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カカの天下  作者: ルシカ
786/917

カカの天下786「奇跡」

 よう、テンカだ。もう夏休みだな。


 今回の終業式も味があってよかったぜ。なに、詳細が知りたいだと? ならその場で三回まわって好きなポーズを決めながら「おトイレ最高!!」と叫べ。どうだ、できねぇだろう。もしできたならちゃんと報告しろよ? 教えてやるから。


「さて、そろそろ出発の時間ですよ。テンカ先生?」


「うげー……マジかよきょーとー……」


 ああ、ちなみにここは職員室だ。クーラーがあるくせに省エネとかチャチなこと言って使ってねぇ。だからあちぃ。だから何もしたくねぇ。


「ほら、さっさと行かないか」


「大体よぉ、六年生にもなって家庭訪問はねぇだろ」


「中学生へと上がる大事な時期にこそ、しっかりと生徒の親御さんと話をしなければならない。教育者としては当然のことだ」


「へいへい。しかし夏休みだっつうのにオレらもご苦労なこった。たまにはドバっと連休がほしいぜ」


「たわけ」


「一言で片付けるなよぉ。たまには次の日を気にせずに飲んだくれたりしてぇんだよぉ」


 いつも気にしていないんじゃ、と思ったそこのてめぇは何もわかっちゃいねぇな。明日が休みかどうかで、飲むときの爽快さが全然違うんだぜ。


「そこまで言うなら仕方あるまい。連休をやろう」


「マジか!?」


「365連休でどうだ」


「ごめんなさい!!」


「謝っても許さん」


「ちょ、ええ!」


 いきなり失業はいくらなんでも!


「そこをなんとか」


「なんともならん」


「ならねぇのかよ! 手遅れかよ! 勘弁してくれよ!」


「退職金は出さんぞ」


「出せよ!」


「ああ、出したら辞めるのだな。了解した――もしもし校長? たわけが一人辞めます」


「ほんとごめんなさい! 働かせてください!」


「よし、いってこい」


「おうよ!!」


 オレ、まだまだ弱ぇ……やっぱ権力には敵わねぇぜ。




 そんなわけで、家庭訪問に出かけたわけだが。


 まずはどいつからだっけな……あ、タケダ医院だ。今日回る家庭訪問リスト見てねぇけど、とりあえず準備運動にここいくか。どうせタケダだ、二十秒くらいで終わるだろ。


「ちーっす……お?」


 医院に入ったが受付がいねぇ。なにやってんだ? 奥のほうが騒がしいようだが……


「お、院長。家庭訪問に来た……ぞ、って、何してんだ」


 院長はいた。受付の人間もいた。他、患者も多数いた。行列を作って。


「家庭訪問? それどころじゃない!」


 その列の最後尾でもじもじしている院長は苛立たしげに答えた。んだとコラァ。


「なんなんだよ、この列は」


「トイレの順番待ちだ」


「……は?」


「なぜか院内の全員が一度にトイレに行きたくなってしまったのだ! それでこの渋滞だ! だから家庭訪問なんぞしている暇はない!」


 微妙なミラクルだなオイ。


「あー……んじゃ奥さんは? そっちに家庭訪問するわ」


「妻は旅行中だ!」


 そういやコイツの奥さんって旅行ばっかしてるとか噂で聞いたな。亭主元気で留守してろ、ってとこか。


「まぁいいや。どうせ気まぐれで来ただけだし。今日のリストにも載ってねぇし。じゃあな」


 んあ? 


 そういやそもそも、タケダってオレのクラスじゃねぇや。マジで無駄な時間使っちまった。さっさと行こう。




 あーっと、最初は……アヤんちか。ここから近いな。


 しばらく歩いて見えてきた普通の家。ああ、普通だ。二階建て、それ以外に特筆することは何もない。面倒だからじゃねぇぞ?


「ごめんくだ――」


 インターホンを押そうとしたそのとき、突然玄関の扉が開いた。


「ああ、テンカ先生!」


 母親と一緒に飛び出してきたのはアヤだった。


「おぅアヤ。今から家庭訪問――」


「それどころじゃありません! トイレが壊れたんです!」


「は?」


 アヤの言葉できょとんとするオレに、次は母親が必死な形相で訴えてきた。


「だから! トイレが壊れたんです! 隣のニシカワさんちに借りに行くんです! 失礼します!! いくわよアヤ」


「うん!」


 爆走していく二人……ま、まぁいいか。隣でニシカワとまとめて家庭訪問してしまえば。


 そう思って隣にいくと、なぜかどこかで見たような行列がニシカワ家の玄関から伸びていた。おばちゃん、子供、おばあちゃん、仕事着のあんちゃんまでいる。全員もじもじしている。これはまさか。


「あの、奥さんがた。これは何してんスか?」


 適当に列の一部に声をかけると、またもや苛立った声が返ってきた。


「トイレ待ちの行列に並んでるのよ! うちのトイレが壊れたから!」


「あたしんちのトイレも壊れたのよ!」


「間が悪いことに皆さんの家が一斉にね!」


「ニシカワさんちのトイレだけが無事なのよ!」


 はぁぁ? んなバカな話があるかよ。


「っつうか。トイレが壊れたってのは、用が足せないほどにヒドイのか?」


「私の家のトイレは流れないだけなんだけど……お父さんが頑張った後にはできないでしょう?」


「あたしんちのは便器の中心が割れて、なぜか噴水が吹き上げてるわ」


「俺の店のトイレはなぜか便器が砕け散った」


「あたち、トイレに猫しゃんを落としちゃったの。抜けないの。だからおちっこできないの。猫しゃんにかかっちゃうから」


「うちのトイレには便所神が生えてきてねぇ」


「ふん、甘いよ。あたしの家なんか元からトイレが無いのさ」


 わけのわからん自慢大会になり、大騒ぎ。結局ここの家庭訪問は諦めた。




 そして、日が暮れて。


「おお、テンカ先生。家庭訪問はどうだったかな?」


「行く先々の人間が全員トイレに忙しくて、一つも回れなかった」


「そんなバカな話があるか!」


 あったんだもんよ! 仕方ねーだろ!!


 あぁくそ、ぜってー誰かが「おトイレ最高!」とか叫んだせいだぜ。ムカつくぜ。終業式のことは話さねぇからな!




 奇跡。


 それは素晴らしいものとは限らない。


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