カカの天下717「過去、終わりの時間」
初めてのプレゼントを渡しあってから数日。
僕たちはいつものように一緒に登校して、一緒に休み時間を過ごして、一緒に放課後を満喫して、今までと変わらない日々を送っていた。
それでも、確かに何かが通じ合った気がした。お互い口にはしないし、なんて言い表したらいいのかわからないけど。そうだ、なにより――僕の姉妹によるヘンテコな乱入を笑って受け流せるようになったのが、その証拠だと思う。
え、何の証拠にもなってない? すごいんだぜ、アレを受け流せるようになるってことは。
ともかく、何もかもうまくいき始めた最初の週末。僕は屋上に呼び出されていた。ペンダント記念日(勝手に名づけたフフフフ)にも口にしていたけど、ユカは告白したいことがあるそうだ。
何を告白するんだろう……告白って聞いて真っ先に思い浮かぶのは「好き!」とかいうやつだけど、僕はもう聞いてるし……ま、まさか!
突然のお別れ宣言!? 『ごめんなさいトメ君。私、本当はこの人が好きなの』的な!? 一度不安に駆られると妄想は進んでいく。もしももしも、その相手が――
『私、友人A君のことが好きになっちゃったの!』
『な、なんでそんなやつを!?』
『だって名前が無いなんて可哀想だもの』
うあああああああ! 行かないでくれ!! よりにもよってそんな理由で! ユカがそういう女の子じゃないとわかっている、わかっているけど嫌な想像が膨らんでいく。嫌だ、やめろ、なんて顔してるんだ友人A、おまえはケモノかケダモノか! ユカに手を出すな、出したら今すぐぶっ飛ばしてやるぞ!
「おまたせ」
「YOU! JIN! A!?」
「なに言ってるのトメ君」
ぼ、僕としたことが、取り乱しました……
「もしかしてカカちゃんがうつった?」
「ぐ。ユカも言うようになったねぇ」
「ふふ、だって毎日のように会ってるんだもん」
確かに毎日乱入してくるけどな、あの二人は。しかし可愛い笑顔しちゃってまー。
「……それで、告白したいことって?」
「あー……あ、こほん」
ユカは一つ咳払いして、言った。
「好きな人が、できました」
友人A殺す。とても無残に殺す。
「その人は、特別に目立つわけでもなくて、どっちかというと地味な人。でも間違いなく優しい人」
……ん? 僕の妄想通りの展開じゃないのか。
「何の取り得もない私ですけど、好きになってしまいました」
これって、ええと?
「トメ君、私はあなたが好きです――この贈り物と一緒に、どうか私の気持ちを受け取ってください」
僕は呆けたまま、差し出された包みを受け取っていた。
「……えと?」
「あはは、トメ君おもしろい顔してる」
そりゃするだろう。
「告白のね、やり直しをしたかったの」
――思い出す。ユカの告白を。何か言おうとして、でも言えなくて、結局泣き出してしまったあの時のことを。
「本当はね、このプレゼントと一緒に、こんな告白をしたいなって思ってたの。でもできなくて……」
そう、か。それができるようになったから、やり直してみたかったと。
つまり、内気なユカがそれを言えるようになるくらい、僕らは近づいたってことだ。それを理解すると俄然嬉しくなる。
「そっか。や、照れるけど嬉しいもんだな、あはは……どれどれ、これは何なのかな?」
僕はうきうきしながら包みを開ける。
「……なにこれ」
「ぱ……パンツ」
「な、なんで?」
「あ、あー……あの、去年の、十一月に、寒いなー毛糸のパンツとかほしいなーってトメ君が言ってたのを聞いたから……」
そんなこと言ったっけ? んー……あーっと、友人Aとバカ話してるときに言った、かな。あれ冗談のつもりだったんだけどな。
「だから、それが告白のきっかけになると思って!」
……パンツが?
「実はパンツと一緒に告白するつもりだったの! パンツ告白なの!」
初めて思った。この子おもろい。
「でもね、私、編みものが苦手で……本当はクリスマスに告白するつもりで作ってて、間に合わなくて、バレンタインで告白することにして、でもできなくて、結局いつまでもできなかったから、もういいやって告白しちゃったんだけど」
けっこー思い切りがいいね。
「それから二ヶ月以上頑張って、ようやくできたの!」
どんだけ手の込んだパンツなんだ。
「だから、付き合ってからの最初のプレゼントにしようと、思ったんだけど、先を越されちゃって、がっかりしたんだけど」
最初のプレゼントがパンツって嫌だなぁ。あ、や、でも、それが彼女からなら……そんな嫌でもないかな、うん。そうだ、パンツはいつも身につけるものだし。きっと彼女を思い出すたび、パンツを装着した下半身が温かい気持ちになるに違いない。
「でも、できたから。はいプレゼント!」
「ありがとう!」
僕は喜んでそれを受け取った。
帰りになんとなく友人Aを殴ってから、ユカと一緒に帰った。寄り道して遊んだりもした。家に帰って、今日あったことを振り返って、一人でニヤニヤしていた。
そして翌朝。
ユカが待ち合わせ場所に立っている。
僕の彼女。
僕の自慢の彼女。
守りたいと思った。高校生にできることなんてたかが知れているけれど。
「おはよう、トメ君」
その笑顔に誓う。恥ずかしすぎるセリフだけど、いつか言えたらいいな。
「おはよ、ユカ」
「はいてきた? じー」
「見せないからな!」
「……端っこだけ」
「見せないってば!」
まったく、男子の純情を考えてほしいものだ。僕はむすっとした顔で先に歩きだした。
「あー、待ってよトメ君」
ドン、と。
軽い衝撃。でも歩こうとしていた方向へまっすぐ背中を押されたから、面白いくらいに浮いた。
地面に向かってごろりと受身。昔から姉の暴力に関わってたおかげでこれ得意なんだよね。体が勝手に動いてくれた。だから余裕があったので、視線を滑らせる。
僕がさっき立っていた場所を車が通り過ぎた。
浮いてる女の子がいる。
その子は僕よりも高く、僕よりも速く、僕よりも強く地面に叩きつけられて――ひしゃげた。
いつか書いたと思いますが、トメの過去に特別なことはありません。それはどこにでもある不幸、不運。
もちろん当人にとっては特別なことですが。
過去を振り返るのはそろそろ終わり、過ちを思い出したら現在を動かしましょう。
ところで風邪をひきました。うぎゃあ。喉がやヴぁいので、今日は店の裏でドリンク作りと洗い物に勤しみます。まぁどうせ土曜の忙しいドリンカーをこなせるのは私だけだから適材適所さ!(負け惜しみ
店がオープンしてから働き詰めでようやく休みもらった結果がこれだよ! 気の緩みって怖いですなぁ。皆さんも気をつけましょう。さて、ニンニクと栄養ドリンクと風邪薬で即治す!!