ!」
「あ、トメ兄の股間にもソースが」
「私が拭いてあげるー」
「拭くのはわたしがやるわっ!」
「今のサユカンがやったらもっとソースまみれになるでしょ!」
「カカちゃん、それもいいんじゃないかなー?」
「それもそだね。おお、半脱ぎのサユカちゃんと半脱ぎのトメ兄が絡む結果に」
「さらにソースまで絡んでとってもおいしそー」
もう怒る点を数え切れなくなった。
だから決めた。僕は怒る。姉の攻撃をくらっても怒る。むしろくらいながら怒ってやる。
だって、そうだろう? 居間は先週に模様替えをしたばかりなのだから。
スタスタとカカに近づく。
「お、トメ兄どしたの? 怒――」
右手でその頭を鷲掴みに。
「え、え、え」
左手は顎に当てる。
「や――」
ぐきっとな。
「……っ!!」
声無き声でのた打ち回るカカ。さて、次はサエちゃんだ。
「ひ、ひどいことしないでー」
怯えたリスのように上目遣いで見上げてくるサエちゃん。
可愛い。僕は思わずその頭を撫でた。
ホッとするサエちゃん。
しかしそうは問屋が卸さない。
頭を撫でる。
撫でる撫でる撫でる撫でる加速加速加速加速!
「にゃーにゅーにょぉぉぉぉぉぉぉぉー!!」
むしろ大根を卸すくらいの勢いで撫でまくった結果、サエちゃんは目を回しながら頭を押さえて倒れこむのだった。
惨状を改めて見渡す。
ソースとみかんが散乱し、水浸しになった居間。倒れている二人。そしてビビりながらこちらを見ているサユカちゃん。
「二人とも」
「はい!」「はいー!」
ガバッと立ち上がるカカとサエちゃん。
「やりすぎ」
「すいませんでした!」「でしたー!」
「片付けて?」
「「はい喜んで!!」」
まったくもう、コイツらは面白いとなったら周りが見えなくなるんだから……思い知ったか。家庭を預かる者にとって家は聖域、汚す輩には容赦しないのだ。
「ひどい目にあったね、サユカちゃん」
「は、はいっ!」
あれ、そんなに恐い形相してたのかな僕。
「そういえば姉は攻撃してこなかったな。さすがにやりすぎと思って見逃してくれたのか」
「い、いえそのっ」
「ん?」
「それは多分、トメさんが怒ってなかったからだと思いますっ」
ああ、なるほど。鏡を見て納得した。
怒りが臨界を越えると笑顔になったりするよね。
いい感じのリクエストがあったので書いてみましたん。
まぁ、いくらなんでもやりすぎなんで自業自得です。