カカの天下64「女って……」
「こんばんはー」
「あらー、トメ君にカカちゃんこんばんはー」
夕飯時、僕と妹のカカは近所のサカイさんに「カレー作りすぎたんですよー」とお誘いを受け、サカイさんのでっかい家にやってきました。
「どうぞどうぞー」
相変わらずの間延びした声で案内され、僕らは庭に用意されたテーブルを囲んだ。どうせなら外で食べようというサカイさんの申し出だ。
本音を言えばかなりの大きさをほこるサカイさんの家で食べてみたかったのだが、お呼ばれした身としては贅沢は言えない。こんな広い庭で食べることができるだけでも充分に贅沢だしね。
「ささ、配りますよー」
あらかじめ僕らが来る時間を予想して準備していたのだろう。ほとんど待つこともなく僕らの前にはカレー入りの皿が並べられた。
ただ、並べられたのはカレーライスではなく、カレーだったという点が重要だ。その隣の皿には香ばしい匂いをかぐわせるナンの皿。
「ご飯で食べるよりこっちのほうが好きなんですよー」
「へぇ、この間は姉とカレーライスについてあんなに論議してたのに。ちょっと意外です」
「カレーライスはカレーライス、カレーはカレーですよー」
わかるようなわからないような答えをくれるサカイさん。
「最近はカツコさんとばかり遊んでましたからねー。たまにはお二方ともお話したかったんですよー。というわけで召し上がれー」
「いただきまーす」
僕とカカは二人して手を合わせ、早速ナンをカレーにつけて頬張った。
ちょっと辛めのカレーと甘みのあるナンがちょうどよくマッチして、すごくおいしい。
「うまうまっ」
「うまうまだな」
僕とカカは二人して夢中になって食べた。
サカイさんは僕らの食べっぷりを楽しそうに眺めながら、自分のナンにも手を伸ばす。
しばし食べながら雑談を続け……やがてこんな話題が上った。
「そういえばさ、サカイさんて最近愚痴らないよね」
「ああ、そういえばそうだな。ここに引っ越してきたばかりのときは結構僕らの家に愚痴りにきてたのに」
というか僕に。
サカイさんの家の規模、そして年末にパーティをしたりするところからみて、かなりのお金持ちなのは間違いないが、そんなサカイさんの職業はなんとただのOLだったのだ。
しかし最近はめっきり会社の話を聞かない。なぜだろう、と軽く質問したのだが、その答えはかなり意外なものだった。
「えっとですねー、上司が気に食わなくてやめちゃいましてー、今は主婦ですー」
……はい?
「え、え? 辞めたの? というかサカイさん、結婚してたの?」
「はいー」
「そのわりには旦那さん、見たことないね」
「それはですねー、亭主元気で留守がいい、ということでしてー」
「あ、それ知ってる。金ヅルはおとなしく金だけ寄越してればいいってことでしょ。金がないツルはただのツルだし」
あとでカカにはもうちょっと優しい言葉の勉強をさせてあげよう。
「そういうことですー。ツルッパゲになるまでお金よこしてなんぼです」
はっきり頷くサカイさん、姉の影響か、言うことがかなり容赦ないなぁ。あれ、元からこうだっけ。
「ちなみにですねー、娘もいるんですよー」
「へぇ、お子さんも?」
「でも見たことないよね」
「それはですねー、獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす、ということでしてー」
どうなったんだ娘さん!?
「そんなわけで、私は一人でここに住んでいるのですー。これだけ広いとやっぱり寂しいので、またよろしくお願いしますねー」
「はぁ、それはもちろんこちらこそですけど……旦那さんやお子さんをここに呼ぶ、という選択肢は?」
「ありませんよー」
「……なぜです?」
「そういう誓約ですからー」
「誓約? なんの!?」
「トメ兄、女にはいろいろあるんだよ」
「なぜおまえは訳知り顔で頷いてんだ」
「女だから」
そうか……女だったらわかるのか、なんかいろいろなことが。
女ってすごいなぁ。
「その誓約のおかげでこうして大きなお屋敷で無職で過ごせるわけですしー」
「帰ってこない亭主バンザイだね」
ほんとすごいなぁ。
「カレーおかわり食べますー?」
「うん、さっきの三倍の量でいいよ」
「じゃー私は五倍です!」
女ってすごいなぁ。
なりたくないなぁ。
怖いし。
「トメ兄、おかわりは?」
「や、なんかその女がどうとかいう話題でお腹いっぱいで」
「聞いたサカイさん? トメ兄ってば女を食べ過ぎてお腹いっぱいなんだって」
「待てコラ。なんでそうなる」
「ナンだからそうなるんですよー」
「は?」
「あの……ナン」
あ、カレーにつけるナン?
「ナン、なんで、ナンでー」
えーと。
「おもしろくなかったですかぁー……」
「サカイさん落ち込ませた罰として処刑」
「ナンでさ!?」
「ナンで処刑ですかー、レベルの高いこと言いますね」
「やってみる」
「許可♪」
「やるな!!」
ほんとにほんとにこわいなぁ。