カカの天下63「しんどく格好よく」
「はぁ……」
「はぁ……」
いきなりすいません、トメです。
僕は会社から、妹のカカは学校から帰ってきて、二人で居間に座り……共に最初についた一息は、深い深いため息でした。
「……カカ、なんかあったのか?」
「トメ兄こそ」
僕らは不機嫌そうに、しかし睨み合うでもなく、ボーッと中空に視線をやりながら言葉をかわす。
「僕は……あれだよ。仕事で結構大きい失敗してさ、怒られまくったところ」
「私は……ちょっと、サエちゃんとケンカしたとこ」
僕とカカはしばらく沈黙して、再びため息をついた。
「大体さ、あんな怒ることないじゃん。人間、たまには失敗だってするさ。ちょっと見落としがあっただけでさ」
「そりゃさ、約束破ったのはこっちだよ。でもこっちにも用事ってもんがあるんだからさ、そんな何でもかんでもうまくできないっての」
「確かに僕にも不注意なところはあったさ。でも上司だからってあんな勝手なこと言う権利あるわけ?」
「確かに私が遅刻したのが悪いよ。でもちゃんと遅れるって連絡入れたしさ、それ以上に何ができたわけ?」
「おまえはそんなこともできないのか、ってさ。そんな怒るほどあんたは失敗なしの人生歩んできたのかっての!」
「遅刻は遅刻、ってさ。じゃあんたは待ち合わせに遅れたことないの!?」
「僕だって頑張ってるんだよ」
「私だって間に合おうと頑張ったんだよ」
ひとしきり愚痴りあって……ふと僕らは目を合わせた。
「ねぇ、トメ兄。なんで私達、こんなこと言ってるんだろ」
「んー……多分さ、自分の失敗が許せなくてさ、格好悪いからじゃないか?」
そう、わかっている。
自分が悪いんだってことも。相手に難癖つけて自分を慰めようとしてるのも。
でも――
「でも、さ」
「うん?」
「こんなこと言ってる私達って、格好いい?」
「……それは」
「私は、トメ兄、格好悪いと思う」
「僕も、カカのこと格好悪いと思う」
「……じゃあ、どうすれば格好いい?」
「……そう、だな」
話は極めて簡単だ。
自分の失敗が許せないなら、認めることができないなら、それを格好悪いというならば――逆にすればいいだけの話。
「自分を許せばいい。失敗を認めればいい……のかな」
「それって……格好いい、かな?」
「格好悪いよ」
素直に過ちを認めて、謝る。
他人から見れば誰が悪いのか一目瞭然な状況は、よくあること。
どれだけでも馬鹿にできるような失敗や謝罪も、よくあること。
他人のことなら好きなだけ言えても、自分のこととなると認めるのが怖くなるのが過ち、失敗というものだ。
でも、これだけは言える。
「格好悪いけど……失敗を認めないよりは、格好いいんじゃないかな」
「……うん、そうかも」
「認めて、素直に謝るしかない、よな」
「うん……トメ兄みたいに格好悪いままじゃ、やだし」
「カカも結構、格好悪かったぞ」
「それは、やだね」
「うん、やだな」
失敗を認めて、改善して、進んでいく。
誰でも思いつきそうな、陳腐な言葉。
それでも、実行するのは――
「しんどいな」
「しんどいね」
僕とカカはため息をつきながら、思う。
とにかく頑張ろう、と。そんな簡単でしんどいことを。
じゃないと僕らは、いつまで経っても前に進めないのだから。