カカの天下598「貴桜運動大戦 サエちゃん競走」
注意
このお話は、明日のお話と合わせて読んだほうが熱いかもしれません。
判断は皆様にお任せします。
――グラウンドの隅。
「ふぃー……ちかれた」
「おほほ、お疲れ様ですわカツコさん」
「お、校長。ごめんね、部外者なのに参加しちゃって。妹の頼みを断れなくてさ」
「いいんですのよ、あなたは小学生の頃からいつもそうでしたからね。慣れてます」
「いつもそう、って……どうなんだろ」
「あなたはあなた、ということですわ。あぁ、学年が上がるごとに一つずつあだ名増えていったあなたはとても印象的でした。一年生の頃は『桜の虎』で、二年生は『桜の龍』でしたっけ?」
「やめてくださいよ、その肩書き恥ずかしいんですから……六年生のときのなんか絶対秘密ですからね」
「あらあらどうしましょ、おほほ」
「バラしたら許しませんよ」
「わたくしに逆らうと?」
「……やめときます。勝てませんし」
「おーい、お姉!!」
「お、なんじゃい妹」
「二人三脚、参加して! 私と一緒に」
「やーよ。子供の相手で疲れたもん」
「でも、でもサエちゃんが!」
「あんたの相棒ならうってつけのがいるでしょうに」
「……そだけどさ」
「二人三脚ならあたしよりあの子のほうがいいよ。ほら、いきな」
「はぁい……」
「おほほ、青春ですね」
「何があったか知ってんの?」
「さてさて……おほほ」
――応援席。
「あれー? クララちゃん」
「ごめんなさい……あんなに浮かれていたせいで、サエおねえちゃんを守れませんでした……」
「あはは、気にすることないんだよ?」
「でも、でも!」
「心配いらないよー。私には、ちゃんと守ってくれる人がいるから」
「でも、え、え? なんでクララをギュッとするですか」
「……ごめん、お母さんと走れなかったの、やっぱり残念で……もうちょっとこのままで」
「はい。クララ、抱きまくららです」
「……座布団いちまいー」
「ないです」
――グラウンド隅。
「妹ちゃん。走る順番、カカちゃんと交代しよう?」
「で、でもお姉様! わたくしだってヤナツに勝ちたいのです」
「うん、わかる。でもね、トメさんに話を聞いちゃったの。今は――あの子の方が、理由が重いから」
「お姉様は、わたくしの勝ちたい理由を知らないくせに、そんな……」
「知ってるよん」
「……え」
「いいからいいから。あの子たちに任せておきなさい。きっとそのほうが、不器用な私たちよりうまくいくから」
――スタンバイ。
「……と、こんな感じでどうかなー?」
「異論はないわっ」
「いいけどさ、これだと競走っていうより協力になっちゃうよ」
「いえいえ、競走ですよー。それぞれがそれぞれの役割をどれだけうまくこなすか。私の場合は作戦を立てるだけで、もうお役御免ですけどー」
「でも、この役割どうするの? いつもサエすけと一緒にいるわたしがやると不自然じゃないかしらっ」
「それなら大丈夫。さっきそこでキリヤン捕まえたから。サエちゃんのこと話したら二つ返事で了承してくれたよ」
「なら完璧ですねー。では……始めますかー」
――どうも、改めましてカカです。
皆さんご機嫌いかがですか? 私は一生の中で一番悪いかもしれません。
その理由を説明するといったい何万文字になるかわかりませんので省略しますが、とにかく人を殺せそうなくらいに怒ってます。でもそんなことは言ってはいけないと言われたので、もう言いません。口にするだけで罪になる言葉だと教えられたので。
さて、そんな私の感情はさておき。
今回の作戦を説明しましょう。
作戦そのいち、生徒の皆に手伝ってもらい噂を広める。
「ねぇねぇ知ってる? ヤナツ君のお父さんって」
「聞いた聞いた。すっごく脚が速いんでしょ!」
「なんでも元陸上選手だったとか」
「オリンピック寸前までいったらしいよ!」
「じゃあヤナツも、もしかして速いの?」
「実は英才教育受けてて、今まで本気出してなかったんだって」
「あらあら、神崎さんのところのお父さんってすごかったのねぇ」
「もしかして噂の笠原カカちゃんより速いのかしら」
「桁違いに速いって聞いたぞ!」
ん、どうしたの? いい噂ばっかりじゃないかって?
ムカつくけどそれでいいの。
作戦そのに。捕まえたキリヤンをレポーターに化けさせる。普通の格好だけど、マイクと運動会を撮影する用の機材とキリヤンの怪しい笑顔があればそれでオッケ。
『ちょっとよろしいですか!?』
マイクによって拡張されたキリヤンの声がグラウンドに響き渡る。
『な、なんだ君は』
『いえいえ、名乗るほどの者ではありません。チンケなレポーターですよ』
微妙に時代劇混じってるね。
『いきなり申し訳ありません。今回、“あの”神崎選手が走られるとのことなので駆けつけたのです!』
ざわざわと応援席に波紋が広がる。「レポーターがわざわざ?」「あら、やっぱりすごい人なのね」「うわぁ。サインもらったほうがいいのかなぁ」などという声がそこかしこから聞こえてきた。
『い、いやぁ。確かに陸上はしていたが、そこまで有名だった覚えは』
『いえいえご謙遜を! あの頃のあなたの走りは素晴らしかった! あのころレポーター仲間の間では話題沸騰だったのですよ?』
『……あのころ、レポーターをしていた? あなた、歳いくつですか? ずいぶんと若いんじゃ』
『こう見えてもあなたより年上です』
『なっ!? み、見えませんね』
『はっはっは』
さすがキリヤン。嘘にためらいが無い。
『それはそうと! そんなあなたが走ると聞いて、いてもたってもいられなくて来てしまいました。しかしこれは、あなたの熱烈なファンである私が個人で起こした勝手な行動ゆえ、テレビ局の者はついてきませんでしたが……あなたと、あなたのお子様の走りを記録する栄誉だけをいただけないでしょうか?』
嘘だろうが誇張だろうが、ここまで言われて頷かない大人はいない。
『ふ、ふふ、仕方ないな。そこまで言うなら』
さらになまじ自信があるなら、余計なことまで言ってしまうのだ。
『俺は必ず一番になる! ダントツでな! このすばらしい息子と共に!』
『ほほう! 息子さん? 意気込みは?』
『俺の父さんすげーだろ!? 絶対勝つぜ!!』
『楽しみにしてます! 神崎という苗字にある『神』はあなたの脚に宿っているとまで呼ばれた走りを見せてください!』
二人はもはや英雄扱いだ。生徒からも父兄からも尊敬の眼差しを集めまくり、運動会は盛り上がる一方!
でも、ごめんね。
今からそれを、ぶち壊す。
『それでは、父兄参加の二人三脚障害物走、スタートです!』
徐々にスタートしていく参加者たち。
これだけ盛り上がった英雄二人はラストを飾る。もちろん私もタケダを利用し、サラさんに事情を説明して代わってもらい、一緒に走ることになっている。
『さぁっ! 急遽腹痛を起こしたタケダに代わってわたしが実況を務めますっ!』
『腹が痛いのは、君に殴られたから――ぐほっ!』
『とっても痛いようですっ! さて? 親子の微笑ましい競走もそろそろ終盤を迎えるわけですが、いよいよっ! テレビ局にまでファンがいたという伝説の選手の走りが見られるわけですっ!』
サユカンの実況が始まった。
これで準備は整った。演出、台本は全てサカイさんだ。愛娘を傷つけられた怒りを抑えこみ、そのエネルギーを作戦への計算に費やした。その結果がこの舞台。
でもそれは、まだ終わっていない。私という歯車が役目を果たすまでは。
「ね、トメ兄」
「どした、カカ」
「お姉が言うから仕方なくトメ兄を相棒にしたけど……大丈夫なの?」
互いの足を縛りながら聞いてみる。
「トメ兄、特別に運動神経いいわけじゃないでしょ?」
「そりゃな。毎日アホみたいに運動してるおまえと比べれば」
「そもそも走れるの?」
「失敬な。大人の成人男子をなめるなよ? たまにランニングさえしていれば、小学生の女子なんぞにそうそう遅れはとらん」
「でも私の脚、中学生の男子並らしいけど」
「それでも全然余裕だよ。二人三脚っていうのは、そういう問題じゃないんだから」
私は少し不安。でもトメ兄は言葉どおり、余裕の表情だった。
『さぁ! ついに、ついに! 神とまで呼ばれた父! そしてその神童ヤナツ君の華麗なる走りをご覧いただけますっ! それはきっと鷲よりも猛々しく、龍よりも雄々しく、隼よりも速いのでしょうっ! ああ、目に浮かびます、赤、青、黄などといった色を超越した虹色の走りがキラキラと――』
サユカンお得意の夢見がちな説明のおかげで皆の期待値は最高潮に。ちなみにこれ、冒頭だけであとカットしたから。長すぎるから。
さて。
行こうか?
「位置について!」
「……本当に大丈夫なんだよね、トメ兄」
「心配性だなぁ」
最後の最後に確認で、私はトメ兄に聞いてみた。やはり不安だったからだ。
「なんでトメ兄がそんなに余裕なのかわかんないんだよ」
「だってさ、カカ」
トメ兄は、当然のことのように、
「おまえはヤナツより速いんだろ? じゃあ僕らが勝つに決まってる」
そんなことを言って、
「……なるほどね。じゃあ“その通り”にいくけど、いいんだね?」
「は? てっきり僕は元からそのつもりかと」
私は、笑うしかなかった。
『よーい!』
そう。
『パン!!』
銃声と共に駆け出す。
そうだよね。
全力で相手を叩き潰すなら――片足が縛られていようが全力で走るのが当然だ!!
次回、決着。




