カカの天下804「大人の階段、一段目」
……カカです。なんかクラクラします。
頭がぼんやりしたまま目を覚ますと、真っ白な部屋にいました。
「あ、カカすけ起きたわねっ!」
「ほらー、サユカちゃんが寝込みを襲ってチューなんかしようとするからー」
「しようとしたのはサエすけでしょっ!」
聞きなれた声、よくよく見れば覚えがある場所……あ、保健室か。
「カカすけ、大丈夫? 君ってばね――」
「サユカちゃんのでかい顔に押しつぶされて気を失ったんだよー」
「もうちょっと言い方があるでしょっ!」
「この上なくわかりやすい表現だと思うけどー」
……あ、そっか。体育の時間に。
「気絶するなんて、打ち所が悪かったんだねー」
「これ以上カカすけの頭が愉快にならないか心配だわっ」
「逆にまともなったりー」
「ないないない、それはないわっ! なんとなく!」
「あ――」
何か、言わないと。でも何を言う? お礼? 謝る? それとも何か面白いことを?
「あ……」
わからない。なんて言えばいいのかわからない。何を言えばいいのかわからない。
「へ、どうしたのよカカすけっ」
「カカちゃんー?」
「あ、ごめ、ごめん」
不意に視界が滲んだ。涙が出る。なんで? わからない。打った頭が痛いから? 困惑から? サエちゃんたちに申し訳なくて? 自分が情けなくて? 自分の全部が気持ち悪くて? わからない、何もわからないけど、今まで心の中に積もり積もった色んなものがぐちゃぐちゃに煮込まれてかき回されて――
「う……あぅ……く……」
いくら堪えても涙が出てくる。いきなり泣き出して、事情の知らないサエちゃんもサユカンも変な目で見るだろう。恥ずかしい。でも止められない。止まらない。
「く……うぅ……」
自分が今まで何をどうしてきたのか忘れてしまって、思うように喋れなくなって、楽しいことも思いつかなくなって。サエちゃんやサユカンが励まそうとしてくれたのはわかったけど、やっぱり喋るのが恐くて。体育の大騒ぎ、サユカンの間抜けっぷりに思わず笑ってしまって、一瞬だけいつもの調子で関わろうと思った。でも心の中で聞こえた『また笑われるよ?』っていう声に不安になって、やっぱり止めようとして、そしたらすごく寂しくて。
「…………っ」
このまま自分はつまらなくなって、皆に見離されるんじゃないかと思ったら恐くて。そもそも『あいつは変だ』とすでに見離されていたらと思うと、恐くて恐くて仕方なくて。
「う……ううう!」
泣いてしまう。格好悪い。親友の二人なら受け止めてくれるかも、という期待はある。でも恐い、やっぱり恐いんだ、色んなものが。
周りが、こんなに恐いものだらけだとは思わなかった。
大事な人が、楽しいことが増えていって、自分は幸せだと自信満々に思っていた。でも、それが『もしひっくり返ったら』という想像すると――
「うああああ!」
私はもう、死んでしまいそうになる。
「よしよしー」
震える体が抱きしめられた。
サエちゃんが私を抱きしめてくれた。頭を撫でてくれた。
「落ち着いてー、落ち着いてー」
「サエすけっ! 撫でてるそこ、コブになってるとこよ!」
「いだだだだだだ!!」
サエちゃんの温かさに癒された、とか言いたいところだけど実際は痛みのせいで、なんか全部トんだ。
「はぁ……はぁ……なにこれ、めちゃ痛い」
「そりゃ気絶するくらいの勢いで頭をぶつけたのよ? 痛いに決まってるじゃないのっ」
「原因はサユカちゃんの頭突きだけどねー」
「あんなでかい頭を作ったサエすけが悪いんでしょっ!」
「あんな変なもんをかぶるほうが悪いよー」
「き、君ねぇっ!」
……私がこんなに悩んでるのに、なんでこの二人はこんなにいつも通りなんだろう。
なんか、バカらしくなってきた。
「よし、二人とも聞いて!」
「おわっ! もう泣き止んだのカカすけ?」
「私の悩みを発表するよ! でもお腹すいた。ここってお菓子とかないかな?」
「とても悩んでる風には見えなくなっちゃったけどー、ここに保健室の先生が隠してるせんべいあるよー」
「なんでそんなこと知ってるのよっ!」
「ばりぼり……うめぇ!」
「カカすけ食ってるしっ!」
……よし、少し調子が戻ってきた気がする。二人のおかげかな。
「んでさ、私の悩みなんだけど――」
二人に打ち明けてみた。自分でも何に悩んでるかわかんなかったんだけど、いざ誰かに話すとなると意外なほどに言葉がスラスラ出てきた。ああ、そっか。私はこういう風に悩んでたんだ、なんて……そんなことを今さら再確認する。
「つまりー、自分がこれでいいのか不安になっちゃったんだねー」
そう、そういうこと。
私が私のままでいいのか。
「わたしは前のまま突っ走り続ければいいと思うわよ。こっちだって見てて楽しいし、付き合ってあげてもいいと思うわっ!」
「地獄まで突っ走ったとしても付き合ってくれる?」
「カカすけが行ったら地獄の住人が愉快になって天国になっちゃうわよ。それを見るのも面白そうだわっ」
「サユカンは私が大好きなんだね」
「うるさいわっ!」
わ、否定しないんだね。今はそれ、素直に嬉しいな。
「私もこのままで全然いいと思うけどー、カカちゃんが不安なのは今後だよねー? 中学生になって、大人になってーっていう時点で、このままでいいのかって」
「……うん」
そうだ。私が恐いのは現在よりも、この先なんだ。もちろん現在も恐い。私は皆と幸せに笑えていたけど、それが『本当』なのか不安になった。
でも一番恐くなったのは、それが『嘘』の幸せだったと思い知らされる未来が訪れることだ。中学生になって、私が笑いかけた相手に、冷たい目で見られるようなことがあったとしたら――
「うん、わかんないねー」
「ちょ、サエすけっ! あっさり答え出すんじゃないわよっ」
「だってわかるわけないよー。私たち、三人とも子供だもん。大人になったことないもん」
……うん、それもそうだ。
「だからさー、実際に大人になったことある人たちに聞いてみればいいんじゃないかなー」
「聞くって、何を?」
サエちゃんはにっこりと笑った。
「――どうやって大人になったのか」
なる、ほど。
それを聞けば、私でも大人になれるんだろうか。
次回は大人の皆さんに、大人な意見を聞いてみます。この階段が何段あるのかはまだわかりません。だって決めてないですもん(ぉぃ
今回はほとんどがぶっつけで書いています(わりかしいつものことですが)。だから誰がどんなことを言うのかまだ不明です。意外な人が意外なことを言うかもしれません。
またコメディ色が薄めになりますけど、お付き合いいただけたら幸いです。
あとそうそう、またもや感想欄の返信する暇がなく申し訳ないと思いつつ……ちょと気になることがあったので少しだけ。
今までもちょくちょく「夢オチ多くないですか?」というご意見をもらっていたのですが、私としてはあまり気にしてません。なぜならこれは日常の物語。日常ってことは毎日寝ます。そしたら毎日夢を見ますよね? 覚えているかは別として。
そして夢っていうのは、いざというときに大事な信号を送ってくれるものだと私は思います。愉快な気分のときには、愉快な映像を。不安に思ったときには、その不安を映し出してくれます。
皆が皆、そうじゃないかもしれません。ですが私は結構、大事な場面で夢を見て、考えさせられたり気づかされたりしたことが何度もあります。
だからこそ、私が日常を書くにあたっては夢をないがしろにはしたくないのです。
まぁ、便利なのは違いないですけどね笑
『夢だったーハイ終わりー』じゃなくて、『こんな夢を見たけど、これからどうしよう』という場面はやっぱり書いていきたいと思います。
個人的な趣向なので、夢オチ嫌いな人には謝るしかないのですが……どうかご勘弁ください。