カカの天下742「やっぱこれだね!」
トメです。
楽しく騒がしいお花見も終わり、今日からはいつも通りの平穏な日々……だったはずなのですが。
「かんぱーい!」
なぜ僕は飲みに出ているのでしょうか。
「おら、どうしたトメ。乾杯だぞ乾杯」
「あ、ああ」
「それともやっぱり、かんぱいよりおっぱいの方がいいのか?」
「やっぱりってなんだ。そうじゃなくて」
ビールジョッキ片手に首を傾げるテン。お察しの通り、ここは行きつけの居酒屋『病院』で、テンと二人で飲むことになってたりします。
「なぁテン。僕ら昨日、お花見したよな?」
「してない」
「ええ!?」
「うっそーん」
「飲んでないのにもう酔ってんのかおまえ」
「けけけ、くだらねぇこと聞くから思わずふざけちまったんだ」
くだらなくないってばさ。
「僕ら昨日、飲んだよな。たらふく」
「おうよ、おかげで今日は二日酔いだったぜ。学校で吐いたぜ」
「……おいおい」
「心配すんな。ちゃんと出張中の教頭の机に吐いといたから」
「……おいおいおいおい」
「うっせぇな。何が言いたいんだよ」
「こんなに連日飲んでいいのか!?」
「いいじゃん」
「い、いいのか……そうか……」
身体に悪く……ない、か? そっか、毎日酒浸りってわけじゃないし、僕らぐらいの歳なら二日連続なんか珍しくない、か。
「いいから乾杯すっぞ。オレはいつまで腕を上げてりゃいいんだ?」
「あ、ああ悪い! 乾杯!」
変に律儀なとこあるよなぁなんて思いつつ、キン、とグラスを合わせ、二人揃ってぐいっとビールを喉に流し込む。
「んめぇ! 昼から飲むビールも格別だったが、やっぱこれだよなぁ!」
「確かにな。昨日のビールは美味かった。僕も飲みすぎちゃったし、だからこそ今日は控えたかったんだけど……」
なんとなく話を蒸し返してみると、テンは偉そうに教師ぶって「あー、これこれトメ君?」などと口を開いた。
「いいですか? 私はさっきこう言ましたね」
「久々に見た猫かぶり。それ、お偉いさん相手の教師モードか?」
「うっせぇ黙って聞け。コホン……えー、私はさっきこう言いましたね? 昼に飲むビールは格別と」
「うむ、紛れもなくのんべの言葉だ」
「黙れっつってんだろが。あー、格別って言ったよな? 格別、つまり別、さらにつまり……あれはあれ、これはこれ、なのだ! ビールうめぇ!」
結局それかい。カカや姉みたいな理論展開だな。
「テン、おまえ二日酔いだったんだろ? その割には遠慮なく飲むなぁ」
「ああ……朝は辛かった。頭がガンガンして、寒くて、思わず朝のテレビに映ってたアナウンサーに怒鳴り散らしちまったぜ」
「それはうざい」
「そしたら自分の声が頭に響いてもっと痛くなってよ」
「それは阿呆だ」
んぐんぐ。ビールうまー。つまみ何にしよっかな。
「本当に辛かった。泣きそうだった。そんなときに思い出したんだ、おまえのことを」
「あ?」
「この苦しみから助けてほしい……なんて、思ってさ」
テンは恥ずかしそうに笑っている。なに、言ってるんだ、こいつ。
「ずっと……仕事中も、おまえのことをずっと考えていた。頭から離れなかった。今すぐにでも会いたい、でもそういうわけにはいかなかったんだ……大人、だからな」
憂いを秘めた瞳。
「でも、ようやく会えた」
熱い、視線。
「そして今なら言える」
酔いだけではなく頬を染めながら、彼女ははっきりと言った。
「オレはおまえが大好きだ」
僕はこんなテンを初めて見た。
そう。
「ビールに話しかける女なんか初めて見た」
「愛してるぜビールー!! おまえ最高! んぐんぐんぐ! っぷはぁー! おっかわりー!」
二日酔いの時点からすでに迎え酒に想いを馳せるとは。のんべだのんべ。わかりやすいのんべだ。こいつをモデルに飲みすぎ防止のポスターでも作ったらどうだろう? や、待て。そんなの見たら逆に無茶して飲みたくなってしまう。だってやたら楽しそうだし。
「あん? なんだよ変な顔して。あーはいはい、トメも愛してるよ」
「取ってつけたようなお言葉どうも。それで、つまみは何を頼む」
「でもよー、ユカちゃんはどうなんだろ。まだトメのこと愛してんのかね?」
「それはないだろ。ともかくつまみ」
「何!? 愛してもいない女をつまむのか! いやらしい!」
「おまえもう酔ってるのか」
「いやぁ、二人だけで飲むのも久々だからよ、なんか楽しくて」
ん、そういえばそうか。なら僕も楽しむことに異論はないんだけど。
「まぁまぁ、初恋の相手が同じモン同士、仲良くしようぜ」
「は?」
「トメの初恋って姐さんだろ? オレもオレも」
「マジで? っていうか、どっから聞いたその話!?」
「いやらしい!」
「何を聞いたぁぁぁぁ!?」
そのとき、近くを通りがかった店員さんが足を止めて、こう言ってきた。
「はい! 『いやらしい!』をご注文ですか?」
『あるの!?』
メニューを見る。あった。魚料理の欄に。『いやらしい!』っていう料理が。
さらにたまたま通りがかった院長店長が、
「新メニュー、だ」
なぜかちょっと頬を染めながら言った。なんだこの店。『病院』で『いやらしい』とは、なんとも恥ずかしい組み合わせだが……頼むやついるのか?
「おう! 『いやらしい!』をたっぷり頼む!」
「かしこまりました」
「とびっきりいやらしくな!」
「はい、エロエロで」
「そう、エロエロで!! うひゃひゃひゃ!」
いた、しかも超ノリノリで頼むやつが。
「ファーストオーダー、いやらしいがエロエロで入ります!!」
「今の店員の、聞いたかトメ!? エロエロで入るんだとよ! どこに入るんだろうな!?」
「ええい、おまえはオヤジか男子高校生か!?」
こういう客狙いか。なるほど、この料理は売れそうだ。やるな病院、見事な商売戦術だ。
その後、テーブルに置かれた料理だが。
確かにいやらしかった、とだけ言っておく。
酔ったテンは大爆笑してたが。
トメテン成分が足りないと抗議があったのと、テンちゃんが酒をよこせーとうるさいのでこんな話となりました。
ああ、それにしても酒が飲みたい……とか私が思ったのが発端ではないですからね!
ほんとですから!
……だって今から飲むし。てへ。