カカの天下785「楽しかった日々の終わり」
カカです。
「ふぅ……」
かつて自分の席だった場所、その机を撫でながら、私はため息を吐いた。
静かな教室。物音一つしない。聞こえるのは私の呼吸だけ。
誰もいない。私以外には、もう誰も……ここに入ってくる生徒なんて、もういないのだ。
思い出すのは楽しかった日々。サエちゃんがいて、サユカンがいて、その他大勢がいて。テンカ先生がいて。
何気ないようで、退屈なようで、でもとても幸せな時間を過ごしていた。ここで。みんなで。
「懐かしいな……」
目を細める。自然と口元も弛んだ。温かな思い出が際限なく蘇る。
「いろんなことが、あった、な」
ずっとずっと、こんな生活が続いていくんだと……微塵も疑うことなく信じていた。
でもそれは間違いだったのだ。時間は進んでいる。私は成長するし周囲だって刻一刻と変わっていく。学年が上がっていき学期を超えて。やがて卒業し、大人になる――これは避けられない現実なのだ。私は、それを受け入れなければならない。
「でも、もう」
終わっちゃったんだ。あの生活が。
そう思うと、その現実が悲しい。
寂しい。
わがままだとはわかっている。サエちゃんもサユカンも、見知った友達は誰一人としてこの学校にはもういないのだ。でも――だからこそ思わずにはいられなかった。あの日々をもう一度、と。
「無理なんだよね」
そうなんだ。無理なんだ。時間は戻らない。
本来なら私だって、ここにいて良い立場じゃないんだ。気が済んだらすぐに帰らないと。でも、もう少しだけ教室を見ていたかった。自分達の長くを過ごしたこの場所を。
「テンカ先生の授業、おもしろかったな」
話が脱線したのは何度かわからない。すぐに自分のこと話すし、そのくせ面倒くさがりだし。でも大事なことだけは、叱るように教えてくれたっけ。
「休み時間が、毎回楽しみだった」
サエちゃんとサユカンと、飽きることなく毎日三人で。話題は尽きることなく……や、尽きても気にせず一緒にいた。
「給食は賑やかだった」
必ず余るパンや牛乳。それをじゃんけんで奪い合うのが好きだった。
「イベントがあるたびにかき回したっけ」
変な風に盛り上げて騒いでいると、すごく気持ちがよかった。
「手芸部は、あまり大した成果を残せなかったな」
やっぱり手芸だけじゃなくて、もっと色々やればよかった。や、他にもなんかやってたけどさ。もっと大げさにやればよかったんだ。そうしたら活動が終わるまでに、我ら手芸部ここにあり! みたいな思い出も作れたのに。
「みんなと、さよならした日は……」
実感がまるで湧かなかった。
あんなにあっさりと日々が終わるなんて、考えもしなかったのだ。
楽しみにしていたのに。
新しい季節へと旅立つのを心待ちにしていたというのに。
実際に旅立った後で、こんなに心残りを思いつくなんて。
学校を離れる前にできたことが、もっとたくさんあったかもしれない。
なのに私が勘違いしていたから。やりたいことが、やりたい場所で、いつでもできることなんだって。そんな幸せなことを考えていたから。
だから、こうなってしまったのだ。
「みんなと、やりたかったこと」
もうできない。
だって私は一人でここにいる。
そして『いつもどおり』な日々が終わったことをやっと実感して、今さら後悔なんかしているのだ。
もう遅い。
終わりの日に実感できなかったのも当然のこと。私には心の準備ができていなかったのだから。
明日、この日々が終わっても悔いのないように――それくらいの気構えで生きていけばよかったのだ。
自身の怠慢が、この事態を招いた。
この虚しさが罰に他ならない。
終わりが来ると意識していなかったのが悪い。
日々の変化に鈍感だった自分が悪い。
全部全部、私が悪い。
だから、だから。
だから――
「だから夏休みが始まったのに登校なんかしちゃったんだ」
誰も歩いてないから変だとは思ったんだけど、教室に入るまで気づかないとは不覚だったわぃ。やっちまったぷー。
先生はいるかもしれないし。見つからないうちに、かーえろっと。
一学期が終わっただけだぷー。
学校が終わったなんて、どこにも書いてないぷー。
ましてや最終回だなんて、そんなことあるわけないぷー。
まーすごく自然に夏休みへ入りたいと思ったらこんな話になったぷー。
書いてて気づいたけどぷーぷー言ってたらちょっとムカつかれるかもっぷー。
ごめんぷー。




