カカの天下734「正しい言葉の伝え方」
こんにちは、サエですー。
もう四月。春休みに入り、桜の開花宣言もされて、来たるべき春に備えてうっきうきですー。
「クララちゃんの桜はどんなもんですかー?」
ぽかぽか陽気の下を散歩中、隣を歩く桜の精さんに声をかけます。
「はい! 蕾をたっぷりつけてるので、満開になったらきっとすごいですよ!」
去年、枯れかけてしまったクララちゃんの桜。密かに回復したものの、その事実はもっとも伝えたい相手には未だ明かしていませんでした。
「校長先生は、まだ気づいてないのー?」
「はい! なんだかお仕事で県外に行ってるみたいで。でも今日には帰ってくるって教頭が言ってました!」
教頭に聞いたってこと? 以外と学校に馴染んでるねークララちゃん。
「じゃーそろそろ学校に来てるかもね。迎えにいこっかー」
「はい! それでですね、クララの満開のときに公園に呼ぶのです! でも途中で来られたらクララしょっくですので」
「うん、そこはうまく誘導しよー」
適当に用事を作るように根回しできればいいんだけど、うちのお母さんのコネでそんな感じのことできないかなーなんて。
そのときは、思ってたんだけど――
「――あら、おほほ。お久しぶりね、サエさん。クララさん」
「二人のお嬢さんにわざわざ迎えられるとは、校長もやりますな」
タイミングはビンゴ。帰ったばかりの校長先生は、ちょうど職員室でデストロイヤー教頭と先の出張先について談笑中だった。
「こーちょー!!」
そして突進していくクララちゃん。
「おほほ!!」
迎え撃つ校長! いや、クララちゃんを抱き止めるだけだけどー。
「こーちょー! こーちょー! こーちょー!」
「おほほ」
「こちょこちょこちょこちょこちょ!!」
「おほほほほほほほほほほほほほほ!!」
……大丈夫ですかー、お二人とも。
「うむ、楽しそうで何より。まるで本当の親子のようだ!」
「教頭、それ本気で言ってますー?」
「無論だ。親子ならあれくらいするであろう」
そ、そうなの? じゃあ私もお母さん相手に突進してこちょこちょしないといけないのかな……今度やってみよう。
「お帰りなさいです、校長!」
「お出迎えありがとうね、クララさん。でもわたくし、すぐに発たないといけませんの」
クララちゃんの表情が、固まった。きっと私も同じ顔をしている。
「えい!」
クララちゃんは頑張って校長先生の少し曲がった背中を伸ばそうとしました。なんだか無理やり伸ばされて苦しそうに見えますけど、校長先生は眉一つひそめることなく笑って、
「おほほほ、立つ、ではなくて発つ――また県外に行かなければならないということですよ」
校長先生は、申し訳なさそうに、笑って。
「いつですか!?」
「今晩には出ます……おほほ、そんな顔をしないでクララさん。二週間後には帰ってきますよ」
二週間。
その前に、花見の満開の時期は、もう――
「きゅららしょっくです!」
噛んでしまうほどにショックだったんだろう。
悲しませてしまったお母さんに、満開に咲いた桜の姿で再会しよう……そう思って一年間、クララちゃんは待ち続けてきたというのに。
「…………!」
クララちゃんは言えない。満開の時期に、あの桜の木のところへ行ってと言いたいのに。自分が桜だと、普通の人には、何の力も持たない普通の大人には知られてはいけない――精である以上、その自然のルールには逆らえないから口にできない。
「じゃ、じゃあ、せめて」
私はクララちゃんの口を塞いだ。
言おうとしたことはわかってる。「せめて今日だけでも、あの桜の元へ行ってあげて」と。満開の時に会えないのなら、蕾をたくさんつけた姿を。まだまだ自分は生きているのだと証明できる姿を見せようとしたのだろう。
でも、こんなに待ったんだ。せっかくなら満開のときに会わせてあげたい、そのほうが絶対に桜として本懐なはずだ!
クララちゃんが私を見上げてくる。その目を見つめる。それだけでお互いの意図は伝わった。
――どうする?
「ちょっと、待っててください」
訝しむ校長と教頭を置いて、私とクララちゃんは職員室を出た。少し離れた廊下の角を曲がり、そこで携帯を取り出す。
すぐに頼みの綱のお母さんにかけた。なんか裏っぽい取り引きとかしてもらって、校長先生の出張をなくしてしまえば。
それが悪いこととはいえ、ダメ元で相談するつもりだった。
でも本当にダメだった。お母さんは仕事中で出られなかったから。
「サエおねーちゃん……」
どうする、どうする、どうする。時間がない。
嫌がらせして出張できないようにする? いいや、私みたいな子供にできる悪戯なんてたかが知れてる。いくら裏に手を回しても、子供の力で桜が満開になるまでの数日間を邪魔し続けるなんて不可能だろう。
いつもいつも変なところで頭が回るくせに、こういう肝心なときに限って何も浮かばない。
助けて。誰か助けて。
お母さんがダメなら。
私をいつも助けてくれる人は――
「……あ」
いる。
忘れていたわけじゃない。忘れるはずはない。いつもいつも、どんなときだって私を助けてくれる人。でも自分と同じ子供な彼女に話して、今回の話が解決するのだろうか?
どちらかというと、そのお兄さんの方が知恵を貸してくれるのでは?
そう、思いつつ……私は、やはり最初に親友を頼った。
「もしもし、カカちゃん? あの」
そして、それは正解だった。
「校長! お願いがあります!!」
「おほほ、なぁにクララさん。改まって」
カカちゃんに、その作戦を聞いて。
私たちは再び、校長先生と教頭の前に立っていた。
「あの……」
作戦がうまくいくかはわからない。
むしろ、うまくいかない可能性のほうが高いと思う。私が絶対に思いつかない作戦だ。でもカカちゃんは、それしかないと断言した。
「あの……!」
それを、信じた。
「出張に、行かないでください!!」
「……はい?」
直球に。これ以上ないほど素直に。クララちゃんはそのお願いを口にした。
「行かないでほしいんです!! あと一週間だけ! あと一週間だけ、この街に居てくれないでしょうか!!」
あまりにも無理な注文。
「……なぜ?」
困惑しつつも優しく聞いてくれる校長先生、しかしクララちゃんの返答は。
「言えません!!」
またもや正直なものだった。
「でも、お願いします! あと一週間だけ、ここに居てください!!」
これは、ただの、駄々っ子だ。
理由は言えない、でもこうしてほしい。それを真っ正直に伝えることこそが、駄々をこねることこそが、カカちゃんが発案した作戦だった。
「……クララ君? 悪いけどね、私たちもお仕事なんだ。理由もなしに、これまで計画されてきた行事を放棄することはできないんだよ。わかるね?」
「わかりません!!」
聞き分けのない言葉。
「お願いします!」
身勝手な言葉。
「……ひっく……おね、がい……します……!」
涙も鼻水も隠さない、感情をむき出しにした言葉。
「クララさん」
「ひぐ……うぐ……うぅぅ……」
子供の、言葉。
「わかったわ」
それが、届いた。
「校長!?」
「教頭先生、あなたが代わりに出張に行ってもらえますか?」
「しかし、私では先方が納得しな――」
「させます」
大人の都合をあっさりと一蹴して。
「クララさん、わたくしはここに残って、どうすればいいのかしら」
「くりゃりゃと……い、いっひょに、おはなみ」
涙でぐしゃぐしゃなクララちゃんの顔を胸に抱いて、校長先生は頷いた。
「一緒にお花見に行きたいのね……うん、楽しそうね……わたくしも行きたいわ……よしよし……よしよし」
優しく、穏やかに。幸せそうに。泣きじゃくる子の背中をさすり続ける校長先生は、まるで本当の母親のよう。
私の、クララちゃんの望んだ光景がそこにある。
「カカちゃん……ありがとう」
すごく悩んだ、これでもかと頭を捻って考えた。どうすればうまくいくのかと。
でも、考えないからこそ伝わることがあるのだと、私は改めて知った。
そう、知っていたはずなのだ。だって私の親友は、いつだって何も考えずに周囲に春を撒き散らしてきたのだから。
もうすぐ、春が来る。
だってここはもう、こんなにも温かい――
色々な言葉の伝え方があります。
でも、率直な言葉が一番大事だと思います。
……まあ、大人の都合ってもんをどうにかするのは大変ですが。それに見合うものがあれば、頑張るべきだと思います。校長がんば!
しかし最近咲き始めた桜の花……和む……