カカの天下776「スキマ」
――これは、狭間の物語。
えー、はざま。むしろすきま。というわけで、押入れの隙間からお送りする。やぁやぁ我こそは呪いの人形よ。皆の者、我を覚えているか?
ふむ、祝いではないのかだと? さぁなんのことやら。呪いも祝いも紙一重ではあるが?
まぁいい、それはさておきだ。今回は、我が長年入っていた押入れから見た一コマをお伝えしよう。理由? もちろん押入れの中にずっと居て暇だったからだ。あぁこれだけは言っておく。これは、君らの考えている時代とは少し違うであろう話だ。
「トメ兄」
「なに」
「ねートメ兄」
「はいはい? 痛い痛い」
「ねーねートメ兄」
「なんだよ、なんだってんだ。なんでつねるんだ」
「ねーねー」
「だから応えてんじゃん。なに、なに!? なんでつねる!? 痛いんです、痛いんです! 左半身痛いんです!! やめてください!」
押入れの隙間から外を覗く。元気のいい兄弟の声が聞こえてくる。
「まったく、カカはいくつになっても変わらないな」
「皆が変わりすぎなんだよ――あ」
騒がしい足音が聞こえてきた。どうやらこの家に一人、訪問者が現れたようだ。
「トメさんっ!」
「サユカちゃん……!」
「わたし、16歳になりましたっ! その……約束どおり、結婚してくれますか?」
ほう、ついにゴールインか。
「ああ。結婚しよう、サユカちゃん!」
付き合ってから二年で、か。うまくいったものよ。おーおー妹がいるのに抱き合ってなどいるわ。
「……テンカ先生に、少し悪いですけど」
「テンはテンで、他にいい相手を見つけるだろ」
「ふふっ、元恋人としては心配じゃないんですか?」
「まぁ、今は犯罪まがいの結婚相手で頭がいっぱいだし」
テンカか。サユカとトメが付き合う前に一年ほど付き合ったらしいな。気持ちのいい別れ方をしたと聞いているが。
「でも……ふふっ、最近の結婚ラッシュに乗ってしまいますねっ」
「サカイさんは再婚したし」
「去年ですけど、キリヤさんとユカさんも結婚しましたし」
「サラさんはゲンゾウさんと結婚したし」
ふむ、幸せなようで何よりだ。呪いの人形としては、いささか物足りなくもあるが。
「……あれ、そういえばカカすけがいないわ」
「いつの間に。空気を読んだか? あ、テーブルの上に置手紙」
「えっと、『なんか悔しいからサエちゃんとイチャついてくる』ですって!」
「ふふ、あの二人もうまくいくといいですね」
「付き合ってる期間はあっちのほうが上なんだぞ? 大丈夫だろ」
「カカすけもすっかり男らしくなっちゃって」
「あそこまで元気に育ってくれたら、兄として僕も安心だよ。サエちゃんを幸せにできるといいな」
ふむ? どうした。何を不思議がっておる。我は最初に言っただろう、兄弟の話だと。
ともかく皆、結婚して幸せじゃ。呪いの人形がおとなしくしているから当然よな。
さて、それから時が経った。百年は軽く超えたか、二百に届くか、よくわからぬ。ともかく我は一度自由の身となり、再び捕まった。なにやら聞き覚えのある名の子らがちょろちょろしていたが、あまり人が来ない部屋の押入れに閉じ込められ、またもや月日が過ぎた。
そして、隙間から光が見えた。またもや外へ出られるのだろう。そうすれば我は暴れる、呪いの人形としてな。けっして祝いの人形としてではない。
しかし呪いも祝いも紙一重のモノだ。
この後、我が祝いの人形になる可能性もあるかもな。
む? なぜ祝いと呪いが紙一重か?
簡単だ。
漢字が似ておろう。書き間違えたらおしまいだ。だから紙一重。
なに、そんな間違いはしない? ふん、人形はそんなに頭がよくないのだ。漢字などを正確無比に覚えられるはずがない。
さて、動くか。日本はどうなったろう? おぅおぅ見たことのあるヤツらを感じるわ、おそらくアレらの子孫だろう。果たして外に出るのは何年ぶりやら。くくく。
む? しかしこの喋り方はいかんな。歳をとりすぎたせいか、若さが足りぬ。もっと若々しく……あたいとか言ってみるか。もっとハイテンションにいくか!
「さぁて、あたいが復活だ」
おお、この調子でいこう。
「存分に祝ってやろう!」
あ、間違えた。
まぁいい、この程度の祝福、世界には影響などない。
あるとすれば、これを読んでいるお主くらいか。運がよかったな? 我の祝福、受け取っておいて損はないぞ。ここは隙間、時間も世界も、話数ですら不確定な場所。この話が本当かどうかさえ曖昧だ。そして曖昧さ故に届く祝福もあろう。
――さて、押入れの隙間が空いていく。今度こそ呪うとしようか。
世にも珍しい視点で、曖昧なお話をお届けしました。これが本編での話なのか、パラレルワールドの話なのか。それも曖昧です。ただ、そんな結婚ラッシュな世界もあったかも、ということです。
呪いの人形からの祝福で、読者様が幸運になりますように。
……え、祝いと呪いは違いすぎる?
キニシナイ!!