カカの天下721「ラウンド2、げーむせっと」
「う、嘘って……何が!?」
ど、どうも。首に手が伸びてきて色々と覚悟してたのがスッポーンと何処かへ飛んでいってしまった感じのトメです。
しかし当のユカは意地悪そうに笑っていて、
「だーから、全部よ全部」
全部……
全部ってことは、最初から最後までってことだろ? 最初……最初ということは!
「ユカ、まさか君は女じゃなかったのか!?」
「どこまで全部なのよ!! んなわけないでしょ!」
「じゃあ君は……本当はユカじゃなかったりするのか!?」
「そこは本当よ!」
「じゃあじゃあ! あのとき付き合ってほしいって言ってきたのが嘘か!?」
「あーあー! あんたいつからボケ役になったのよ! あんな恥ずかしいこと言っておいて嘘なわけないでしょ!? 嘘っていうのは、事故に遭ってから先のことを言ってるの!」
そ、そうなのか。や、だってさ、ここまできて嘘なんて言われたら動揺するじゃん。全部って言われたら全部って思うじゃん。
「あんたさ、ワタシが歩けなくなったって知ってたわよね?」
「あ、ああ。半身不随だろ?」
「半身不随が治るわけないでしょ」
……え? だって今、ユカ、立ってる、ぞ?
「半身不随ってのはね、脊髄に損傷を負った人がなるもんなの。脊髄の治療法はほとんど見つかってないから、不随って言葉のつく症状は治る見込みがないわ。半身が動かなくなるほど大きな損傷なら、なおさらね。それが奇跡的に歩けるまで治ったら……大騒ぎよ? 世界中の医者が放っておかないわ」
開いた口がふさがらない。その奇跡的に治ったはずのユカの周りで大騒ぎなんか起きてないし、それでも普通に歩けてるから、つまり?
「大体ね、もし治ったとして、数年間も使ってなかった筋肉がいきなり動くと思う? 一体どんな魔法なのよそれは」
魔法……そう、だよな。たしかに。
「ていうか車椅子ってもんがあるんだから、たとえ動けなくても病室に閉じこもりっきりになるわけないでしょうに」
でも!
「僕は確かに聞いたぞ! あのとき病院で、ユカが歩けなくなったって! 医者だって――」
「歩けなくなったのは本当よ? でも誰が半身不随なんて言ったのかしら」
は? 事故で背中を打って半身が動かなくなったんだから、半身不随じゃないのか。
「ワタシは頭も打ったでしょ?」
「それでそんな性悪に」
「黙れ。あんた意外と余裕あるじゃない」
すみません、ツッコミ染み付いてますんで。
「人はね、脳出血による半身麻痺っていう症状もあるのよ。あのときの事故でワタシが負ったのはそれ。症状とリハビリ次第で、走れるようにはならなくとも普通に歩くくらいは回復する症状よ。実際、ワタシは二ヶ月くらいで回復したしね」
「……じゃあ、それからは」
「普通に生活してたわよ? 向こうの学校いって、普通に友達作って、普通に就職して。あー、でも恋愛ごとで吹っ切れたおかげか、さばさばした性格になっちゃって前より友達できたわね。ノリで髪も染めちゃったし」
「病院に、ずっといたって」
「最近まではいたわよ? 風邪で」
「かっ!?」
「うん。たまにこの県に遊びに来たらひいちゃってさぁ。こっちの家はなくなってたし、ついでに病室を宿代わりにして滞在してたのよ。タケダ医院とは顔見知りだしね。そしたら途中でインフルエンザなんかもらっちゃって、オチビちゃんたちとは面会謝絶になったりしたけど」
オチビって、クララちゃんとタマちゃんのことだよな。
「そんなわけで、あの事故の後もワタシってば意外と楽しい人生送ってたのよ。走れなくはなったけど、もともと走るの嫌いだから別に構わないし。額の傷も整形いったら治ったし。あんたを恨む理由はほとんどないのよねー実は」
腑に落ちない。
しかし言われれば思い当たる節はある。筋も通っている。しかし理解できない。
「なんで、そんな嘘を」
一生の傷を負わせてしまったと悔やんだ。そりゃ走れなくなったのは同じだけど、あれからもユカは歩くことができていて、きちんと楽しい人生を歩んでいたと知れたなら、どんなに安心できたことか。
そんな僕の非難の声に、ユカはたった一言であっさりと応えた。
「嫌がらせよ」
意地悪げな笑みを一層、深めて、
「これは単なる嫌がらせ。うまくいかなかった恋愛の八つ当たり」
そして、緩めて、
「ワタシ、馬鹿だったよね――トメ君は私が救ったんだって、いい気になってた。これで感謝してもらえる、ずっと自分のことを想ってもらえる、そんなヒーロー気分でいたの。あ、ヒロインか」
久々に見る、柔らかい笑顔で告白する。
「トメ君は謝ってくれたね。必死で。それを見たら私、自分が情けなくなっちゃって。この人はすごく傷ついたのに、なんで私は気分をよくしてたんだろう。なんで私は、これでトメ君は私のものだ、なんて、もっと思っちゃったんだろう」
でも、どこか泣きそうな声。
「足が動かない、なんて。治るのに、治らないみたいな言い方をわざとして、もっと気を引いて、もっと好きって言ってもらって――そんな自分の汚さに我慢できなくて、結局はあなたと離れた。これはあなたのため、なんて、格好いい言葉を振りかざして」
結局は、綺麗な自分でいようとするための汚い行動だったのだと、ユカは独りで懺悔した。
「そ、っか。やっぱり」
あれからずっと心を学んで、大人になって。
出した結論は正しかった。
「子供だったんだよな、お互い」
「あー……悔しいけど、その通りね」
未熟だらけの恋だった。
その恋は最後まで熟さなかったけど。
「――あーあー、安心した。そっか、元気でやってたんだ、おまえ」
「――あーあー、すっきりした。そうよ、元気元気。あんたの落ち込んだ顔みてさらに元気になったわ」
「なんだそれ」
「嫌がらせ、だーいせーいこー」
こうやって笑いあえるのなら、これはこれで、いい恋だったのではないだろうか。
「ほい」
「おっと?」
ぱし、と反射的に受け取ったのは見慣れた包み。コンビニ辺りで売っていそうな、赤いラップに黄色いリボン。
「さっき出会い頭にあげたチョコさ、クララちゃんが買ってきたやつだったのよ。人からもらったものをあげるのもどうかと思ってね、改めて買ってきた。あげる」
「これ……まさかチョコ?」
「もちろん義理よ! それともチョコはお腹いっぱいかしら?」
「……や、ちょうど、数口しか食べれなくて物足りないと思ってたところだ」
「ならよし!」
用事は終わりとばかりに踵を返すユカ。多分照れてる、絶対照れてる。彼女の嫌がらせに振り回され、嫌な想いはたくさんしたかもしれない。それでも、こうやってわざわざチョコを買いに足を運んでくれたりする優しさが嬉しい。あのころの恋心はさすがにもうないけど、昔の馴染みというだけで、人はなんでも許せてしまうのかもしれない。
「また来――」
いよ、と言おうとしたとき。
「っ!?」
ガクリ、とユカの膝が曲がった。崩れた体勢、近くにあった壁にしがみついて耐えるその姿は、まるで、脚に力が入っていないように見える――
「お、おいユカ?」
「あー、大丈夫大丈夫。さっきチョコ買いにいくついでに薬も飲んでさ。熱っぽかったから……インフル治っても風邪は治ってないみたいでさ、うん。ちょっと強い薬で、ふらっと」
「……本当か」
「なに」
「まさか、おまえ、今のが嘘で、本当は」
やはり半身が動かなかったのが、奇跡的に治ったんじゃないのか?
そうだ、治らないものが治る奇跡があるんなら、使ってない筋肉がいきなり動く奇跡だっておまけで付いてきてもいいはず。この最後の嘘こそが、僕の心を助けるための大嘘で――
「あー、狼少年の嘘ね。ワタシの言葉はみんな嘘かぁ」
「や、だってさ! もし嘘なら」
「もし嘘なら、誰か幸せになれるの?」
言葉に詰まる。
そうだ、さっき救われたのは誰だっけ?
「この真実の何が悪い? 何か悪いなら、あんたが正しいことを言ってみろ!」
何も言えない。これ以上にいい真実なんてないんだから。
事実を受け止めるのが大人だ。
しかし、「これが真実だ」と断言する大人を認めることも、また大人なのだ。他人には他人の事情がある。そしてその他人が、大人として、自身を、事情を「真実だ」と象徴するならば、誰にも文句は言えないのだ。
それは、その人が決めた真実なのだから。
「……一人で、帰れるか?」
「帰れるわよ。子供じゃないんだから」
あくまで意地をはるユカに苦笑する。こんな子だとは思わなかった。こんな面をあの頃に知れたら、もっと何か変わっていただろうか?
「また、来いよ」
言えた。
いろんな事を置き去りにして、ただこれだけが言いたかった。
「うん」
そしてユカは頷いてくれて。
僕らはまた会うだろう。そして喧嘩になるだろう。今日のやりとりだけで予想がつく。それはなんだかんだで、きっと楽しい。
それでいい。細かいことは置いておこう。
曖昧でいいのだ。はっきりさせる必要なんてないのだ。
だってお互いが「それでいい」と言っているのだから。
「あの……一人で帰るって……わし、完全に忘れられてるぞぃ」
「仕方ないよおじいちゃん。私ら今回は空気だったし」
「うーん、勉強になりましたー。人の騙しかた」
「いやぁ、いい試合でした!」
「……約二名、マイペースに楽しんでたのがいるわねっ」
「オレあんまし納得いかねぇな……結局はどっちなんだ? 白黒つけてぇ。こればっかりは性格か」
「んだね。とにかく試合終了! 勝者は……誰?」
「……いいんですか? あれで」
「あら、クララちゃん。いたんだね」
「ええ、こっそり覗いてました」
「気づかなかったわ」
「クララ魔法使いですから」
「あーあー、それっぽいそれっぽい! クララちゃんって魔法使い似合う! 神出鬼没だし、三角帽子とか似合いそー!」
「それで本当にいいのですか?」
「何がかしら」
「クララの魔法のことです」
「何か、魔法をかけてくれたの?」
「……病室、ずっとベッドから下りませんでしたよね」
「歩くの面倒くさくてね」
「普通に楽しんで生きてる人に、なんでわざわざ思い出のパンツが届けられたのでしょうか?」
「トメが恋愛恐怖症になってるから、それを克服させるために戻ってきてくれーって呼びたかっただけじゃないの? あれトメの親の仕業だろうし」
「一時期、クララたちと面会謝絶になったのは、手術してたのでは」
「んーん? インフルエンザが発覚したから、誰にも会わずに菌を殺すため」
「クララたちが病室に入ったとき、すごく驚いた顔で『治った……』って言ってましたよね?」
「思いのほか早く治ったから、びっくりしちゃって」
「…………」
「他に何かある? 小さな魔法使いさん」
「……いえ」
「そか、よしよし。ところで魔法使いさん?」
「なんでしょう」
「あなたの魔法はなんなのかな」
「……クララ悩みます」
「ふふ、なんで?」
「言い回しが難しいのです……よし、こうしましょう!」
「おー、ぱちぱちぱち」
「バレンタインに幸せを――これがクララの魔法です」
「うん、いいんじゃないかな。それで」
「トメ兄、大丈夫?」
「うー……疲れた……チョコ食って疲労回復」
「いろいろあったバレンタインだったねー」
「なぜだろう……なんかもう一ヶ月近くバレンタインを続けている気がする」
「そんなに疲れたんだね」
「んむ……回復回復」
「一ヶ月かぁ……じゃあもうすぐホワイトデーだね!」
「はえぇよ。勘弁してくれ」
何かと白黒はっきりつけたがる人がいます。
細かいことを気にしすぎて、全体を見れない人がいます。
過ぎたことに拘って、進めない人がいます。
全て昔の私です。
何かあったとき、自分にとって大事なことは何なのか、ここをこうすればうまくいくんじゃないか、ここは気にしなくていいのではないか。
考えることの連続です。でも人間は欲張りですので、全て考えたくなってしまいます。でも人間、そんなに器用にはできていません。
考えるべきことと、考えなくてもいいこと。それをきちんと自分で選んでいかないと、脳みそがパンクします。それに気づくことができたものの実践できているかは別の話……日々精進ですな。
そんな葛藤を元に今回の話を書きました。何が真実とは書きません。でも、それでいいと思いませんか? 所詮は過ぎたことなのですから。今回のことでトメが気持ちに整理をつけて、恋愛する気になれれば御の字です。
ところで。
過去編なげーよ(自分に文句
気がついたらもうすぐ一ヶ月だぁよ。うわ普通のコメディ話書いてないだぁよ。ホワイトデー間近だぁよ。感想返信しないとだぁよ。
風邪も治ったんで、色々と頑張りますかね笑
ではでは、長々とお付き合いいただきありがとうございます^^明日からはまた普通のカカ天に戻りますねー!