カカの天下703「や お じ」
こんにちは、トメです。先日はお見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。
「――てな感じで、皆バレンタインのことばっか話すの」
「へぇ、カカたちもか?」
「私はそうでもないんだけどね、サエちゃんがサユカンをからかって――」
時刻は夕食どき。しかし今日は自宅ではなく、新しく近所にできたというお店に向かってカカと徒歩で移動中。そして雑談中なのです。
「もちろんトメお兄さんにあげるんでしょー? って聞いたら、サユカンたら、あたぼーよ! って漢らしく答えてね」
「そういう話を本人の前でするなよなぁ……嬉しいけどさぁ」
「そしたらね、サエちゃんが、今年こそは自分にリボン巻いて『私を食べて♪』って言うんでしょー、って言ってね」
「こそってなんだ、こそって」
「そしたらそしたらサユカンがね、いや食べられたら死ぬじゃないの、なんてツマラナイ反応してね」
「や、あえてもっともなことを言うその返しはなかなか」
「サユカンにも困ったもんだ。別に目玉かじるわけじゃないのにね」
「なんでピンポイントで痛そうなとこ例えに出すかな」
「本当に食べるわけじゃなくて、社会的に食うってことだよね?」
「おまえ実は全然わかってないだろ」
「え、サエちゃんだし、てっきり」
「それはどっちかと言うとサカイさんな感じだな」
将来サエちゃんもそうなる、と考えたら恐ろしいが。
と、そんなことを話しているうちに辿りついた。今週オープンしたばかりの、おじや専門という珍しいお店。チラシで見つけたその店名は、ストレートにそのまま『おじや』だ。ほら、入り口の頭上にでっかい三文字の看板が――
「……ありがちなギャグだけどさ」
「……『おやじ』だね」
そう、チラシには確かに『おじや』と書かれていたのに、そこにあった看板は確かに『おやじ』だった。
ふと下を見ると、貼り紙が見えた。
『店名に疑問を抱かれた皆様へ――書き間違っちゃった、てへ♪ おやじ店長より』
「これ、きっと単に『おやじ』って店の店長って言いたいんだろうけど」
「おやじ店長。ギャグにしか見えないね」
ともかく入ってみよう、とカカを促す。
内装はどこにでもあるファミレス風味。こざっぱりとした店内――しかし、『どうせ誤表記したのなら』と百円均一店でヤケクソまじりに買ったようなオヤジ人形が全テーブル、他各所に置かれているのが異様といえば異様だった。
「いらっしゃ――あ、トメさんじゃないの。やっほ」
「サラさん!?」
「や、待ってトメ兄。このお店の名前をよく考えてみて」
そうか、ここで働いているとなると、
「おやじさん!?」
「あははー想像してましたけどソレダケハヤメテクダサイ!!」
「よし、ではこのカカ様がこう命名してやろう。おやっさん!!」
「ううう、カカちゃん、そういうの慣れてるとはいえ傷つくときは傷つくんですよ?」
「泣いてないで仕事しなよ店員さん」
「鬼ですか!?」
セリフだけなら本気で鬼だが、カカもサラさんも半分笑いながらやっている。強くなったもんだ。
「それで、なんでここで働いてるのさ。おやっさん」
「だからそれはやめるのじゃ!」
結構ノリノリじゃん。
「実はここの店長と私、知り合いなんですよ。開店したはいいけど経験者が少ないからって、一時的なヘルプで呼ばれたんです。キリヤさんも似たような理由であそこにいますよ」
へぇ、仕事を転々としてたりフリーターだったりすると、そういうのもあるんだねぇ……サラさんが指差す先を見ると、確かにそこにはキリヤが。見るからにもっさりとした付け髭を鼻下に装着していた。こちらの視線に気づき、ニヤリと笑って見せる。なんで自慢げなんだ。
「ささ、こちらの席へどうぞ」
「おやじ、かたじけない」
「カカちゃん!!」
ともあれ案内された席へと座り、メニューを手に取る。
「うわぁ……」
そこには様々なおじやが載っていた。
またしてもヤケクソに誤表記をそのまま使ってやろうとばかりに、全てのおじやが『おやじ』として書かれていた。
「きのこのおやじ……あの、有名な赤い帽子のおっさんが浮かぶんだけど」
「それよりも見ろよコレ。丁寧な説明書きなんだけど……『チーズたっぷり! クリーミィなおやじです』って食べる気失せるし」
「チーズトマトソースのおやじ、なんて目も当てられないね」
口々にツッコんでいると、隣のテーブルにおじやが運ばれてきたのが目に入った。
それはおじやだった。問答無用で完全無欠に、ただのおじやだった。確かに美味しそうだが、『おやじ』の名が持つインパクトにふさわしいデキではなかった。
それが我慢ならなかったのか、カカは、
「シェフを呼べ!!」
なんか偉そうにこんなことを叫んだ! 僕は慌てて、
「馬鹿! 何を……ああ、ごめんなさい皆さん。今のは聞かなかったことに」
「店長です」
店長湧くのはやっ!!
「店長さん、これどういうこと」
カカは隣のテーブルを指差す。
「どう、とは?」
「おやじじゃないじゃん!!」
そりゃそうだ、というツッコミはしないでおくことにした。なんとなく店長さんがどう返答するか気になったから。
「そりゃそうだ」
うあ普通の返事だし。
「……よぅし、それは私への挑戦だね」
どこをどうしたらそうなるのかさっぱりわからない思考回路、さすがは我が妹君。
「いい!? 本当のきのこおやじっていうのは――そこの人みたいなことを言うんだ!!」
ビシッ!! とカカが指差した先には(人を無闇に指差しちゃいけませんって後で注意しよう)、なんと!
「おお、カカの嬢ちゃんじゃねぇか」
たまたま店に来ていたらしいセイジのおっさん!?
「この人こそきのこおやじ。なぜなら!」
「俺は死ぬほどきのこが好きだ!」
あんたの好みなぞ知らんて。
「そしてこの人!」
さらに立ち上がったのはまたもやたまたま来ていたトウジのおっさん!
「この人こそ、えっとメニューメニュー……さっきあった、これだ! お肉モリモリおやじ!」
「ふ、俺こそお肉、ぜい肉、筋肉、尻肉までモリモリな暑苦しいおやじよ」
確かに暑苦しい。
「そして最後! この『皆大好きたまごおやじ』こそ!」
なんだ、今度は教頭でも出てくるのか。
「私だ!」
「おまえかよ!? カカのどの辺がたまごおやじなんだよ! たまごでも産むとか?」
「産むわけないじゃん何言ってんの」
「おまえなら根性で産むかと」
「そうじゃなくて、私は」
皆大好きたまごおやじ=カカ。その理由とは!
「私は、基本的におやじは皆好きだ!」
「そっちかい!? ん?」
シュバッ!
「じゃ、じゃあ俺は!」
「誰だお前」
「…………」
シュバッ! ああ、帰っちゃった……せっかく勇気を出して素顔を見せた本物のおやじ(親父とも書く)が!!
「さて、何か変なのもいたけど……」
僕から見れば全部変だ。
「最後に! 店長がおやじじゃないとはどういうことだ!!」
僕も疑問には思ったけどそこは勘弁してやれよ。
「どうだ、まいったか!!」
マイブームなのか、またまたビシッと店長に指を突きつけるカカ。
「まいりました」
「まいるの!?」
そして土下座までして敗北を認める店長なのであった……相変わらずワケのわからん街である。
――後日談。
近くにライバル店ができたやも? と偵察に来ていたセイジ&トウジのおやじ二人によってツッコまれた点を直し、カカに教わったおやじの真髄を習得した『おやじ』の店は、いまだに繁盛しているらしい。
曰く、ちゃんと『おやじ』っぽくなっているとか。
例えば店長も付け髭を始めたとか、そんな感じ。
近々、ぜひとも来店しなければなるまい。
それはそうと、気になる点が一つ。
「カカ、おまえ。おやじ好きだったのか」
「見る分には」
ああ……愉快なおやじが多いもんな、この辺り。
サブタイトルは、『お』と『や』と『じ』の組み合わせこそこの話のコンセプト、ということを現しております。
なんか満足げなデキ。なぜか? 私がおやじ好きだからです。
さて、二日に一回更新になって少し経ちました。心に余裕ができたおかげか、カカ天もスムーズに書けます。ただ、感想返信のほうはかつてないほど溜まってまして……私事ですが、土日だった&新装開店の準備がありまして時間自体はなかったわけです、ハイ。
でも! 明日は休み! きちんと全部返信する所存ですので覚悟してください!
というわけで懲りずに遠慮せずに感想ください(これが言いたかっただけ