カカの天下693「きゃんだ」
「と、め、に、い、お、は、よ、う」
「おはようカカ。どした?」
寝起きのトメです。朝食を用意したあたりで現れたカカは、なんだか喋り方が変でした。
「あ、の、ね?」
「その妙に区切る喋り方やめろよ」
「だって……」
なんだ、思いつめた顔して。
「どうしたんだ?」
「……むの」
「なんだって? 声小さくて聞こえないぞ」
「きゃむの!!」
ほわっつ?
「か、む、の!」
ああ、喋ったら噛むのか。
「なんでさ」
「なんきゃ……昨日、舌をきゃんだのがでゃめだったみてゃい」
昨日……?
『――赤巻紙青巻紙きまきまき、あかまけまきあみゅっ』
アレか。
「ベロ出してみ。べーって」
「れろれろれろれろれろれろ」
「ええい、無駄に動かすな」
どれどれ? ああ、やっぱり腫れあがってる。これのせいでうまく喋れないんだな。
「こういうのは喋って痛めれば痛めるほど治るのが遅くなるんだよなぁ。仕方ない、カカ。今日はあんまり喋るな」
「やらっ」
「やだじゃないの。喋るだけで痛いだろうに。早く治したいだろ?」
「……ひゃい」
「ん、いい返事だ」
ちょっと可愛いしな。
「その代わり、ほれ」
「にゃに」
「メモ帖とペン、持ち歩いてろ。これで書いて言いたいことを知らせるようにしな」
「……にゃ」
受け取ったカカは早速さらさらと書き込んで、それを僕に見せてきた。
『まっちょ』
「何が言いたいのだおまえは」
『ごはん』
「マッチョご飯!?」
すげぇ。どんなご飯なんだ。マッチョを美味しく料理したのか。焼くのか煮るのか刺身なのか。それとも汁物か。マッチョ汁か。なんだその汗をそのまま飲めって感じのエグいもんは。や、でもご飯だよな。じゃあ米粒サイズのマッチョがびっしり茶碗に詰まって……
『ばーか』
なんだとう!?
「ばきゃ!」
「わざわざ言い直しやがって……わかってるよ。マッチョになるくらいの勢いで食べたいから早く朝ご飯をよこせ、って言いたいんだろう」
『そうめん』
「そう、って言いたいのね。わかったわかった」
それじゃま、用意用意っと。
「カカは冷蔵庫からいつもの持ってきてくれ。たまご、まだあったっけ?」
『あるじぇりあ』
「漬物は?」
『ないじぇりあ』
筆談しつつも朝食の準備は整った。
「い、た、だ、き、ましゅ!」
「ぷっ」
妙に溜めたわりに噛んだので、ちょっとウケた。
「……にゃに」
「別にー」
カカはさらさらっと筆談。
『言いたいことがあるなら胃炎』
言えと言われては仕方ない。
「その噛み方はナィジュエリァ!」
「にゃにちょっといいはちゅおんでいってうにょ!」
「何ちょっといい発音で言ってるの、で正解? 合ってるジェリア? アァルジュェリアァ!?」
「うゆしゃい!」
「うゆ?」
「うゆー!!」
あはははー、と朝っぱらから妙なテンションで楽しみながらもご飯に手をつける、そのとき。
「うゆううう!」
なんか怒ったカカが僕のおかずに手を――箸を出してきた!
「もぎゅもぎゅも――ぎゅ!?」
「どした?」
「……きゃんだ」
また? それはちょっとナイジェリア。
「痛い……痛いよぅ……うゆぅぅぅ」
「あー、あの、うん。ごめん」
本当に可哀想になってしまったので、僕は素直に謝り、今日は優しくしてやろうと誓うのだった。
舌かんで口内炎……痛いですよね、喋りにくいですよね、うゆー。
別に私がきゃんだわけではありませんのであしからず。