カカの天下753「思い出に残る誕生日を」
――数日前。
「ねーねーカカちゃん、最近どうー?」
「うーん、やっぱり忘れてるっぽい」
「ふっふっふー、じゃあこうしよう」
そんな会話が、あったらしい。どうも、トメです。
僕の誕生日、そしてサユカちゃんの誕生日である今日が、もう少しで終わる。その事実にようやく気づいた僕は慌てました。あたふたしました。その場で呑気に証言していたゲンゾウ兄弟に「落ち着け若造」と言われさらに腹が立ちました。
そんな僕に道を示したのは、カカ。
「じゃ、行こか」
それが当然と言わんばかりに僕の腕を引いて、そのまま外へ。そこにはサエちゃんまでいて、カカとは反対のほうの腕を掴まれて、まるで犯罪者が連行されているような構図で歩かされて……
気がつけばサユカちゃんの家の前で……
チャイムを鳴らすまでもなくサユカちゃんの両親が迎えてくれて……
どーぞどーぞと僕だけ通されて……
はい、あっという間にサユカちゃんの部屋の前です。
「いいのかオイ。特に両親」
どうぞヤッちゃってください! と背中を押してくれたサユカちゃんのお母さんに深い意味なんか無いと思いたい。や、そう思うしかない。全部サエちゃんの策略なのだ。サエちゃんすげぇ。サエちゃんこえぇ。
コンコン。
ノックの音にびっくりする。僕じゃない、僕はどうするべきかわからなくて立ち尽くしていたのだ。勝手に扉をノックしたのは、いつの間にか隣に忍び寄っていたサエちゃん!
「はーいっ」
扉の向こうから聞こえた声。サユカちゃんだ、まだ起きてる。
「さ、頑張ってくださいなー」
無責任なサエちゃんを睨みつける。
「……ハメてくれたな」
「あらあらー? 大事な大事な“お友達”の誕生日を忘れていたのは、どこのどなたでしたっけー?」
ぐ、そこを突かれると返す言葉がない。しかしなぜそんなに「お友達」を強調する?
「忘れてた罰です、ちゃんと祝って、プレゼントをあげてくださいなー」
「プレゼントったって、僕は何も」
「見本はカカちゃんが見せたじゃないですかー」
……見本?
まさか、ちゅー?
「何回するんですかねー、楽しみにしてますー」
あれも策略の内か!? サエちゃんすげぇ! サエちゃんこえぇ!!
「だれっ? お母さん?」
「ほらほら、サユカちゃんが待ってますよー。いってらっしゃいトメお兄さん」
「そ、そんなこと言っても」
「どーん」
不意打ち。背中から蹴り飛ばされた感覚、知らぬ間に忍び寄っていたカカだ。
「どーん」
そしてタイミングよく扉を開くサエちゃん。なぜ悪戯するときのガキはこうも素晴らしいコンビネーションを発揮するのだろう畜生。
「え、トメさんっ!?」
「や、やぁ」
何はともあれ、顔を合わせてしまったわけで。
「え、えっ? どうしてっ」
ケロリンのパジャマ姿でベッドの上に寝転がっていたサユカちゃんは跳ねるように身体を起こして、なぜか正座した。よほど困惑しているのだろう。僕も同じだけど。
「サユカちゃん、誕生日おめでとう!!」
こうなりゃヤケだ。時計を見る。よし! あと三十分ある! セーフ!
「と、トメさん……それを言うために、わざわざ?」
「うん、サユカちゃんを驚かせようと思って!」
口からでまかせ、ではない。多分。
「うわぁ、うわぁっ! わたし、嬉しいですっ!」
ズキ。
「わたしを驚き喜ばせるために、こんなギリギリまで待っててくれたんですねっ!?」
「う、うん」
「きゃぁーっ!! ほんっとに嬉しいですっ!! わたし、てっきり祝ってもらえないものかとっ!」
ズキ。ズキ。
「お電話来ないかなぁ、メールだけでもいいのになぁーってずっと携帯握りしめて待ってたのに、まさか会いに来てくれるなんてっ!!」
「あ、あはは」
「眠いのを必死に我慢して起きてたかいがありましたっ!!」
ズキズキズキズキ。胸が痛いよママン。
「さ、サユカちゃん。実はその、プレゼント、なんだけど」
こんなに喜んでくれてるし、ちゅーとかあげなくても、これだけで別にいい、か、な?
「そんなのいらないですっ!! わたし、トメさんが会いに来てくれただけで嬉しいですっ!!」
うがああああああぁ実際に言われるとなんかこのまま終わるのは嫌だあああぁ健気すぎるよこの子ぉ!
「あ、でもわたしからは……はいっ」
「これ、は」
「プレゼントですっ」
女の子らしい可愛い包み。驚きで呆然としながら、差し出されて思わず受け取った。
軽い。
軽い?
どこがだ。
「用意して、くれてたんだ」
「はい。トメさんが祝ってくれたら渡そうと思ってたんですけど、その機会もなくて、今日はもう渡せないのかなって思ってたんですけど……こうして来てくれて、祝ってくれて、本当に嬉しいです」
こんなに重いものがどこにある。
大事な友人の誕生日を忘れていた阿呆の手にとって、これほど重いものが、どこに。
軽いのは。
「もうほんと、それだけで嬉しいんですっ!」
薄っぺらいのは。
「だから、その……そんな顔しないでくださいっ」
――僕だ。
「サユカちゃん」
「はいっ?」
「実は」
話してしまった。
それは自己満足でしかなかっただろう。サユカちゃんは喜んでいた、ならばそのまま喜ばせてあげるのが大人だ。嘘を吐き通して、優しい誕生日で終わらせてあげるのが大人だ。
それが上手い大人だ。
それが汚い大人だ。
どちらが正しいかといえば大人のやり方だろう。それで良い方向へ向かうのだから。でも僕はそんなに器用ではなかった。ここまで純粋な子の前で嘘を吐き続けることなんて、できなかった。
「それで、カカたちはちゅーとかすればって言ってたんだけど、それも、さ……なんだか間違ってる気がして。僕があげたいと思って用意したプレゼントじゃ、ないんだし」
バカな男だ僕は。でも仕方ないと思う。
大人だからって、なんでもかんでも上手くやれるようにはなれない。
「ごめん」
「謝らないでください」
頭を下げた僕にかけられた声は、意外にもハッキリとした声だった。
「わたしは今、すごく燃えているんです」
顔を上げる。サユカちゃんを見る。
「わたしにはですね、目標があるんです」
落ち込むかと思った。がっかりするかと思ってた。
「ずーっと前に言いましたよね? わたしが大人になったら、もう一度告白するって」
なのにサユカちゃんは確かに笑っていて。
「それからわたしとトメさんは付き合い始めるんです。誕生日を覚えているどころか、ちゅーなんてするのが当然の仲になるんです。そしてゆくゆくは、誕生日プレゼントに婚約指輪をもらうんですっ」
妄想ですよね、なんて、照れながら笑っていて。
「その夢への道は、まだまだ遠いってことですよね」
多分、落ち込んだ。がっかりもしただろう。目尻の涙が語っている。
「わたしは負けません」
でも、それを吹き飛ばすほどの笑顔。
「わたしは、トメさんが、だ、だ……大好きですからっ!」
告白されたときといい、この子には負けてばかりだ。
うん。
負けっぱなしじゃ、いられないよな。
「……誕生日が終わるまで、もう少しあるな」
「え。あ。はい、そうですねっ」
サユカちゃんの大好き発言には応えられない。まだ応えられない。それは大人になってからだ。でも代わりは用意できる。
「あのさ、サユカちゃん、アレ、ある?」
サユカちゃんは、カカとサエちゃんの親友だ。だからこの部屋にもアレがあるはず。
ああ、やっぱりあった。間もなくしてサユカちゃんが取り出したソレを受け取る。
「机、借りるよ」
「……はい」
僕も妹に付き合っていじったことがある。だからさほど難しくなく……ほら、できた。
「あ――」
「今はまだ、こんなものしかできないし、僕としてはこの先、君の期待に応えられるかはわからないけど」
ビーズで作った、小さな指輪。
「今は、これで」
婚約指輪には子供らしすぎる、大人と子供の中間のような贈りもの。
思いつきにしては僕らにピッタリのプレゼントだと思う。
そしてピッタリ誕生日が終わる直前――
「改めて、誕生日おめでとう」
プレゼントと一緒に、ようやく格好つけて言うことができた。
「来年こそは覚えてるからね」
「は……はいっ! ありがとうございますっ! わたしの夢が一つ加わりました。この指輪から、本物の婚約指輪に昇進することです!」
「はは、昇進試験はいつになることやらね」
「頑張って勉強しますっ!」
「……何を?」
「とりあえずサカイさんちで」
「それはヤメロ」
とにかく喜んでくれたようで、よかった。
――その後、覗き見していたらしいカカサエ二人が乱入してきて、夜中のプチ誕生日パーティーに移行した。どうやら二人はこの時を盛り上げるため、サユカちゃんをさらに寂しがらせるように祝うのを我慢していたらしい。やれやれ、おとなしく誕生日を迎えられない生き物だ。保護者だから付き合うけどね。
そして翌日、サユカちゃんは僕の渡した指輪をはめて登校。「なんだそれは」と注意した宮崎先生に右フックをお見舞いしてまでつけているそうな。いやはや、気恥ずかしい。左の薬指につけているわけではないみたいだし、まだマシか。
あと。またもや姉に「有罪! 死刑! 死刑! しけー!!」と叫ばれたけど、それはまた別の話。
サユカちゃんからのプレゼント? ああ、それもまた別の話にしておこう。
久々に書きましたけど……甘っ! この二人甘っ!!
でもまぁたまにはこんなのもいいかと。二人とも誕生日おめでとう(実質今日が二人の誕生日)。
カカサエの誕生日は派手なの多い分、こちらは違った風味でお送りさせていただきましたが……いかがだったでしょうか。
トメに死刑判決をプレゼントしたい方は存分にどうぞ。