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カカの天下  作者: ルシカ
742/917

カカの天下742「やっぱこれだね!」

 トメです。


 楽しく騒がしいお花見も終わり、今日からはいつも通りの平穏な日々……だったはずなのですが。


「かんぱーい!」


 なぜ僕は飲みに出ているのでしょうか。


「おら、どうしたトメ。乾杯だぞ乾杯」


「あ、ああ」


「それともやっぱり、かんぱいよりおっぱいの方がいいのか?」


「やっぱりってなんだ。そうじゃなくて」


 ビールジョッキ片手に首を傾げるテン。お察しの通り、ここは行きつけの居酒屋『病院』で、テンと二人で飲むことになってたりします。


「なぁテン。僕ら昨日、お花見したよな?」


「してない」


「ええ!?」


「うっそーん」


「飲んでないのにもう酔ってんのかおまえ」


「けけけ、くだらねぇこと聞くから思わずふざけちまったんだ」


 くだらなくないってばさ。


「僕ら昨日、飲んだよな。たらふく」


「おうよ、おかげで今日は二日酔いだったぜ。学校で吐いたぜ」


「……おいおい」


「心配すんな。ちゃんと出張中の教頭の机に吐いといたから」


「……おいおいおいおい」


「うっせぇな。何が言いたいんだよ」


「こんなに連日飲んでいいのか!?」


「いいじゃん」


「い、いいのか……そうか……」


 身体に悪く……ない、か? そっか、毎日酒浸りってわけじゃないし、僕らぐらいの歳なら二日連続なんか珍しくない、か。


「いいから乾杯すっぞ。オレはいつまで腕を上げてりゃいいんだ?」


「あ、ああ悪い! 乾杯!」


 変に律儀なとこあるよなぁなんて思いつつ、キン、とグラスを合わせ、二人揃ってぐいっとビールを喉に流し込む。


「んめぇ! 昼から飲むビールも格別だったが、やっぱこれだよなぁ!」


「確かにな。昨日のビールは美味かった。僕も飲みすぎちゃったし、だからこそ今日は控えたかったんだけど……」


 なんとなく話を蒸し返してみると、テンは偉そうに教師ぶって「あー、これこれトメ君?」などと口を開いた。


「いいですか? 私はさっきこう言ましたね」


「久々に見た猫かぶり。それ、お偉いさん相手の教師モードか?」


「うっせぇ黙って聞け。コホン……えー、私はさっきこう言いましたね? 昼に飲むビールは格別と」


「うむ、紛れもなくのんべの言葉だ」


「黙れっつってんだろが。あー、格別って言ったよな? 格別、つまり別、さらにつまり……あれはあれ、これはこれ、なのだ! ビールうめぇ!」


 結局それかい。カカや姉みたいな理論展開だな。


「テン、おまえ二日酔いだったんだろ? その割には遠慮なく飲むなぁ」


「ああ……朝は辛かった。頭がガンガンして、寒くて、思わず朝のテレビに映ってたアナウンサーに怒鳴り散らしちまったぜ」


「それはうざい」


「そしたら自分の声が頭に響いてもっと痛くなってよ」


「それは阿呆だ」


 んぐんぐ。ビールうまー。つまみ何にしよっかな。


「本当に辛かった。泣きそうだった。そんなときに思い出したんだ、おまえのことを」


「あ?」


「この苦しみから助けてほしい……なんて、思ってさ」


 テンは恥ずかしそうに笑っている。なに、言ってるんだ、こいつ。


「ずっと……仕事中も、おまえのことをずっと考えていた。頭から離れなかった。今すぐにでも会いたい、でもそういうわけにはいかなかったんだ……大人、だからな」


 憂いを秘めた瞳。


「でも、ようやく会えた」


 熱い、視線。


「そして今なら言える」


 酔いだけではなく頬を染めながら、彼女ははっきりと言った。


「オレはおまえが大好きだ」


 僕はこんなテンを初めて見た。


 そう。


「ビールに話しかける女なんか初めて見た」


「愛してるぜビールー!! おまえ最高! んぐんぐんぐ! っぷはぁー! おっかわりー!」


 二日酔いの時点からすでに迎え酒に想いを馳せるとは。のんべだのんべ。わかりやすいのんべだ。こいつをモデルに飲みすぎ防止のポスターでも作ったらどうだろう? や、待て。そんなの見たら逆に無茶して飲みたくなってしまう。だってやたら楽しそうだし。


「あん? なんだよ変な顔して。あーはいはい、トメも愛してるよ」


「取ってつけたようなお言葉どうも。それで、つまみは何を頼む」


「でもよー、ユカちゃんはどうなんだろ。まだトメのこと愛してんのかね?」


「それはないだろ。ともかくつまみ」


「何!? 愛してもいない女をつまむのか! いやらしい!」


「おまえもう酔ってるのか」


「いやぁ、二人だけで飲むのも久々だからよ、なんか楽しくて」


 ん、そういえばそうか。なら僕も楽しむことに異論はないんだけど。


「まぁまぁ、初恋の相手が同じモン同士、仲良くしようぜ」


「は?」


「トメの初恋って姐さんだろ? オレもオレも」


「マジで? っていうか、どっから聞いたその話!?」


「いやらしい!」


「何を聞いたぁぁぁぁ!?」


 そのとき、近くを通りがかった店員さんが足を止めて、こう言ってきた。


「はい! 『いやらしい!』をご注文ですか?」


『あるの!?』


 メニューを見る。あった。魚料理の欄に。『いやらしい!』っていう料理が。


 さらにたまたま通りがかった院長店長が、


「新メニュー、だ」


 なぜかちょっと頬を染めながら言った。なんだこの店。『病院』で『いやらしい』とは、なんとも恥ずかしい組み合わせだが……頼むやついるのか?


「おう! 『いやらしい!』をたっぷり頼む!」


「かしこまりました」


「とびっきりいやらしくな!」


「はい、エロエロで」


「そう、エロエロで!! うひゃひゃひゃ!」


 いた、しかも超ノリノリで頼むやつが。


「ファーストオーダー、いやらしいがエロエロで入ります!!」


「今の店員の、聞いたかトメ!? エロエロで入るんだとよ! どこに入るんだろうな!?」


「ええい、おまえはオヤジか男子高校生か!?」


 こういう客狙いか。なるほど、この料理は売れそうだ。やるな病院、見事な商売戦術だ。




 その後、テーブルに置かれた料理だが。


 確かにいやらしかった、とだけ言っておく。


 酔ったテンは大爆笑してたが。

 



 トメテン成分が足りないと抗議があったのと、テンちゃんが酒をよこせーとうるさいのでこんな話となりました。

 ああ、それにしても酒が飲みたい……とか私が思ったのが発端ではないですからね!

 ほんとですから!



 ……だって今から飲むし。てへ。

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