カカの天下607「鼻から出るもの」
こんにちは……サラです。
運動会では色々とありましたが、少しだけ笑いあえた私たち家族はぎこちなくも穏やかな日々を送っています。
なのですが。
今、私は穏やかではない顔でファミレス東治の椅子に座っています。
それというのも対面に座っているのが……
「ふふふー、サラさんたら、自分のテリトリーに私を呼んでどうするつもりなのかしらー」
「別に私はここで働いているわけでも飲食業をしているわけでもないんですけど」
「皿がいっぱいあるじゃないですかー」
「……あはは、私は血をいっぱい見たくなってきました」
「皿の上にのせますかー?」
「ええ、どうぞ召し上がれ。ご自分の血を」
「ふふふー」
「あはは」
……そう、このムカつくサカイさんと一緒のテーブルについているからです! ほんっとこの人とは馬が合わないわ!
「お客様がた、ご注文をお伺いしてもよろしいですか?」
ニコニコギスギスと睨みあっていた私たちに臆することなく話しかけてくれたキリヤ君は、店員の鑑と言わざるを得ないでしょう。
「あの、ご注文は?」
『この女の血を』
「はっはっは、献血センターは向こうですよ? 今ならケロリンジュースのバッタ味がもらえます」
全く動じないキリヤ君に注文を済ますと、私とサカイさんは再び対峙しました、と、いけないいけない……
「やめましょう。今日はこんな言い争いをするために呼んだんじゃありません」
「そうなんですかー? あなたからメールがきたときは、てっきり最終決戦かと」
それでもいいんですけどね。
「ほら、サユカちゃんに頼まれたじゃないですか……お楽しみ会のときみたいに、カカちゃんとサエちゃんの衣装を作ってほしいって」
「そうですねー、なんであなたなんかと一緒なのか不思議で仕方がありません」
「全く同感ですが、あの子たちのためならば仕方ありません。心をブタにして一緒にやろうじゃありませんか」
「メスブタですかー? ぴったりですねー」
「あなたのレベルに合わせたんですけど」
「最近あなたも太り気味ですしねー、ブタみたいにぷっくり」
「ええ、胸が太ってしまいまして。そろそろ年齢的に垂れてきそうなどこかの誰かさんと違って」
「どこが太ろうがデブはデブですよねー。デブのブタって美味しそー」
「タレた身体より焼肉のタレのほうがまだ美味しそうですよね」
「あはは」
「ふふふー」
話せば話すほどケンカになるのはなぜでしょうか。自分でもわかりません。
その後もケーキが来ては「また太りますねー」と言われ、「そんなことを気にするほど歳とってませんので」と反撃し、そんなやりとりが食べ終わるまで続いて……
「こほん! それで話を戻しますが、カカちゃんとサエちゃんの衣装、どうしましょう? 結婚式の衣装となるとレンタルでもしますか? でも子供用のサイズって無さそうですけど」
「レンタルなんて適当なことは許しませんよー。ちゃんと手作りのものを着せるべきです」
「いえ、でも作る時間が」
「大丈夫ですよー。タキシードでもドレスでもなんでも、うちに作りかけのが沢山ありますからー」
「……なんでそんなものが作りかけで沢山あるんですか」
「私が仕事をしてなかったころー……そう、サエと引き離された直後ですねー。私、寂しくてー、気を紛らわせるためにサエに着てほしい服を片っ端から作りまくったんですよー。でもどれもこれも完成直前で、なんだか自分のやってることが空しくなって、手を止めてしまって……そんなときの残骸が、最近押し入れの中から出てきたんです」
私を睨んでいた険がとれたサカイさんの顔は、とても穏やかだった。遠い昔の――今はもう乗り越えた道を懐かしんでいるのだ。
それを見て思い出す。そう、今回の運動会で家族を説得できたのも、こんな顔をしたこの人の話を聞いたから……認めたくないけどこの人に、人生の先輩として尊敬する部分があったから、私も頑張ろうという気持ちになったのだ。
「じゃあ、サカイさん。今回の衣装はそれを使って作るんですね」
「はい。あのときに込めていたやり場のなかった愛を、きちんと完成させてあげようと思います」
一瞬だけ、そう、一瞬だけ。
この人が、素晴らしい母親に見えた。
「はい。一緒に頑張りましょう!」
「はー? 私だけでやりますよー。うざったいですねー」
……ホント、一瞬だけだった。
「え、えぇと、私が今回サカイさんを呼んだのは、その、協力するためで」
「なんでですかー? いつもどおりに対決ってことでいいじゃないですかー」
違うのよ、違うの。今回はサカイさんのおかげで色々と助かった部分もあったし、お礼といったらなんだけど、ちょっと身をひいてサカイさんのお手伝いってポジションに回ってサカイさんを立ててあげようと思っていたの。そうしてステキなお母さんって感じでサエちゃんのポイントを稼ぐのもいいじゃない? なんて、そんなことを思ってたんだけど――
「サエの衣装も、相方のカカちゃんの衣装も私が作るんです。なーんであなたなんかと協力しなきゃいけないんですかー」
絶対言ってやるもんですくぁ!!
「……やっぱり血を見ますか? 自分の娘見てホイホイ鼻血を出してるサカイさんなら自分の血なんて見慣れたものでしょうけど」
「私の愛は鼻から出るんですよー」
「鼻毛つきの愛ですか。勘弁ですね」
「愛をえり好みしているから彼氏の一つもできないんですよー」
あはははは。
「そうですね、勝負ですねコノアマ」
「うんうんー、馴れ合いなんて私たちらしくないですよー。キモいキモい」
「さよなら、鼻血ババァ」
「さよならー、ブタ皿さん」
顔はにこやか心は修羅。
ガタン、と勢いよく立ち上がった私たちは、そのままレジに――
「なんだ、あなたたちの愛はその程度ですか」
行こうとして、立ち止まった。
「やれやれ、てっきり“カカちゃんやサエちゃんをより喜ばせる”のを最優先すると思っていたのですが……買いかぶりだったようですね」
キリヤ君……?
「あの子たちよりも自分の感情が優先ですか、そうですかそうですか。子供よりも自分のこと、そんな人が子供に暴力振るったりグレさせたりするんでしょうねぇ。愛がないから。ああ、愛とは何処にあるものなのか……少なくともここに愛は無いですね。哀しかありません。あぁ哀しい。あなたたちの鼻に詰まってるのは愛じゃなくて哀ですね」
愛が、ない?
あの子たちへの?
ひどい侮辱だ。
でも言い返せない。
全くもって正論だったから。
だから。
にっくき敵ともう一度目を合わせる。
「……サカイさん、衣装は何があるんですか」
「……言っておきますけどー、難しいのばかりですよー」
「望むところです。引きこもりのサボり魔ダメダメ人間にできて、私にできないはずありません」
「仕事転々辞め辞め人間がよく言いますねー」
悔しい。
家族にあんな説教をしておいて、私は大切なことに目を向けないまま進むところだった。
「うんうん。鼻から出るほど愛があるなら、ちゃんと優先順位を守るべきです。あ、鼻づまりだったんですね。だから今は鼻から愛がダバダバ出てるんですね、なるほど」
でもなんか、鼻から愛って私が言ったわけじゃないけど、
「えー、ティッシュー。愛の鼻づまりの方にティッシュはいかがですかー?」
なんかムカつくこの店員!
「そこのキリヤ君!」
「ハイ鼻が潤っているそこのお客様!」
「さも鼻水だらけみたいな言い方やめてください!」
「ティッシュ三十箱で?」
「多すぎます!! そんなことはどうでもいいからさっさとコーヒー持ってきなさい!」
「二つねー!」
「はいはい、かしこまりましたー♪」
なんだか面白くないけど――
「まず結婚式といえばタキシードとドレスですがー」
「それだけじゃおもしろくありません!」
この人とは組みたくないけど――
「そんなことはわかってますよー。お色直しがあるに決まってるじゃないですか」
「サカイさん色気ないからてっきり忘れてるかと」
「大人の魅力がわからない人ですねー」
「単なるおばさんです」
「単なる独り身に言われてしまいましたが、あなたとは比べ物にならないほど色気のある衣装を作りますよー」
「おばさん臭い派手なだけのものは、やめてくださいね」
後で見れるはずの、カカちゃんとサエちゃんの笑顔を楽しみに、我慢して我慢して我慢して我慢して、あーだこーだと相談しながらやってやろうじゃないですか!
いやぁ、サブタイトルに比べて随分とシリアスになってしまいましたね!
え? シリアスじゃなくてギスギスだって?
それも『ス』しか合ってなくてダジャレとしては微妙だって?
……カカ天だからいいんでない?
というわけでハイ! 結婚式の衣装についてはこの二人にお任せしますので、プレゼントにタキシードやドレスを贈った方は別のものにチェンジしたほうがいいかも? 贈り直しは可ですのでご自由にどうぞ^^
ここでヒント。地味で妙なものを贈ると届きやすいかも……