カカの天下66「本当のおやじ狩り」
トメです。
「カカ、今日の夕食はすごいぞ」
相も変わらずサエちゃんの家に寄ってから帰ってきた妹カカに、僕は声をかけました。
「すごいって何。また怒髪天を突くみたいな卵焼きでもできたの?」
先週の夕食のイヤミだな。しかし今時の若者のくせに難しい言葉を知っているのは素直に感心……ちなみにどんな卵焼きだったかはご想像にお任せする。
「違う違う。珍しいものが手に入ったんだ」
「なに?」
「今日の夕食はなんと……オジサンだ!!」
ぴしり、とカカの動きが止まった。
間違えてパソコンの電源ボタンを押してしまったときのような停止っぷりだ。しかし十秒後、カカはちゃんと再起動した。
「……おじさん?」
「そうだ、珍しいだろ?」
「や、たしかに、そうだけど」
「僕も食べたことないんだー」
「私も……というか、食べていいものなの?」
「まぁ食べれるだろ」
「食べれないことも、ないだろうけど……そっか、食べるんだぁ」
「姉がどっかから持って来たんだよ」
「狩ったんだ……本当のおやじ狩りだ……その収穫だっ」
恐れおののくようにカカが言って後ずさる。
勘違いするのは予想してたからいいんだけど……これを機にカカが周囲にいるおじさんを食べようと襲いかかりでもしようものなら大騒動なので、そろそろ本当のことを言うことにする。
「カカ、オジサンっていっても魚だぞ?」
「……え?」
「オジサンって名前の魚がいるんだよ。水族館とかで見たことないか?」
自分の勘違いを理解したようで、カカはほっと胸を撫で下ろした。
「よかった……てっきりトシフミおじさんでも食べるのかと思った」
「なんでトシフミおじさん?」
「食べごろかと思って」
脳裏に今年で35歳になる推定体重90キロのトシフミおじさんが浮かんだ。や、肉付きはいいから確かに食べごろかもしれないけど果てしなくまずそうだ。美味しそうなおじさんなんてモンがいても怖いが。
「とにかく魚のオジサンだ」
「魚にも家族構成とかあったんだ」
「や、だから」
「じょーだんじょーだん。さっさと焼いてよ」
「焼くけどさ。偉そうに言いおって」
「私が焼いていいんならやるけど」
「……はいはい、やるよ」
このパターンで女の子にやらせると妙な失敗するのが定番だ。どんな面白い失敗をするのか、それはそれで見所かもしれないが……食べる当事者としては遠慮したい。
「あとね、もう一匹魚もらったんだ」
「なんて魚?」
「ばばあ」
カカは性懲りもなくうっかり電源ボタンを切ってしまったときのように停止した。すぐ再起動。
「それ、本当の名前?」
「おう。鳥取県でとれるらしい」
「なんでそんなものを持って来れるの、あの姉」
「さぁ? とりあえず今日はこの魚二つでいこう。あ、そういやおじさんは刺身のほうがいいって言ってたな。ばばあは塩焼きでって」
「なんかすごく残酷なこと言ってる」
「うるさいな、魚なんだからいいだろう」
「じゃあカカっていう魚あったら、トメ兄どうやって食べる?」
「性格的にもしつこそうだから、タタキかな。包丁でダンダカダン! と」
「じゃあトメ兄って魚あったら、私はぐつぐつ煮てじわじわと……」
「はいはい、くだらないことはこれくらいにして作るぞ」
数十分後。
「じじばば定食だ」
「……なんか、食べる気失くすなぁ」
「じゃ、食べよう。いただきますー」
「……いただきます」
その味だけど……ごめん、オチがなくて。
普通においしかった。