カカの天下767「前門の妹、後門の姉」
こんにちは、トメです。
春も終わり、もうすぐ夏ですね。というより梅雨かな、そろそろ蒸し暑くなってくる頃です。そんな最中……実は僕、少し太りました。
なんだかね? 暑くも寒くもない気候だったせいか、食欲が旺盛になってね。や、もしかしたら単純に年齢で太りやすくなってきたのかもしれないけど、とにかくちょっとヤバイ。何キロ増えたか? そんなこと聞くもんじゃないわよ。イヤン。
というわけで。ぽーにょぽーにょぽにょお腹ポニョ♪ になるのを防ぐため、恥を忍んで僕はカカにお願いした。トレーニングに付きあわせてほしい、と。
小学生の妹がやっているトレーニングに付き合う……何も知らない人が聞いたら情けないことこの上ない話だろう。しかしご存知の通り、カカの運動神経は並じゃない。同年代の女子を大幅に上回る身体能力、それが日課のトレーニングのおかげなのだ。いくら成人男性とはいえ、何も日課にしていない僕が運動で敵うはずがない。だからこそ今回は低姿勢でお願いした。
「にゃー」
わかりにくい返事だが、カカは快くオッケーしてくれた。随分とあっさり頷かれて拍子抜けしたけど、とにかくお願いした次の日から運動開始だ。
「んじゃ夕食前に軽く走ろっか」
カカは学校、僕は仕事。運動できるのはそれらが終わってからになるから、ちょうどいい申し出だった。カカはいつも運動時に着る赤ジャージ姿。僕も奥からジャージを引っ張り出してきて、兄妹そろっておそろいです。
「おっしゃー! 走る前に準備運動! おいっちにー!」
「お、おいっちにー」
なぜかカカはハイテンション。なんだか嬉しそうだけど……なんでだ。
「あたしが思うに、おにーちゃんと遊ぶ時間が増えて嬉しいのだと見るが、どうだろう?」
「……その前に、なんであんたがいるんだろう?」
僕らに合わせたかのようにジャージ姿な姉が、なぜか当然のように隣に立っていた。いやまぁ、この人は普段着でジャージ着ることも多いんだけどさ。
「弟君が珍しく運動するっていうからさ、あたしも手伝おうと思って」
「いらん、消えろ」
「まぁまぁ、カカちゃんを見てみなよ。姉兄妹三人で何かできる、ってだけで嬉しそうじゃん」
う……たしかにカカはニッコニコでご機嫌だ。仕方ない、か。
「わかった、邪魔すんなよ」
「大丈夫、ちゃんと手伝うから」
ランニングで手伝うも何もないと思うけど。
「さ、行くよトメ兄! 私の後ろについて走ってきてね」
「よしきた」
コースは聞いている。我が家を含めた周囲の住宅街を一周する形で、距離は1キロ程度だ。これくらいなら運動不足の僕でもゆっくりなら走りきれるだろう。優しいコースだ。
「駆け足、すすめー!」
声にあわせて走り出すカカに続く。お、けっこー速……い……え、ちょ、ちょ――
「だあああああああああああっしゅ!!」
ズドドドドドドドドドドドドド!! ってなにこの全力ダッシュ!? 駆け足っていうのはもっとゆっくりじゃ――痛っ! 首筋になんか刺さった!!
「ほれほれ、おんしの首にはとっても鋭い爪楊枝が迫っておるぞ。速度を落とせば刺さるぞ。ほれほれ。ほれほれ。はよ行けや!!」
「姉このやろおおおおおおお!!」
僕は走った。妹を追いながら。姉に追われながら。秒単位で重くなる身体に鞭打って(というか背後から針を打たれてる)なんとか頑張った。通りすがりの人たちは無駄に全力疾走する僕ら三人を不思議そうに見ていたが、そんなことに構っていられない。こっちは必死なのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……ようやく、ゴール」
フラフラになりながらも、やれる限りの速度で走りきった……
「もう一周!」
「待てやボケ妹!! お、おま、いつも、こんな、走り方、してんのか!?」
「ゼーハーゼーハーゼーハー!!」
「おまえも必死じゃないかよ!!」
「や、あの、ね? はぁ、はぁ、いつもは軽いランニング、なんだけど、なんかテンション上がっちゃって、つい、はぁ、はぁ」
結局、姉以外は疲れ果ててしまったのでその日の合同トレーニングはお開きとなった。カカは夕食後には回復して筋トレしてたけど、疲労困憊の僕はとても付き合えなかった。
そして翌日。再挑戦だ。
「うし、やるかぁ! オレ、あんまりこの辺は詳しくねぇから案内頼むぞ」
なぜかテンが参加していた。最近体重が気になっていたのは僕だけじゃなかったらしい。
「おっけ! じゃあテンカ先生も私に続いて走ってね」
「カカ。わかってると思うが、くれぐれも昨日みたいなダッシュはするなよ」
「わかってるよん。アレ私も疲れたし」
だよな。
「あたしは疲れないよ?」
「あんたは何しても疲れないだろが」
あとはこのバケモノがまた変なことしないように祈るだけ。
「じゃ、行くよ。駆け足、すすめー」
よし、カカも今度はゆっくり走り出す――
「だあああああああああああああああっしゅ!!」
わけがなかったあああああああああああああ!!
「ふほほほ! おんしら二人の首筋には今宵も鋭い爪楊枝が迫っておる、ほれほれ、はよ走れや!!」
「姉このやろおおおおおおおおおおおお! 妹このやろおおおおおおお!」
「痛っ! 痛ぇって! な、なんだコレ。おいコラ、うおおおおおおおおおおおお!!」
前方を突っ走るカカを追い、二刀流を器用に使いこなす姉に追われ、テンも一緒に再び全力疾走をすることになりましたとさ。
そしてゴール。死にそうです。
「はぁ……はぁ……おかしいな、日本語通じてなかったのかな、カカ」
「なんにせよテンションが上がっちゃって……ゼーハーゼーハー」
テンは声をかけても返事すらしなかった。
さらに翌日。
すでにテンの姿はなかった。曰く、「てめぇらアホだからもうヤダ」だそうだ。
「カカ……わかってるよな?」
「当たり前だよ。私とトメ兄の仲じゃん? ツーカーだよ」
すごく嫌な予感がする。
「行くよ。駆け足、はじめだああああああああああああああああっしゅ!!」
「ふほほほほ! 今宵の爪楊枝は一味違うぞえ! さっき使ったから」
もうツッコむ気も起きない。ヤケになってマジメに走ってやった。
おお、もしかしてスパルタで慣れたのか? 身体が軽い、走れる、僕は走れる! カカよりも早く、疲れずに、この距離を全力で走りきれるぞ!!
と、思えたのは最初の三十秒だけでした。
「死ぬ……」
「とにかくテンション上がっちゃって。あはは」
「なんでおまえは慣れてきてんだ!? ゼーハーゼーハー!!」
子供の成長とは恐ろしい。
「なんで疲れてるの?」
「バケモノは口を開くな!!」
もうカカと走るのは止めた。
でも……なんか痩せた。
べ、別に私が太ったからこんな話書いたんじゃないんだからね!!
まぁ、でも八割実話でできてます。