カカの天下806「大人の階段、三段目」
こんにちは、引き続きカカです。
今更ですが、学校の授業云々は私が気絶しているうちに終わっていたらしいです。なので私たちは外へ飛び出し、知り合いの大人へ片っ端からインタビューすることにしました。
「うーん、この時間にすぐ話を聞ける人といったらー」
「サラさんとカツコさんはどうかしらっ。まだお花屋さん、営業中だと思うわよ」
「よし、それ行こう」
目的地も決まり、三人でテクテク歩いていると……なんか予想外の人を見つけました。
「ねぇ、サエすけ。あそこの公園でブランコに乗っているのって……」
「サカイさん、だよね?」
「あれー? お母さん、今は仕事中のはずなのに」
うん、一般の大人さんたちはまだお仕事してる時間のはずだ。でもサカイさんはリストラされたサラリーマンよろしくブランコでゆらゆら遊んでいる。妙に楽しそうなのがシュールだ。
とりあえず声をかけることにした。
「サカイさん、やっほ」
「あららー、愛しの我が娘たちー」
のほほんと返事するサカイさん。焦っている様子がないところを見ると、本当にリストラされたわけじゃなさそうだ。
「お母さん、仕事はどうしたのー?」
「してるよー。いま営業中なのー。外回りなのー」
言いながらブランコを捻った勢いでくるくる回転するサカイさん。確かに外回りしている。
「公園のブランコで何を営業してるんですかっ!」
「目が回るー」
「話を聞いてくださいっ!」
「あははー、ちょっと貸しがある子たちに代理で回ってもらってるんですよー。私は司令塔なんですよー」
司令塔というより灯台に見える。くるくる回ってるから。
「みんなも貸しは作っておくものだよー? 楽して稼げるからー」
とりあえずこの人はダメな大人だ。サエちゃんには悪いけど、きっとそうだ。でも一応聞いておかないと。
「あの、聞きたいことがあるんですけど、いいですか? サカイさんはそんな大人ですけど――」
「なんか失礼なこと言われてる気がするー」
「そんな大人に、どうやってなったんですか?」
「なんか随分とアレな大人になっちゃったねーって言われてる気がするー」
「そうじゃなくてですね! あ、そうですけど!」
「どっちー」
「あの、私、今悩んでて……大人になるっていうことについて……」
私は悩みを打ち明けた。自分がこのまま大人になっていくことについて、不安を抱いているということ。私は今、このままでいいのか疑問に思っているということ。
サカイさんの返答は――
「んー。私はそんな難しいことは考えずに大人になっちゃったなー」
やっぱりなんかダメっぽい返答だった。
「初恋した勢いでそのまま結婚してー、考えなしに子供産んでー……大して頭を使ってなかったよ。流れに逆らうこともなく、起きる出来事に乗っかってきたの」
ダメっぽい、そう単純に思った自分を少し恥じた。
「だから上手くいかなかったのかもねー」
サカイさんが、真剣な顔をしていたから。
「本当の自分はこうありたい、とか。もっとこうするべきなんだ、とか。誰かにこうしてほしい、とか。立ち止まって考えてみれば、わかることもあっただろうに。もっと早く立ち止まっていればよかったのに。あんな風に大事なものを全部失ってからようやく立ち止まって、動けなくなって、そのまま腐っていくこともなかったのに、とか……考えることがあるんだけどー」
そうだった。ダメだなんて軽々しく言っちゃいけない。この人はこの人で色々とあったんだ。
「でもねー、聞いて聞いてー」
こっちも真剣に聞かないと、と思ったらサカイさんはいきなり相好を崩した。
「こんなに途中で腐っちゃうダメダメな人生を送ってきた私でも、今はすっごく幸せなんだよー」
サエちゃんを見つめながらにこやかに笑う。あ、サエちゃん照れた。
「それでね、思うんだー。いくらダメになっちゃってもね、頑張れば幸せになれるんだって」
サカイさんは私を見た。
「だからね、カカちゃん。サエにサユカちゃんも。この先に何があるかはわからないけど、頑張って。何を頑張れば、とか、そういう答えはあげられないけど、頑張れる大人になれればきっと幸せになれると思うよ」
「……はい」
私は頷いた。サエちゃんもサユカンも頷いた。
頑張る。ありふれた言葉だけど、実は一番難しいことなのかもしれない。サカイさんの話を聞いているとそう思った。
頑張れる大人になれれば……か。覚えておかなくちゃ。
――もうしばらくブランコで営業するというサカイさんと別れ、私たちは当初の目的通り花屋さんを目指した。
と、そのとき。またもや予想外の人物が。
「ねぇ、あそこに人が倒れてないっ!?」
「私、見覚えある気がするー」
「たしかシャーとかいう名前じゃなかったっけ」
「シャア? そんな有名な名前じゃなかったと思うけどー」
私たちが近づくと、道のど真ん中でうつぶせに倒れていたナントカさんは「いててて」と体を軋ませながら立ち上がった。
「いやぁ、何もないところで転んじゃったよ」
「うわ、バカだ」
「す、ストレートに言わないでくださぁい」
今度こそダメな大人だ。お姉にこき使われる人生、うだつの上がらない仕事っぷり、情けない表情が人生の九割を占めるとの噂のシュー君だ。
「どうやったらそんな大人になれるのっ?」
「もちろんなりたくないから参考に聞くんだけどー」
「いきなりなんですか! ひどいです!」
「……文句ある?」
「ありません! ごめんなさい!」
小学生にこれだけなめられて素直に謝る大人も珍しいよね、本当。うーん、よくよく考えたらこんな人の意見も気になってきたぞ。
「それでさぁシュー君」
「あ、はい。なんですかカカちゃん」
今さっきヒドイ事を言われたにも関わらず笑顔で聞き返してくるシュー君。
「……シュー君、大人だよね」
「はい、一応は」
「そんな大人になった自分をどう思う?」
「なんだかとてつもなくヒドイ事を言われてる気がします!」
「や、そうじゃなくて。そうだけど」
「どっちです!?」
「いやいや、実は私、悩んでてさ」
事情をシュー君に話した。しかしこの人はどれだけコケにしてもちゃんと話を聞いてくれる。こんな子供の話を、バカにされながらも。弱気すぎるのかと思ってたけど、もしかしたらすごくマジメで優しいのかも。
「大人になるにはどうすればいいか、ですか」
「うん。シュー君はどうやってそんなにダメな大人になったの?」
「その直球には慣れてきましたが……僕、そんなに自分をダメだと思ってませんよ?」
「ダメよっ!」
「ダメだよー」
「ダメだと思う」
「うわぁぁぁぁぁぁん! でも僕はそう思ってるんですよぉ!」
ん、気になる。なんでそう思えるんだろ?
「確かに、世間から見たら僕はダメな大人かもしれませんよ。でも僕は幸せなんですよ」
幸せ……には見えないけど。
そんな私の考えを見透かしたかのように、シュー君はこちらを見て照れたように笑った。
「幸せなんです。うまくいかなくても生活していけるだけの給料をもらえて。お姉様に踏んだり蹴ったりにされながらも、たまには一緒に飲んで。愉快な皆さんと遊んで」
「みんなに苛められていても?」
「それはそれ、これはこれです。自分の中に『これさえよければ後はどうでもいい』って思えるモノがはっきりできれば、自分のプライドとか見栄なんて気にならなくなるものですよ」
言われてみれば、確かにシュー君が幸せなように思えてきた。今までそんなことは考えたこともなかったけど。
やっぱり大人って深い。ややこしい。わからなくなる。
「もちろん見栄やプライドを何より大事にしてる人もいますし、その方々を否定するつもりはありません。これは僕個人の意見ですので、参考までにお聞きください」
「そうだね、所詮はシューの話だし」
「あはは、そうですねぇ」
シュー君はへにゃへにゃ笑う。
「それでは僕は仕事がありますので……カカちゃん、サエちゃん、サユカちゃん。色々と頑張ってください。皆さんが幸せに成長できることを祈ってます」
だけど、初めてこの人が大人に――皆を守る警察官に見えた。
「大人って色々いるんだねー」
「なんだか学校の勉強より難しいわっ」
「うん……もっと話を聞こう!」
カカ天内でもダメな大人なお話でした。
しかし人生に悩んだときに必要な意見というのは、そういう人たちのお話なのかもしれません。そして実際に聞いてみると、一概にダメとは言い切れなかったり……
大人になるまでで深い人生を歩んでいない人って、きっといないんですよね。だから他人の話を聞くのはとても大事なこと。
カカたちが色んな話を聞いて、何を思うのか。まだ私にもわかりませんが、きちんと書いてあげたいと思います。
ようやく更新ペースを取り戻せそうですし(少しずつですが^^;
近々感動もいっぺんに返しますよー! もうちょっと待ってくださいねー!!