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カカの天下  作者: ルシカ
686/917

カカの天下686「またお見舞いか、がんばれタケダ」

「聞きました、かのちゃん? カカさんのお話」


「私聞いた! なんかおもしろいことになってきたわよねニッシー」


「アヤ坊、あんまり騒ぐのもどうかと思うよ」


「えー! だってカカの話って嘘くさいんだもの。普通、お見舞いに行ってリンゴをぶん投げたりする?」


「カカならするだろ」


「カカさん普通じゃありませんし」


「……それもそうね。私が悪かったわ」


「それで、どうします? かのちゃん」


「……私、いく。いっちゃんたち、一緒にきて」




 げほげほ、タケダだ。


 昨日カカ君の襲撃――いや、見舞いをくらい、俺の体調は見事に悪化した。なぜだ、幸せ絶頂で気分は高揚し、病は気からというからには治ると思っていたのに。


 やはりあれか。カカ君からのプレゼント……と感動して被ったリンゴの汁をしばらくそのまま放置していたからか。身体を濡れたままにしておくと風邪をひく、悪化するというが、リンゴ汁でもなるのだな。気をつけよう。


「はぁ……それにしても暇だ……はぁ」


 自室のベッドに寝転がりながら、何度もため息をつく。


 また妄想でもするか。いやいや、また昨日のように破滅的に現実化したら……嬉しいな。なにせそれでもカカ君に会えるのだから。よし、妄想してみよう。


 カカ君がもう一度お見舞いに――




「タケダ」


「おお、カカ君!! ……カカ君?」


「身舞いにきた」


「……なぜに窓から?」


「舞いやすいでしょ。ほれ」


「う、うわわ、なんだいきなり抱きついて! いくらなんでも嬉しすぎ――」


「よっこいしょ」


「……え、俺、肩に担がれた?」


「せーの」


「ちょ! なんで窓の向こうに向かって投げようとしてるのだ!?」


「だから身舞いにきたんだって。身を舞わせなさい、空高く!」


「身舞いするのは俺じゃないかぁ!!」


「ピッチャー振りかぶって、投げました!」




「――ストライク、意識がフェード・アウト。ってなんだこれは」


 なぜ妄想の中ですら良い思いをしていないのだ……むう、どうやら昨日の衝撃的お見舞いによって、俺の中のカカ君像が攻撃的に上方修正されたらしい。しかし悲しいかな、こっちのほうがよっぽど彼女らしい。


「むぅ、リアリティを追求するべきか、それとも」


 ピンポーン、と。俺の思考を遮るようなチャイムの音が聞こえた。


 お客か、まさかカカ君? とにかく出迎えに、と思ったが身体を起こした途端にクラッと眩暈。どうやら立ち上がるのは無理そうだ。


 それを察したのか、性格が勝手なだけなのか。勝手にうちに入ってきたらしい来訪者の足音がドタバタと複数聞こえてきて、やがて俺の部屋の扉を開けた。


「よ、タケダ。元気に風邪ひいてるか?」


「やっほ、見舞いにきたよんカゼダ」


「あらあらタケダさん、おもしろい顔。元からそのようなお造りでしたでしょうか?」


 現れたのは比較的親しい同級生の四人。そうか、こいつらなら何度かうちで勉強会とかしていたし、勝手知ったる他人の我が家というやつだ。


「げほ、よく来てくれたな……ニシカワ、風邪の菌は元気だ。アヤ、俺はカゼダじゃなくてタケダ、しかも『ダ』しかあってない。イチョウよ、顔は少々むくれているが」


「あら、元と同じに見えましたが」


「なら言うな……遠まわしに俺の顔が元々おもしろいと言いたいのだろうが」


「いえいえ! それほどでも! 取るに足りません!」


「君は本当に面の皮が厚くなったな!!」


「ま、またわたくしは失礼なことを言ってしまったのですね! 申し訳ありません……去年の運動会の一件から、色々なことを楽しむためにまずは素直になってみましょうと思いましたが運の尽き、ついつい正直に思ったことを言ってしまうのです……」


 イチョウよ、それ微塵も弁解になってないぞよ。


 おどおどしつつも心は暗黒だったんだなぁ……


「え、ええと、あ、ほら! かのちゃん、いつまでも後ろに隠れてないで、そろそろ出てきてください。せっかくお見舞いに来たんですから」


「かのちゃん、とは?」


「カレーの『カ』と、ノゾミの『ノ』をとって、かのちゃんです」


 なるほど、ノゾミ君か。道理でイチョウの背後の暗闇でもそもそと動く気配があったと思った。


「あ、あの」


「おお、久しぶりだなノゾミ君」


 む、なぜ恐々と顔を出す? そもそもなぜ隠れていたのだ。


「ほら、言っちゃえインドちゃん」


「言え言え。いぇーい」


「ニシカワさん、家に帰ってほしいほどつまらないです」


「……家ぇーい」


 ふむ、何を言うのかな?


「わ、わた、私!」


 ふむ?


「カカちゃんには負けない!」


 む? 


「それは、どういう意味――」


「えーい!!」


 勢いよく頭上から降ってくるタッパーINカレー。説明するまでもなくノゾミ君が振りかぶって投げたものだ、なるほど。


「負けないって、そういう意味かぁ」


 べちゃり、と俺の身体を襲う半液体。汁気はともかく不快さ、洗濯の面倒さはカカ君の攻撃を遥かに上回る。極めつけはタッパー。それを見事に頭に被ったならば俺の悲惨さは一層二層と増す、いや、増した。これもカカ君のリンゴ攻撃を上回ったと言えるだろう。


「わ、私、勝った!?」


「……ああ」


 混乱しつつもなんとなく答えてみる。


「え、えと、私の、プレゼントのほうが、すごい?」


「……ああ」


 写真に撮ってどっちがより悲惨か比べたいくらいだ。見るまでもなくどちらも悲惨だが。


「……や、やった」


 やられた。


「えへ、カカちゃんに勝った――」


 スッパァァァァン!! 


「聞き捨てならないね!」


 ようこそ……カカ君……


「私に勝っただと?」


「あ……う……」


 来てくれて嬉しいよ……


「今のはどうよ、私のほうが強いっぽくない?」


「ま、ま、負けないもん!」


 でもさ……問答無用でグレープフルーツを投げつけるのはどうかと思うのだよ……しかも頭に直撃して割れるくらいの勢いで……病人の俺に……昨日以上の汁っ気でベタベタなんですが……


「じゃあ、勝負! もいっちょグレープフルーツ攻撃!」


「よ、予備のカレーこーげきー!!」


「まだまだー!」


「ま、負けないもん負けないもん」


 そしてなぜか開始される総攻撃。


 うぎゃあ。


 そうとしか言えなかった。




「あらあらー、おもしろいことにー。パシャパシャー」


「ねぇサエ、サエ!! もう、写真撮るのに夢中で聞いてないし……サユカ、これってどういうことよ」


「知らないわよっ。サエすけが三人でお見舞い行こうって誘ってきたから、暇だったしオッケーしたんだけど、アヤたちまでいるなんて知らなかったし」


「なんだか修羅場のような展開となってきてしまいましたね! これはやはり、勝利した方がタケダさんを手に入れられるというルールなのでしょうか!?」


「……楽しそうね、イチョウさん」


「水を差すようで悪いけど、多分カカすけはノリで競い合ってるだけだと思うわ」


「なぁアヤ坊。僕もあれに混ざりたい。すごくスッキリしそう。石とかないかな」


「ニッシー、あんたって……マイペースよね」


「サユカもどうだ? おまえいっつもストレス溜まってるっぽいし、案外気持ちいいかもしれないぞ」


「嫌よっ! あと大きなお世話っ! ていうかさ、そろそろタケダ助けない? なんだかカレーと果汁でいい感じに美味しくまずそうに仕上がってきたんだけど」


 カレーにフルーツは合うという。だから美味しそう。


 しかしタケダ。だからまずそう。


「パシャパシャー、大丈夫だよー。ここまできたらタケダ君も楽しんでるっぽいしー」




 ――タケダは本当に楽しんでいた。


 好きな人にいじめられているから、ではない。ひどい目にあうのが好きだから、でもない。カレーや果汁を浴びるのが趣味だから、だったらおもしろい設定だがそれも違う。


 風邪でずっと布団にいて、友達ともほとんど喋ることができなくて、寂しかったから。このように賑やかなのは久々だから。


 だからこのくらい。


 洗濯すればそれで済むような目にあうくらい、どうってことないのだ。早く治して友達と遊びたい、その想いを、もっと強く、強くして、その翌日。


 本当に風邪は治っていた。


 カプサイシンとビタミンが効いたのかもしれない。


 もしくは、他の何かが。




 あんな状態(とにかくベタベタな様)でもこんなことを思えるのは風邪の熱のせいです。きっとそうです。だから彼のことは温くなったカレーのごとく生暖かい目で見守ってやりましょう。

 

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