カカの天下752「逆転裁判」
あ、あのぅ、トメです……なんだか突然おどおどした声を出してすいません。しかしそれも仕方のないことなのです。えぇと、僕がいま座っているのは自宅の居間のテーブル前、ただそれだけなのですが……
それだけなのですが……
そのテーブルの上で仁王立ちしているのは――
「我こそは裁判官カツコ!!」
だ、そうです。おっさんくさいジャージ姿のくせに何をほざいているのでしょうかこのバカは。
そうツッコみたいです。いつもならツッコんでます。
「ただいまより裁判を行う!!」
しかし、なぜかツッコめません。それは辺りに漂う、異様な雰囲気のせい。場の厳粛な重圧が僕の心を圧迫し、言葉を発することができないのです。さらにビビった身体は勝手に正座で畏まってます。なんだこれ。ここが裁判所だとでも言う気か? 居間のくせに。姉のくせに。
「罪状!」
んっと、姉が何かに怒ってるのはわかる。
「此処に座る笠原トメには!」
でも、何かしたっけ僕。
「カカちゃんに三回もちゅーされた疑いがかかっている!!」
……はい?
「笠原トメ君」
「なんスか」
「君は先ほど、カカちゃんに三回ちゅーされたと聞くが、それはまことか!?」
「ま、まことです」
「判決、死刑」
「なんでやねん!!」
久々にメジャーなツッコミしちゃったよ。
「じゃあ半ケツを死刑。さぁケツをだせ。削いでやる」
「それ結局死ぬから!!」
ケツから血を吹き出して死ぬなんて勘弁してほしい。
「おいジャージ裁判長! 何を聞いたか知らないけど、僕は妹に襲われただけだぞ! なんでそれであんたが怒ってんだよ!?」
「あたしだってちゅーされたいんだよ!!」
「八つ当たりかよ!!」
「うっさい! 妹にちゅーされてんじゃねぇよ変態! あたしも混ぜろ!」
「ならあなたも変態ですよね!?」
「変態上等!!」
そりゃさっきは僕も驚いたけどさ、カカがたまーに甘えてくることはあるし、それは猫みたいな気分的なものであってだな、そんな変態的要素なんて全然ないんだぞ? や、本当に。
「おぅけぃおうけぃ、ならばここで証人喚問したいと思う」
「……なんの証人だよ」
「見ればわかる。さぁどうぞ!」
呼ばれるまで待機していたのか、廊下から居間へと入ってきたのは。
「サラです」
「証人だからしょーちゃんか」
「サラです!!」
「被告に発言は許していない、黙りなさい!」
姉に怒られた……被告って僕のことだよな。
「ではしょーちゃんに質問します」
「サラですってば!」
「カカちゃんに三回もちゅーされたトメをどう思う!?」
「無視ですかぁ!」
「あたしの質問を無視すんな!」
ケンカすんな。
「はぁ……わかりました、証言しますよ」
何言うんだろサラさん。姉の八つ当たりを鎮めてくれるといいんだけど。
「私なんて弟ちゃんどころか妹ちゃんですらちゅーを断られるのに、どうしてくれるんですか!?」
「それも八つ当たりですよね!?」
僕のツッコミは聞き届けられなかったらしく、サラさんは無視。姉はサラさんに向かって深々と頷きやがった。
「よろしい。それでは次の証人だ。サカイちゃん」
「はいー。トメさんは私と同じ保護者、つまりは同士。私と同じようにお風呂を一緒に入ってハァハァしてるに違いない!」
「それはない! ていうかあんたどっから出てきた!」
「よろしい。続いての証人!」
「ゲンゾウ兄弟、セイジだ」
「トウジだぜ」
「何やってんだあんたら!!」
「証人に質問だ。あなたたちは姉にちゅーができますか?」
『気色悪い、勘弁してくれ』
「そりゃそうだろうよあんたらの歳になれば!」
そんな僕の魂の叫びはやっと姉に届いた。
そしたらなんか怒った。
「若ければ許されると!? 若かりし頃の過ちか!! そんな青春を謳歌しているぞと自慢したいのかチミは!? なんだチミは!? なんだチミはってか!?」
最後のは僕のセリフじゃないのか。
「まったくこの男は!!カカちゃんのちゅーがどれだけ大切なものかわかってないね!! めぐまれない子供がどれだけカカちゃんのちゅーを求めているかわかってない!!」
「めぐまれない子供ってエラい限定的なもん求めますね!?」
「めぐまれない子供に愛のちゅーを! 一万超えるけど」
「ちゅーするの大変すぎますね!?」
「その大変なちゅーをおまえは独り占めしたのだ!」
「会話ができているようでできてない!!」
はぁ、はぁ……息切れするほどの大論争。その最中で僕は思いついた。これは裁判、ならば!
「じゃあここで反証に移らせてもらう」
そう、僕のほうだって無罪を主張するために証人を呼べるのだ。
「カカ!!」
「シュバッ!!」
「うお、カカちゃん!? いつの間にクソオヤジの移動術を!?」
や、シュバッて口で言いながら普通に入ってきただけですけどね。
「カカ、今回の裁判をどう思う。おまえが僕にちゅーしたのをみんな怒ってるんだけど」
さぁカカの証言は!
「別にええやん」
「負けたぁぁぁぁ!! あたしたちの負けだぁぁぁ!」
「あんたらここまでやったわりに弱いですね!?」
ま、まぁカカ本人がいいって言ってるんだし、ねぇ。
「誕生日なんだから、そんくらい」
「……へ?」
カカの言葉に、その場にいた全員が呆気にとられた。
「誕生日……? 誰の?」
「トメ兄の」
今日、何日?
あ。あー、あー!!
「僕の誕生日か!!」
忘れてた。すっかり忘れてた。みんなも驚いてる。みんなも忘れてた。なんか寂しいなチクショウ。
「そ。だから三回のちゅーが私のプレゼント。どうだ!」
どうだって言われても喜んでいいんだかどうなんだか……ん。
待て。まてまて。マテマテマテマテ。
「マテマテ? なにその可愛いっぽい生き物」
カカの声は無視しろ。それより大事なことがある。
僕が、誕生日?
つまり。
サユカちゃんも、誕生日?
皆さんは気づいているだろうか。実はカカの寄生ちゅー騒動があったのは夕飯どき。それから一時間ほど経って姉が現れ、裁判騒動となった。姉がどっから聞きつけてきたのか、証人たちはこんな時間にここまで来て何をしているのか、阿呆なのか、頭と体裁は大丈夫か、色々と疑問は増えるが……
大事なのは、今が夜中だということ。
今日がもうすぐ終わるということ。
サユカちゃんの誕生日を、祝う前に終わってしまうということ。
今日が終わるまで、あと二時間。
――どうする?
逆転っていうか別方向な展開になりました裁判。
さーどうするトメ君。時間はないぞ。
……トメとサユカの誕生日、覚えてる人いたかなぁ。いないだろうなぁ。昨日のちゅーはそう思って仕掛けたトラップだったり。