カカの天下597「貴桜運動大戦 棒倒し そして」
こんにちは、カカです!
さぁ盛り上がってまいりました大運動会! ええ、私たち特性の借り物競走のおかげで、グラウンドに集まった皆さんは色んな意味で盛り上がってます!
しかしちょーっとやりすぎたので、今度こそ皆が素直に盛り上がれるステキなイベントを用意しました。
『さて! 棒倒しも大詰め、三つの獣が同時に激突するバトルロワイヤルの始まりです!』
似合わない格好よさげなことを言っているのは実行委員会の放送担当、タケダ。
グラウンドではその実況の通り、すでに各トーナメント戦を終えた棒倒しチームが三つスタンバイしている。棒倒し競技の最終決戦だ。赤鷲団、青龍団、黄隼団の面々は果たしてどんな戦いを繰り広げるのか。
『それでは用意、どん!』
棒倒しでそれはどうよ? な掛け声と共に走り出す戦士たち。おー、まずはさっきトーナメントで優勝した我らが赤鷲団を2チームがかりで潰す作戦か。
やばいなぁ。トーナメント戦で赤鷲団が勝ったのって私が速攻で相手のチームを潰したのが理由だしなぁ。私がいない今の状態じゃ……てわけで新戦力の登場が必要だね。
「な、なんだアレは!」
「なんかキター!!」
「ちょ、おい、棒倒しどころじゃないんじゃないか!?」
突如として現れたソレに皆さん大パニック。
さて、と。
現在クラスメイトが戦っている中、私一人だけどこにいたと思う?
そう、タケダの横。
『あれはなんだ? キリンか? 動く電信柱か! まさか怪獣か!?』
それを説明するために、私はここにいる!
タケダを蹴っ飛ばしてマイクを奪い、高らかに宣言する!
『説明しよう!!』
昔のアニメかなんかでこんなのあったよね。
『たった今現れたその怪物は、私たち手芸部が作った……えっと……』
詳しくは考えてなかったな。んー、いいや適当で。
『ボスです!!』
『なんの!?』
皆ツッコミうまくなったね。
『とにかくボスです! それを倒したチームにはスペシャルボーナスが加算されます。ぶっちゃけこのバトルロワイヤルに勝つより高い点数です! って実行委員のタケダが言ってます』
地面にのびてるけど。
『このボスは手ごわいよ! 皆が支えているものと同じ、しかし三倍は太い棒の身体! そして家庭科室に余っていたボロ布をふんだんに使った、触りたくない色をした衣装!』
『……なぁ、カカ君』
『なにタケダ。起きたの?』
『うむ……あの怪獣の頭なのだが』
『双頭だよ! 格好いいっしょ』
『なぜ大仏と馬なのだ?』
『ちょうどいいのがそれしかなかったから』
前にお楽しみ会のときに使ったのを再利用した。
『しかし――』
『うっさい』
タケダをもう一度蹴り倒し、マイクを握る!
『とにかくボスなこの怪獣! 名前は――』
んーっと。
『姉ゴン! 怪獣アネゴンです!』
だってあれ、お姉だし。
ボロ布衣装で見えないけど、その怪獣っぽくアレンジされた棒の下を一人で支えてるの。しかし小学生とはいえ10人くらいで支えるはずの棒の三倍――むしろ木といってもいい、そんなのを一人で持ち上げて歩けるんだからつくづくバケモノだよね、アネゴンだよね。
『おっと? 早速各チームの特攻メンバーが挑戦しているようですが……』
本来なら大勢いるはずの、棒を支えたり妨害してくるはずの敵がいない。だから一見、組みし易そうに見える怪物だったが……
「う、うわ、なんだこれ」
「傾かない! 登れない!!」
たかだか数人の特攻だけではお姉はビクともしなかった。や、普通は大木持ってるだけで倒れるもんだけどね?
『さぁ! ボスは思いのほか手ごわい! こうなったら参加者以外も合わせて全員で倒すしかないぞー!!』
不参加のはずの五年生以外の生徒たちがざわめく!
『学年もクラスも関係ない! 棒を倒したときに頂点にいた生徒のチームがボーナスポイントをもらえるんだ!!』
ちらほらと応援席から身を乗り出す生徒が出てきた。やがて一人が棒怪獣へと走り出すと、それを皮切りにしてどんどん生徒が飛び出していく!
『そうだ! 皆で怪獣姉ゴンをやっつけろー!!』
わらわらと姉ゴンに群がっていく生徒たち。こんなもんでいいっしょ!
「タケダ、あとよろしく」
返事が無い、ただの脇役のようだ。
さてさて猛ダッシュ! 軽快に風を切って私も姉ゴンへと立ち向かう!
――お姉に協力してもらう手前、説明役を買って出た私。その熱いノリで生徒をうまく焚きつけることができたと思う。でももちろん、それは私がリーダーシップとかそういうのに目覚めたわけではなく。
説明役に甘んじつつ、ちゃんと勝利は私がもぎ取る。
このシチュエーションに興奮していたからだ!
「うおー! 私が勝つ!」
多すぎる生徒の猛攻に、さすがのお姉も棒を傾けざるを得なかった。もう少し、もう少しで私が辿り着く! そしたら適当な生徒を踏み台にして一気に上へと駆け上がる――
「わん!」
踏んだ地を蹴る。
「つー!」
踏んだ生徒の頭を蹴る!
「すてっぷ!」
棒の中央に着地!
そしてそのまま一番上に――
ぽん、と。
小さな影が“上から”舞い降りた。
「クララ勝利です!」
「それ反則でしょぉぉぉぉぉぉぉ!」
妖精技を使って瞬間移動なんかしちゃったクララちゃんを頂点にして、棒はゆっくりと倒れていくのだった。
幸い、そんなクララちゃんの不思議技を目撃した人はいなかった。誰も彼も興奮しまくっていたからだ。
しかしクララちゃんは一般人。生徒じゃない。誤魔化そうにも体操服を着ていない。でも生徒限定なんて規則を私は言わなかったし……これちょっと失敗ね。
仕方ないので、ちょっと反則技を使うことにした。
ようやく起きたタケダを引きずってきて、クララちゃんにマイクを向けさせる。
『ええと、クララ君、赤色と青色と黄色、どれが好き?』
『桜の赤です!』
おし、赤組がボーナスゲット。
ボスを相手にしてる間に青龍団が手薄になった棒を攻めて優勝してたんだけど、点数としてはこっちが上だ。これでいまだに私たちの赤鷲団がトップ!
そんなわけで、私はホクホク顔で応援席へと戻ってきた。
サエちゃんとサユカンは……あ、いた。
ん、あれ?
なんでトメ兄やサカイさんまでいるんだろ。
「おーい、どしたの皆して。ここは生徒用の――」
元気よく続けようとして……
言葉を、失った。
サエちゃんが、サカイさんに介抱されていた。
痛そうに、足を押さえながら。
「え」
血の気がひく。
「サエちゃ――怪我したの!?」
慌てて駆け寄ると、サエちゃんは弱々しい笑顔を返してくれた。
「うんー……あはは、そんな顔しないでよー。足を捻っただけだからー」
「だけって、だって……」
足を捻ったら……それじゃ……
サカイさんを見る。目を閉じて、ひしっとサエちゃんを抱きしめている。
トメ兄を見る。沈痛な面持ちでサエちゃんを見つめている。サユカンも同じだ。
「なんで? サエちゃんはあんな危ないイベント参加しないって言ってたよね!?」
「うん」
「ああいうときは安全な場所でほくそ笑みながら見物するのがサエちゃんだもんね!?」
「あははー、そうなんだけどー、ハッキリ言わないでー」
「じゃ、じゃあ、なんで」
そのとき。
言い争う声が後ろから聞こえた。
「っだよ! 離せよ!」
「離しませんわ。あなたはサエ様に謝るべきです」
「様だぁ? はは、バカじゃねーの」
「バカ? 生徒たちが動くどさくさに紛れてサエ様を蹴飛ばしたあなたのような卑劣な輩が、他人をバカ呼ばわりするのですか!?」
な……に……?
振り返る。そこにはイチョウさんと、イチョウさんに腕を掴まれた……ヤナツが……!
「なんだよ、そいつが鈍くせぇのが悪いんだろうが」
おまえが……やったのか……
「あなたという人は!」
「うっせぇな、妹のくせに兄貴に文句言うな。大体さ、おまえもムカついたりしないのか? こいつときたら毎朝毎朝、母親なんかとべたべたしながら走ってたんだぜ?」
おまえが……おまえが……
「俺らと違って、何にも苦労を知らないような顔してよ、へらへら笑いやがって、ムカつくんだよ」
何も知らないくせに……
「どうせ大した怪我じゃねーだろ。そんくらいでぎゃーぎゃー言うなよな」
大した怪我じゃない、だと?
ふざけるな。
ふざけるな!
サエちゃんは次の、父兄参加の二人三脚障害物走をすごく楽しみにしてたんだ。やっと一緒になれた親子で、一緒に走り切ろうって、運動が苦手なのに毎日走って練習して……何年も離れ離れになっていて、ようやく一つのことを一緒にできるって、やっと掴めた親子の幸せをかみ締めていたんだ。
ソレナノニ。
足を捻ったから出れない? この小さな男のせいで? こいつは、この男は何をしている。視界が怒りで真っ赤に染まる。こいつは何をほざいている。全身の体毛がチリチリ燃えるように逆立つ。苦労を知らないのは、歯が砕けるくらいにギリギリと、何も知らないのは、息は荒く獣のように、おまえのほうだ、アア許せなさすぎてドウニカナル許さない許さない許さない許さない許サナイユルサナイ――
「コロシテヤ――」
「ダメです」
そのどうしようもない怒りを止めたのは、そっと私の肩に置かれたサカイさんの手だった。
「その言葉を本気で口にしてはいけません」
なんで?
なんでいけないの。
こいつは、こいつは――
「ああもう、うっせぇ! 兄貴に逆らうな!」
「きゃ!」
「イチョウさんっ!」
突き飛ばされたイチョウさんをサユカンが受け止める。
「文句があるなら二人三脚で勝つんだな! でも俺の親父はな、元陸上選手なんだぜ! おまえらなんかに勝ち目はないだろうけどな!」
もうそんなものはどうでもいい。私はおまえを殴りたい。
「あ、親父!」
「おう、ヤナツ。どこに行ってたんだ」
駆けて行く。誰よりも殴りたい私の獲物が。
「いやぁ、ちょっと障害物走の敵に難癖つけられてさぁ」
「なに? 困った子供もいるもんだな。そんなやつらには俺たちが正々堂々と負かしてやろう!」
「当然だ!」
ああ……
あの二人、許さない。
「ダメですよ、カカちゃん」
「サカイさん、なんで――」
私は納得がいかなかった。
誰よりも怒りに染まっていると思っていたサカイさんが私を止めたから。
でも。
「殺してはダメです。死んだら楽になります。二度と恐怖を味わえません」
サカイさんが怒りに染まっているのは、
「殴ろうとしましたね。あの子のことはサエから話を簡単に聞いています。カカちゃんが今まで何回か殴ったと……それでもこんなことをするというのはつまり、殴った程度じゃ人の痛みがわからないっていうことです」
途方も無い怒りに染まっているのは、間違いなかったのだ。
「……サエすけ競走、ね」
サユカンがぽつりと口にした、その競技。
それだけで、その場にいた私たちは理解した。
「そうだね。サエちゃん競走だ」
何をするべきかを。
「勝負だよー」
「勝負ねっ」
「うん、勝負」
――誰が一番、サエちゃんの仇を討つか。
黙っているトメ兄に目を向ける。
「止めないでね」
「……ん、まぁこういう報復は褒められたものじゃない。でも正直、今のは僕もムカついた。それに子供のうちに知っておいてもいいだろう――悪いことをすれば、痛い目を見るってことを」
これで決まりだ。
サエちゃんの代わりは私が出る。
そして、私たちの姫に手を出したらどうなるか――思い知らせてやる!!
本当の決戦は明日です。




