カカの天下635「心の中の三角形」
少し肌寒い教室。
テンカ先生のもと。カカたち生徒は、のほほんと授業に取り組んでいた。
「……はい?」
「ん、どしたインド」
「あ、あの……いま、私を呼びませんでしたか?」
「いんや。インド産の、とは言ったがな」
「そ、そうですか……」
その会話をもって、授業を受けている生徒たちの脳裏に、インド産→インドさん→インドちゃん、という公式が成り立ってしまった。
「話を続けるぞ? 今現在じゃ、インド産の電気自動車がな――」
誰もが想像した。
『インドちゃんの電気自動車……なんだか電気自動車のくせに「そ、その……ぶ、ぶっぶー」とか言いながら遠慮がちに走ってそうだ』
車体の色が黄色なのは言うまでもない。
「あとな、高級インド産猪の毛を使ったヘアブラシがすごく――」
カカ以外が想像した。
『インドちゃんイノシシ……「ぶ、ぶひぃー」とか言いながらちょこまか逃げ回ってそうだなぁ。これ豚? どっちでもいいや可愛いから』
カカだけは違った。
『高級インドちゃん……』
新たな高級シリーズとして、心の中にそっとしまいこんだ。
「あとな、インド産のヌードルだ」
男子たちは思った。
『インドちゃんのヌード……えへ』
スパパパーン!! とテンカ先生の教科書に殴られる男子たち。
「な、なにを!?」
「てめぇらが何を考えていたのかなんざ、顔を見りゃわかる。天罰だ」
なら紛らわしいこと言うな、と誰もが思ったが、誰も口にしない。怖いから。
「そうそう、インド産とうがらしもな――」
誰もが思った。
『インドちゃんの唐辛子……辛そー』
想像されたのがカレーなのは言うまでもない。
そんな調子でインドちゃん、つまりノゾミという女の子の名前を中心として進む授業の中で……
サユカだけが、ずっと緊張していた。
なぜか? その答えは、昼休みにわかることとなる。
ただ、先に思い出してほしいことは。
先日、サエが黒板に書いた相合傘のせいでタケダとサユカのラブラブ疑惑が浮かんでいるということ。
そしてノゾミという女の子はタケダのことが好きだということ。
最後に、サユカがとある勘違いをしているということ。
――昼休み、屋上。
「来て、くれたんですね」
私の果たし状を見て、とノゾミは心の中で呟いた。
「ええ、来たわ」
あなたのラブレターを見て、とサユカは心の中で呟いた。
「あ、あの……最初に聞いておきたいんですけど、わ、私の気持ちって、知ってますか?」
私がタケダ君を好きだっていう気持ちを、とノゾミは心の中で呟いた。
「ええ、その、なんとなく気づいては、いるわ。やっぱりそうなの?」
あなたがわたしのことを好きだっていう気持ちよね、とサユカは心の中で呟いた。
「……はい」
その通りです、とノゾミは勘で頷いた。
「ああ、やっぱり」
そうなのか、とサユカは勘で納得した。
二人とも、勘がはずれているとは夢にも思っていない。
「でもね、インドちゃん。わたし、好きな人がいるの」
トメさんが好きなの、だからあなたの気持ちには応えられない、とサユカは心の中で呟いた。
「そう、ですか……」
私の気持ちを知った上でそう言うってことは、やっぱりサユカちゃんもタケダ君のことが好きなんだ、とノゾミは心の中で納得した。
「じ、じゃあ、私、負けません」
私もタケダ君が好きだから、負けない、とノゾミは心の中で挑戦した。
「そう……わかったわ。受けて立つわっ」
あくまでわたしのことを諦めないのね、ならばわたしもちゃんとその気持ちに真摯に応えるわ、とサユカは勘違いしたまま挑戦を受けた。
「はい……勝負です」
タケダ君は渡さない、とノゾミは勘違いしたまま勝負を開始した。
「わたしはね、好きなのっ!」
トメさんが、とサユカは心の中で呟いた。
「わ、私も、好きです!」
タケダ君が、とノゾミは心の中で呟いた。
そして。
「わたしはね、好きなのっ!」
「わ、私も、好きです!」
サユカとノゾミが向かいあってそう宣言しあう、その場面だけを目撃してしまったタケダは。
「い、いかん……女同士だなどと、そのような不健全な交際……見過ごすわけにはいかん!」
こちらも勘違いしたまま、最愛であるカカの友人を正常に戻そうと躍起になるのだった。
かくして、わけのわからん三角関係の完成である。
わけがわからなさすぎて、完成というのも難しいが。
というか、おまえたち。
心の中じゃなくて普通に呟け。
珍しく神視点みたいな形でお送りしました。とはいえカカ天っぽさを出すために少しだけツッコミ入れてたので、私視点と言ったほうが正しいかもしれませんね^^;
ひょんなことから生まれた、妙な誤解。
これは大事件に発展する――こともなく。
多分、地味に、変に、物語の端っこで続いていきます。




