カカの天下695「なめるな 後編」
……トメです。
サユカちゃんに怒られて、サラさんに元気づけられた(?)後、僕はこうしてテンと一緒に『病院』で飲んでます。
「かっかっか! まるで女ったらしだな!」
「どこがだよ」
「一日に三人の女と恋について語り合ってんだろ?」
「……そういう言い方すんな」
それでいい思いなんかしてないんだからな……はぁ……
「にしたってわかんねぇんだけどよ。なんでサユカにそんなこと言ったんだよ。あいつがてめぇのこと好きだなんてこたぁ、ずっとわかってたことだろうが」
「それはその……魔が差したというか、なんというか……ニシカワ君とアヤちゃんの話を聞いてさ。あぁ普通の子供は子供同士で好き合ったほうが自然だなぁ、とか思っちゃってさ」
「いまさら、だな。あいつに告白されたときに、んなこたぁいくらでも考えたんだろ」
「そうだけどさ、また改めて考えちゃったんだよ。ましてや僕は、カカがちゃんと成長するまで誰とも付き合ったりしないって決めてるし、これでいいのかな? って」
「ふぅん……」
テンは何を思ったか、僕の顔を深く覗き込んでくる。僕の瞳の奥を見透かすかのように。
「なぁ、トメ。てめぇは25歳だったよな」
「そうだけど」
「オレ、思うんだけどよ。たかだか25年しか生きてねぇ男が、そんな父親根性丸出しで『恋愛しない』とか言い切るか? 普通」
「……何が、言いたい」
「確かにてめぇは男のくせに女への執着がねぇ。25歳っつったらまだまだ男盛りだろう。女に盛って金使って痛い目みて、それでも懲りない時期だろが」
言いすぎのような気もするが、否定はしない。
「そんな男が、女を作らない? 妹のために? そんなにシスコンなのか? あ、シスコンだったか。あーそうかそうか、立派なシスコンだった。この上もなくシスコンだった」
「……繰り返すな」
「ごめんなシスコン」
「だーかーらー!!」
「まぁ待て。シスコンでも妹に欲情するような危ないものじゃない。あ、一応聞くが、ないよな?」
「断じてない!!」
「だったらよ、不可解なんだよ。なんで女に関心がいかない? ホモなのか。キリヤと」
「いいかげん、怒るぞ」
ちょうど飲み干したしな、と鈍器にもなりそうなジョッキを握り締める。しかしテンは涼しい顔。
「オレが言いたいのはな、こういうことだ。てめぇさ、カカ以外にあんじゃねぇか? 女を寄せ付けたくない理由が」
「帰る」
立ち上がる。机の端に差してある伝票を持ち、テンの返事も待たずに会計へ。
「やれやれ……ま、今日の酒は軽めにしとくかな。おい、待てよ」
そそくさと入り口へ向かう僕を追いかけてくるテン。
そのまま一人で飲んでればよかったのに。
……飲んでてくれればよかったのに。
「逃げんな」
「……ダメか?」
「ダメだ」
店を出てすぐ。僕の肩はテンに掴まれた。
「……情けない、話なんだよ。男らしくない」
「大丈夫だ。元からおまえはそんなに男らしくねぇ。むしろオレの方が男らしいと常々思っている」
「はは、間違いない」
そこまで言われれば……話しやすい、か。すごく恥ずかしいんだが。
僕は観念して、近くの公園へ入った。テンもついてくる。さすがに夜中、誰もいない。ぽつんと寂しげに立っている街灯の下、テンと並んでベンチに座る。
「ほれ」
「缶コーヒー? いつのまに」
「院長店長が持ってけってよ」
「……常備してあるのか、ホットの缶コーヒー」
「いざというときのために、だとさ」
すげぇ、さすがは“いざというとき”専門の『病院』という名を使っているだけはある。
「んぐ……うま」
「にげぇ。ブラックかよ」
顔をしかめるテンに、少しだけ笑ってしまう。
「……ここまで逃げ出しておいて、なんだけど。つまらない話だぞ」
「情けなくて男らしくなくてつまらない話か、聞こう」
「なんでもない話なんだ」
「情けなくて男らしくなくてつまらなくてなんでもない話か、聞こう」
「でも誰かにあまり話したくなくて、恥ずかしくて、でも話したかったのかもな」
「情けなくて男らしくなくてつまらなくてなんでもないけど誰かにあまり話したくなくて恥ずかしくてでもやっぱり話したい話か、聞こう」
「あと――」
「いいから話せ!」
ちっ。どこまで続くか見たかったのに。
「単に、前の失恋を引き摺ってるだけだよ」
ただそれだけのこと。
ただ、恋が怖い。それだけのこと。
「随分と前の話でな。忘れてたつもりだった。だけど最近、ちょっとしたきっかけがあって……思い出しちゃったんだよ。そのときのことを」
一度思い出したら止められなかった。ふとしたときに過去の映像がちらついて、それを見てみぬフリをしてきたのが溜まっていたのか――サユカちゃんの言葉を聞いたときに、弾けた。
「そしたらさ、思い出す度にネガティブになっちゃってさ。暗くなっちゃってさ。なんで僕ってこんな情けないんだろって、思っちゃってさ」
恋をなめるな。
そう言った人がいた。
過去にも、現在にも。
「ほんと僕、何様だろう……知らないうちに、いろんなものをなめてかかって……こんな僕なんかに、誰かに好きになってもらう資格なんかないだろう、とか、思って」
酒が入っているせいもあってか根暗な言葉が延々と出てくる。情けない、恥ずかしい、嫌になる、でも吐き出してしまいたい。
――それからも、僕は愚痴り続けた。テンは静かに聞いてくれた。慰めも反論もせず、ただ聞いてくれた。それが何よりの救いになったから、僕は全部吐き出せた。
泣いたかもしれない。
言うべきじゃないことも口にしたかもしれない。
でもテンは、ただ最後にこう言った。
「誰だっていつだって、誰かをなめてるもんさ。そしていつか痛い目にあうんだ。そういう風に、できてるんだ。どれだけ格好つけようが、どれだけ自分は大丈夫と思っていようが……いや、そんなことを思うからこそ自滅する」
自分を他人より上に。
自分を、他人が思う自分より上に。
たかだか25年生きたくらいじゃ、こう“思わない”ことなんて、できない。
だから僕らは、ふとした時に落ち込むんだ。こんなはずじゃなかった。なんでこんなことができない。なんで、なんで、なんで――
「でもな」
そうして落ち込んだ先に、
「痛い目にあったら、ちゃんと学べよ」
救いがあればいいと、心から思う。
「……はは。なんか、先生みたいだぞ、テン」
「先生なんだぞ、知らなかったか?」
「知らなかった……それに年上みたいだ」
「年上だぞ」
「それも知らなかった……なんてな。でもたった一つだろ」
「歳の差ってのは案外でかいもんだ」
「かもな。なのに遥かに年下の子に叱られるなんて……ダメだな、僕は」
「ああ、ダメなやつさ。でもイイやつだ」
「だといいけど」
話は終わりと見たのか、テンはベンチから立ち上がる。
さみーな、そろそろ帰るぞ。そう言って、最後に、
「あと、おまえの場合は――自分をなめるな」
「なんだそりゃ。さっきの話と矛盾してるぞ」
「ああ。だからこれは、落ち込んでるやつ限定のセリフだ」
「つまり?」
「オレだって暇じゃねぇんだ、つまんねぇやつと飲んだりしねぇよ。じゃな」
こんな言葉を、残してくれた。
元気からは程遠い。
多分、僕はひどい顔をしていると思う。
それでも、
「……あ、もしもしサユカちゃん? 今日はごめんな……うん、うん。本当に悪かったと思ってる。サユカちゃんをなめてた。え、いくらでもなめていい? や、その舐めるじゃなくて……あ、デート一回で許してくれるって? いいえ、不満なんて、とんでもない……はい、喜んで」
進んでいこう。
痛い目を見て、学ぶものがあるのなら。
念のために説明しておくが、別にサユカちゃんと先へ進もうとか決意しているわけじゃないのであしからず。
誰と先へ進むか? そんなこと知るか。
さて飲もう。さっさと店を出ちゃったから飲み足りない。
気分はかなり晴れたものの、こんな日は、飲むのだ!
べ、別に私自身が落ち込んでたからこんなの書いたわけじゃないんだからね!!
と、なんとなくツンデレっぽく書いてみた今日このごろ。結構気合入れて書いちゃいました。
テンカ先生、一年ですが年の功。男らしい包容力……しかしてその実態は!? 次回は、この後の話です……そう、ほんのちょこっと続くのです。