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カカの天下  作者: ルシカ
691/917

カカの天下691「あたしのご主人様」

 こんにちワン! うふふ、ちょっとお茶目なこと言っちゃったわ。


 え、あたしが誰か? いやぁね、わからないの?


 ワンといえばオンリーワンでナンバーワンのワンワン、ラスカルに決まっているでしょう。


 懐かしの我が家に戻ってきてから随分と時間が過ぎたわ。仲間もたくさんできたし、あたしは今すごく幸せ……ふふ。


 さてさて、もうすぐご飯の時間。あたしのご主人様が一人――いえ、一匹ずつ呼んでくれるわ。


「総理大臣、官房長官。会食の時間ですよー」


 む、もうそんな時間か。やむを得ません、今日の仕事はこのくらいにしておきましょう――二匹はそう言って、一日の大半の時間を取られる重要な業務であるお昼寝を中断してご主人様についていく。ネコだからね。一日の半分は寝てるのよ。


「日本経済、成長の時間よ」


 本当に成長してほしいものだわー、と愚痴りながらご主人様は牛を連れて行く。


 あ、最近ね、人の言葉がハッキリわかるようになってきたの。もちろん喋れないけどね。クララさんのおかげかしら。


「エサの時間だブタ野郎」


 でも聞こえたこの言葉はあんまりだと思うわ。ブートン改めブタ野郎も、心なしか肩を落としてるし。あ、本当に落としてるわけじゃないわよ? いくら肩ロースとか美味しそうだからって……じゅるり。


「こないで財政破綻、経営困難」


 ああ、別にご主人様がお祈りしてるわけじゃないのよ? いるのよ、そういう名前の山羊兄妹が。財政破綻という兄、経営困難という妹が。


 プチ動物園としてその筋に知られてしまったこの家に、「ぜひ引き取ってもらいたい」と連れてこられたのがこの二匹。山羊は紙を食べることで知られているけど……なんでもこの二匹は人間の使うお札が大好きで、観光にきた人間の財布をスッて中身を食べることは日常茶飯事、終いには飼育場の事務所のレジを襲ったらしいやんちゃ兄妹よ。まさに名前通りね。


 それも今では二匹とも「こないでーこないでー」と言われながらもおとなしくご主人様について行く。もちろんエサは普通の干し草よ。お札を食べることなんてしないわ。


 どうやって更生させたかというと……


『この子、お札を食べるんだってー』


『へー。それでお母さん、どうするの? まさかお札を食べさせて育てて行くんじゃ……』


『そんなわけないじゃないのー。でもまずは、思うままにお札を食べさせてあげよー』


『どういうこと?』


『さてさて、印刷所に連絡をー』


 そしてご主人様が用意したのは、お札とほとんど同じ紙質、ほとんど同じ絵柄の紙束。ニセ札? いいえ、そんな機能はないわ。ご主人様が『子供銀行が懐かしいわ。玩具のお札なんだけどー』とか言っていたし、玩具と同じよ。 


 そう、玩具と同じ。だって描かれている写真は福沢諭吉でも野口さんでも樋口さんでもなく――今まで二匹を育ててくれて、すでに亡くなった、飼育係のおっちゃんなのだ。


 育ての親の写真を、どうして食い散らかすことができようか。


 なのにご主人様は三日間。二匹にその札だけを食べさせ続けた。


 そのときの様子は詳しくは書けないわ……だって『ちゃんとよく顔を噛みなさい』とか『眼球食べ残してるわよ』とか『潰して千切って』とか『焼くのと煮るの、どっちがいいかなー』とブタ野郎をチラ見しながら迫ったりとか、とにかくもうグロくて惨い躾だったもの。

 

 でもそのおかげか、財政破綻も経営困難もすっかりお札嫌いになったわ。干し草を泣いて喜んで食べるのよ。


 その代わり、心が破綻して、元気になるのが困難になったみたいだけど。お、あたしってばうまいこと言った?


 いっそ精神困難と元気破綻に改名したらどうかしら。


「さようならラスカル」


 調子に乗ったわごめんなさい!!


 え、ああ。なーんだ、ご主人様が呼んでるんじゃないの……まったく、なんだか名セリフらしいけど、呼んでるんだか突き放してるんだかわからないこと言わないでほしいわ……泣くわよ……


「はい、おたべー」


 コト、と置いてくれたエサをガツガツガツ!


「相変わらずよく食べるねー」


 む、乙女に「よく食べる」とかいう言葉は厳禁よ。今はご飯おいしくてご機嫌だからいいけど。


「そういえば昔から、おまえはよく食べたねー」


 まだ言うか。


「懐かしいわ……チョコばっかり食べさせていた、あの時期」


 そんなこともあったわね。


「犬にチョコはあまりよくなくて、あなたは中毒で倒れたわね……」


 仕方ないじゃない、あなたは知らなかったんだもの。


 あたしはちゃんとわかってる。


 あなたはあたしに、美味しいものを食べさせてくれようとしてただけなんだよね。


 恨んでなんかいないわよ、ご主人様。


「アレわざとー」


 ええええええええええええ!?


「あはは。色々とストレス溜まってる時期だったからさ、八つ当たりしちゃったー」


 しちゃったーって、ええ? えええ? あ、あたしの素晴らしい忠誠心とか、その、えええ!? 


「でもどうせ犬だしいいよねー。言葉わかんないしいいよねー。あははー」


 わかってます、あの頃ならわかんなかったけど今ならわかるんです! ああ、聞こえないままだったらよかったのに!!


「こんなこと暴露しても何もわかんないんだろうねー。バカだねー動物は」


 バカじゃなくてごめんなさい!! 聞こえててごめんなさい!! チクショウ!!


「でも……その……ごめんね……」


 聞こえ、てて……


「あの頃は……全部、ぐちゃぐちゃで……何も、わかんなくなっちゃって……」


 聞こえ……


「あなたがこんなに温かいなんて、気づかなかった」


 …………


「さ、たくさんお食べ。今日は一緒に寝よっか」


 聞こえてて、よかったわ。


 やっぱり、ご主人様はご主人様だ。


「おかーさーん!! 今日は一緒に寝よー!!」


「サエ!? いいよー!! 一緒に寝るわよー!! 二人っきりで! 誰も間に入れることなくー!!」


「あれ、ラスカルと約束してた?」


「そんなもん知ったこっちゃないわー」


 聞こえなきゃよかったわ!!


 やっぱりご主人様はご主人様だわあああああああん!!


 


 がんばれカカ天アニマルズ。

 いつか食われるその日まで(ぇ

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