カカの天下669「メリー・クリスマス」
――サユカサンタの部屋。鼻血ペア、トメ&サラ。
トメです。
なぜか自動的に僕らのペアはサユカちゃん部屋行きとなりました。それが当然といわんばかりの流れになったのは疑問ですが、特に異論はないのでよしとします。
そして『サユカサンタの部屋』へと入るといきなり「これ着てください」と衣装を渡されたのですが……あの、この服、さ。
「トメさん、サラさんっ! 着ましたか?」
「私はオッケーです。トメさんは?」
「や。その、この服」
「着てくださいねっ!」
「早くしてくださいよ!」
ぐぐぐ、放り込まれた試着室で衣装を片手に悩む僕。着るしか……着るしかないのか!?
く、クリスマスだしな……関係ないけど。
仕方ない、か。
いそいそ。
「……着たぞ」
「はーいっ! ではこちらへどうぞっ!」
試着室から出ると、そこには――
「改めまして、メリークリスマスです二人ともっ!」
「あ、ああ」
そのサンタらしからぬサユカちゃんの姿に、少し圧倒された。
まるで舞踏会にでも参加するかのような豪華なドレス、先日のお結び式に用意されたものとはまた違う、フリルだらけの可愛らしいデザインだ。でも髪のティアラはあのときのものかな?
「サユカちゃん可愛いですよね!」
そういうサラさんも着替えていた。こちらは……なぜかトナカイの着ぐるみ? 軽そうな角を頭につけて、鼻にもピエロのような赤い玉をのせている。しかしオーバーオールのトナカイ衣装……結構、身体のラインが出るな。サラさんスタイルいいから、こう――いかんいかん。紳士として、そんなとこ見ちゃいかん。
「で、でも……ぷ」
「トメさん……ステキですっ!」
そう、人の衣装を見てる場合じゃないのだ。
僕が渡された衣装。それはどこからどう見ても、お姫様の服だったからだ!
姫と言ってもあれだ、ドレスじゃなくて着物。時代劇とかで出てくるようなお姫様が着る、十二単っぽいやつ。本物じゃないからあっさり着れたけど、これ……男の僕が着るもんじゃないだろう!?
「あはは! ここまで似合うと女としての自信なくしますよね」
「トメさん髪も伸ばしたらどうでしょうっ」
「あ、サユカちゃんそれいい考え。カツラないかな?」
「あとで探しましょうっ」
きゃいきゃい騒ぐサラさんサユカちゃん。本気じゃないよな、冗談だよな。いくらなんでも嬉しくないぞ。クリスマスってことで無礼講ってことで、サービスで着てやってんだからな。
「じゃーん!」
「おおタマちゃん。君も仮装か」
「きゃー! 可愛いー!!」
サラさんが目をキラキラにして叫んだのも無理ないことだろう。ちっこいタマちゃんは黒い角と黒い翼、黒いタイツに身を包んだプチ悪魔の格好をしていたからだ。ちびっこ好きにはたまらない可愛さとなっております。
「それでサユカちゃん? こんな格好して、一体なにするの?」
「あ、はいっ! ではどうぞ、クリスマスプレゼントです」
あっさりと差し出される一枚のカード。
「あれ、これだけ? てっきり何かするのかと思ってたんだけど」
プチ悪魔タマちゃんがきゃいきゃい走り回っている部屋には、何本もクリスマスツリーが立っている。各部屋にイベントが用意されているんだろうなーと予想していたから、この木々もそれに使うもんかと。
「は、はい……カカすけもサエすけも、イベントを考えてました。でも、その、わたしはそういう愉快なことを思いつかなくて」
スルスルスル……
ん?
「そしたらですね、カカすけとサエすけが、ただ皆で着飾ってプレゼントを渡すだけでいいんじゃないかって言ってくれてっ!」
スルスルスル……なんだこの音。タマちゃんが駆け回る音じゃないよな。
「だから、ですね。衣装も頑張って、部屋の内装も頑張って、可愛くしてみたんですっ!」
スルスルスル……衣装も、頑張って?
「どうですか!?」
「どうですか、って。ねぇサラさん」
「うん、トメさん。頑張りすぎ、かも」
「え?」
サユカちゃんの視線が下へ向く。
自分のドレスを見る。
その、いつの間にかミニスカートになったドレスを。
「え? え? ええええっ? なにこれなにこれっ!?」
スカートの丈がどんどん短く……
「きゃああああっ! い、糸がほどけていってる!? やっ、今度はお腹の部分まで無くなってくわっ! なんでなんでなんで!?」
足はもちろんお腹もへそ出しで、どんどんセクシーな衣装に……
「あ、タマちゃん!? タマちゃんでしょわたしの糸引っ張ってるの!!」
ああ、だからずっと走り回ってたのか。
「待って! 止まってタマちゃん!!」
「やー」
「やー、って……いやあああああっ! 見える、見えちゃう!! こうなったら捕まえて――ああ、ツリーに糸が絡まってうまく動けないしほどけないしきゃああああああっ!」
僕、止めようとしたんだよ? 紳士として。
でもなんか、サラさんが僕の腕を捻り上げてまで動きを封じてくるから……
仕方ないよね、うん。
「見ないでえええええええええっ!!」
ごめんサユカちゃん。
その慌てふためくおもしろダンス、サラさんと二人で堪能させていただきました。
ちなみに下も上も、ギリギリのところで糸がほどけないように細工されていたらしく、大事な部分は見えないで済みましたとさ。
「はぁ……はぁ……は、恥ずかしすぎる……」
「大丈夫だよ、サユカちゃん」
「すごくおもしろかったです!」
「そんな感想いやぁぁぁぁっ!!」
「サラさん正直すぎ! サユカちゃん。大丈夫、可愛かったよ」
「……本当ですかぁ?」
「ほんとほんと」
ほとんど泣いていたサユカちゃんは、顔を手でぐしぐしと拭いて、
「じゃあ、いいです。幸い、トメさんとサラさんにしか見られて、ないし」
そんな風に落ち着いた。
のも束の間、
「はいはい、次は肩出しショーでございます」
「いえーい。タマちゃん、ごー」
「うはは! いいぞてめぇら、もっとやれ!」
「サエったらいぢわるー、さすが私の娘♪」
「あらあら、頑張ってサユカ君」
「タマちゃんの役、あたしがやりたいな」
「あ、次はクララがやるんです!!」
「なんで皆いるのよぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
僕が着替えている間にイベントが終わったらしい皆は、実はこっそりとサユカちゃんのおもしろダンスを見学していたらしく……無慈悲にも、第二幕が始まるのだった。
ごめん、サユカちゃん。君の困り果てて暴れる様子はとてつもなく面白かった。
そんな騒動がひと段落して。
ちびサンタ三人(一人半泣き)に案内されるがままに大広間にくると、パーティーの準備がすっかり整っていた。
所々に付けられた飾りは、色折り紙を輪にして繋げたものだろう。懐かしい、小学校の頃とかよく作ったわー。
「うう、私たち……なんでクリスマスイブにこんな飾りばっか作ってるのかしら」
「アヤ坊、その疑問は改装を手伝い始めたときに持つべきだったよ」
「あら、わたくしは好きですよこういうの」
あそこでせっせとまだ飾りつけしてるのは、カカのクラスメイトだな。なんでそれぞれ赤、黒、ピンクのパジャマ姿なんだろう。
いや、よくよく見れば全員、衣装替えしている。大広間へ移動する前に、あの部屋で全員着替えてきたのだ。
「おうトメ」
「テン……巫女服?」
白い羽織と赤い袴が眩しい神聖な服。しかし完璧にコスプレに見える。だってテンだし。片手にジョッキ持ってるし。
「似合うか?」
「ノーコメント」
お、あそこで飾りつけを手伝ってるのはキリヤか。衣装は……デンジャーケロリン柄の赤黒いTシャツだ。なんだか内臓出てるようにも見える。
「あいつだけ普通っぽいな」
「ああ、なんかね? 聞いたとこによると、この前の誕生日にカカちゃんたちがもらった服を皆に着せまくってるらしいよ!」
なるほど、道理でバラバラだと思った。
「しかし姉……白無垢?」
「ひっひっひ、どうよ」
ウェディングドレスは死ぬほど似合わなかったが、なぜかこっちは似合うな。
お? 向こうで料理作ってるのはもちろんゲンゾウ三姉兄弟、サンタの格好のままだが、もう一人小さな影が。
「おう嬢ちゃん。味見してみろや」
「……ん、もちっとガラムマサラいれて」
「あいよ!」
なんか一緒にカレー作ってる、しかも料理人に意見してる。ガラムマサラって確かスパイスだよな。あのちっさい雪だるま姿の子、カレーのプロか?
「はい、ちゅーもく!!」
お? カカの声だ。各々で自由にしていた皆の視線が集まる。
「カカ殿さまー!!」
「はっはっは! 頭が高い!!」
「君の背が低いんだから仕方ないでしょっ」
拍手しながら盛り上げる、魔法使い姿のサエちゃん。
どっかのテレビで見たかのような殿様姿で大威張りのカカ。
そして先ほどのセクシーなドレス姿のままのサユカちゃん。開きなおったらしい。
「諸君! 私たちからのプレゼントは受け取ったかな!?」
プレゼント? ああ、この紙のことか。大変なことになってるサユカちゃんに注目してて、結局見てなかったけど。
「あら、トメ君ももらったのね。そのカード」
「母さん」
すげぇ。母さんの衣装すげぇ。
どんな衣装か? 内緒だ。とにかくすげぇ。
「あらあら、弟君たちもカードなんだね。なんて書いてあるの?」
母さんのカードには『そのいち、おいかけっこ』という言葉と、裏には『と』の文字。
姉のカードには『そのに、クイズ』という言葉と、裏には『が』の文字。
そして僕のカードには『そのさん、お着替え』という言葉と、裏には『り』の文字。
他のメンバーもわらわらと集まってきて、その三枚のカードを見比べてみる。何が言いたいんだ、わからん。
「ふふふ、お悩みのようだね? そこでもう一枚、カードがあるのだけど!」
む、これだけじゃないのか。
「ちょっとカカ! それって!」
「僕たちが用意するイベントの賞品なんじゃないのか?」
抗議の声は二つ。アヤちゃんとニシカワ君、だったかな。
しかしカカはあっさりと、
「だってアヤちゃんたち、イベント思いつかなかったじゃん」
「う! そ、そうだけど……こうなったら土壇場で、と思ってたのに」
土壇場で思いつきのままにイベントするのか? カカじゃあるまいし……この子も相当に強い娘だな。
「ん、わかった。じゃハイ」
ぽん、とカードをアヤちゃんに渡すカカ。
「え? え?」
「会場の手伝い、っていうイベントの賞品」
あらま、イベントする前にもらっちゃった。
「ちょっと!! これって、子供が大人にプレゼント、っていうコンセプトでしょ!」
「キリヤンとか手伝ってたじゃん」
「私らは子供よ!?」
「あ、でもでも。アヤさんもニシカワさんもラブラブですし、大人の階段を上ってしまったということにしてしまえば」
「あ、うまいね妹ちゃん!」
「かかか勝手なこと言ってんじゃないわよ!! ばか!」
「あぅ!?」
「えぅ!?」
仲良くすくみ上がるサラさんイチョウさん姉妹。
「おとなのかいだんのーぼるー♪」
そしてマイペースに口ずさむニシカワ君……大物になりそうだコイツ。
「むぅー! トメだったわね。はい!!」
「あ、ありがと」
あんま話したことないのに呼び捨てにされてしまったが……と、とにかく。アヤちゃんからもらったカードを見てみる。
『そのよん、飾りつけ』と書かれていて、裏には『あ』の文字が。
なるほど、読めてきた。
「はっはーん、言いたいことがわかってきたぜ」
「テンちゃんも? あたしもだよ」
わいわいと盛り上がる一同。カカたちの方を見ると、満足そうにふんぞり返っていた。
「トメ姫、近う寄れ」
「はい、お殿様――って姫言うなや」
忘れてた、僕いま姫の格好してるんだ。それにカカが殿様って……明らかに嫌がらせだろ、これ。
「はいはい、もっかい注目だよ!!」
カカの隣に立ったところで、もう一度張り上がる声。集まる視線。
「そのカードの裏の文字を組み合わせると、ある言葉になります!」
「でもねー、まだ一文字足りないんだよー」
「その一文字を、今から皆に当ててもらうわっ!」
やっぱりな、という顔で頷く一同。
カード裏の言葉は、『と』『が』『り』『あ』だ。そしてもう一文字。
「さて! 私たち、ちびっこサンタが大人にプレゼントしたい言葉とは……いったい、なんでしょーか!?」
殿様姿でサンタも何もないが、その問題に。
僕を除いた大人たちは、一斉に答えた。
『ありがとう!!』
「不正解」
『……え?』
ポカンとする一同。
「あ、ありがとな?」
「ぶー」
「ありがとよ!」
「ぶー」
「ありがとね!?」
「ぶー」
「ありがとん!」
「ぶー」
「むしろ、ありがと!」
「ぶぶー」
次々と出る答え、しかしことごとくハズレ。
はぁ、やれやれ。
「トメ姫、答えはなんだと思う?」
自慢じゃないが、僕は誰よりもカカという小娘を知っている。
だからこう答えた。
「ありがとぶ」
「正解!」
『えええええええええええええええええええええ!?』
アリが飛んでどうする!? と思った皆さん。いいことを教えてあげよう。
別に答えはなんでもよかったのさ。
だって、『ありがとう』で正解なんだから。
追いかけっこ、クイズ、お着替え、飾りつけ……子供の頃を思い出すようなイベントたち。
日ごろ世話になっている大人に『子供の頃』と一緒に、『ありがとう』という言葉をプレゼント、ということなんだろう。
たしかに素晴らしいプレゼントだ。
でも、
「土壇場で恥ずかしくなったんだろ?」
「うっさい黙れトメ姫」
サエちゃんとサユカちゃんまでポカンとしていたのがその証拠。だから僕がボケという助け舟を出してやったというわけだ。
顔を密かに真っ赤にしてる、可愛い殿様サンタの頭を撫でる。
「こっちこそ、ありがとな」
「……メリークリスマス」
おう、メリークリスマス。
大人も子供も入り混じり、今宵は飲めや歌えやの大騒ぎ。
先ほどのイベントについて語り合ったり、まったく関係ない話をしたり、料理に舌鼓を打ったり、カカが殿様ゲームを始めたり、サエちゃんが高級黒魔術師セットとか言ってあやしい壺をヒッヒッヒーとか言いながらかき混ぜたり、サユカちゃんがまたもやイヤンなことになったり。
言い始めればキリがないので、これだけ伝えておこう。
楽しかった、そして子供たちの言葉が嬉しかった。
だから身の程知らずにも願ってしまった。
この日を生きる全ての皆に、聖なる夜を。
いや――
楽しい夜を。
メリー・クリスマス。
メリークリスマス!!
いや、頑張ってしまいました笑
この話自体が皆様へのクリスマスプレゼントになればいいなーなんて思ってます。
めでたしめでたし。
あれ? でも。
何か忘れていませんか……?